第63話 師弟の繋がり
屋敷の造りは、フェアトラウエンのロアリテート邸によく似ていた。
前庭には色とりどりの花が植えられ、まっすぐに表に続く。
両開きの扉を押し開けると、一人の老紳士が出迎えた。
「ようこそ、お客人」
姿勢がいい――ナハトは鋭く彼の立ち姿を見た。
只者ではない。
そんな気がした。
「ご用向きは」
「これを」
紳士は書簡を受け取り、さっと一瞥し、こくりと頷いた。
「ロアリテートの使者が、このタイミングで訪れるとは。これも縁ですな」
「何かあったのですか」
「このところ、周辺の村々で魔獣の出没情報が増えておってな。街の騎士団や自警団から有志を募って遊撃隊を結成しているところなのだ。にわかに殺伐としはじめた街に訪れた客人が、かの勇名をはせたロアリテートの家の者となると、いよいよ戦の様相を呈してきたと言えよう」
物騒な話の内容にもかかわらず、紳士は穏やかに笑う。
それは歴戦の勇士の顔つきそのものだ、とナハトは感じていた。
師のレーラーに、どことなく雰囲気が似ている。
「ただ、そのような状況ゆえ、現在グラツィア様は別の客の応対をしておられる。客室を用意させる故、しばし滞在を願っても差し支えないかな」
ナハトとノインは互いに目を合わせ、それから同時に頷いた。
「結構。わたくし、アンムート家に忠誠を捧げて長年のゾルダートと申す者。なんなりとお申し付けを」
そう言って、ゾルダートは女中を手で招き、ふたりを案内するよう命じた。
個別に部屋が割り当てられ、ナハトは小さく胸を撫で下ろした。
「あれ、なんか、安心した?」
「気のせいだ。ただ、ここに来る前の宿三軒すべてで、同伴者の明け透けな着替えを見ないように毎度気を遣うのは苦労だったからな。それがなくなってよかったとは思っている」
「旅の疲れを癒してあげようとサービスのつもりだったんだけどなぁ」
悪戯好きな少年のように笑って、ノインは案内された自分の部屋にさっと入って行った。
やれやれとため息をつきながら、ナハトも部屋に入る。
ノインの態度が変化してきている気がした。
初対面の頃から飾らない、開放的な人物ではあったが、同時にどこか距離を感じさせる部分があった。
もっとも、距離を取ろうとしているのは自分も同様だから、それに対して異を唱えるつもりはなかった。
ただ、最近の――ツナイグングからフェアトラウエンに戻る道中くらいから、積極的に自分に接してくるようになった気がする。
そう、まるで好意のような――
「馬鹿馬鹿しい」
人を殺めて生きることを選んだ自分が、人に好意を持たれるはずもない。
そうでなくとも、彼女は『転生者』だ。
親しい間柄になるはずがない。
そもそも、男女の情や関わりなど、自分が望むべくもない。
魔物の襲撃などという忌まわしい過去の記憶が掘り起こされたせいで、心中が波立っているのかもしれない。情けない。大恩あるロアリテート家のために尽力すること。それが自分のすべてだ。
ナハトは頭を振り、旅のための荷物を降ろし、武装はそのままで部屋を出た。
「おや、お早い支度ですな」
廊下に出るとすぐゾルダートが声をかけてきた。
「この街に着くまでにもいろいろと噂を耳にしたので、可能な限り街に慣れておこうかと」
ふむふむ、と老紳士はゆっくり頷き、ナハトを値踏みするように視線を動かした。
「よく仕込まれておるようだ。さすがはレーラーというべきか、レーラーにしてはというべきか」
小さく首をかしげるナハトに、ゾルダートはまたゆっくり頷いた。
「その腰の剣、レーラーに授けられたものであろう? そして元をたどれば、それは私が愛用していた一振りでもある」
「ということは――」
「左様。今はこうして屋敷の執事としてお仕えしているが、元はアンムートの歴代当主の護衛長を務めておった。そしてレーラーとは古い仲。師弟というほどではないが、まあ、彼が若い時に手ほどきの真似事くらいはしてやったか」
道理で、とナハトも頷いて応える。
「わざわざ業物を持たせられるとは、大きな使命を持ってここへ来たのであろうや。書簡をあらためるのが楽しみだ」
ナハトはどう応えたものやら、曖昧に小さく頷くにとどめた。
ガチャ、と音がして隣の部屋からノインが姿を見せる。
いつもの黒装束に、ミットライトで得た剣を帯びている。
「邪魔をしましたな。男女二人で歩くにはこの街はちょうどよい。羽を伸ばすがよいでしょう」
そういって、ゾルダートはさっさと階下へとさがっていった。
「いきなり仲良しになったの? ナハトにしては、珍しいわね」
「先生の――レーラー師の、さらに師に当たるような立場だったそうだ」
「私達は孫弟子ってわけか。それなら気をかけてくれるのも頷けるかもね」
街を見に行くか、とナハトが歩き始めると、ノインも横に並んだ。
階段を下りる間際、執務室だと思われる部屋からは声が薄く漏れて聞こえた。




