第62話 湖畔都市
ゼー湖のほとりに広がる湖畔都市アハトゥング――そこに向けて伸びる街道を、一組の男女が歩く。
「三つの村を通ってきたけど、どこも同じような情報しかなかったわね」
「ナイトウ=ライが魔獣を討って回っていること、単独であること、報酬は食事のみであること、そして「彼が居ればかつての大襲撃も防げた」と評価されていること、といったところか」
そうね、と相槌を打ちながら、ノインは空を見る。
いくつかの村が滅びたという、その「かつての大襲撃」。
おそらく、そのいくつか滅びたという村の内のひとつが、ナハトの故郷だ。
滅多に感情を表面に出さないナハトだが、このところ、少なからず動揺しているように見える。
まぁ、望郷の念が心中に去来していてもなんらおかしくはないのだが――
望郷の念――その言葉を思い浮かべて、ノインは自ら内心で苦笑した。
帰るべき場所を失った、という共通点。
まさかナハトに対して、こんな部分で親近感を覚えるとは思ってもみなかった。
「アハトゥングの街まで、もう少しって感じかしら」
意識して話題を変えたノインが、遠くを見る。
あらためて見ると、どうやらナハトに聞くまでもなく、目指す街はすぐそこだったようだ。
すれ違うように、武装した騎馬の一団が駆けていく。
「あらら、結構な大所帯。何かあったのかしら」
「ナイトウ=ライの力を借りなくても魔獣の襲撃に対応できるように派遣されたのだろう。アハトゥングの領主、グラツィア=アンムート様は心ある人物だ。手をこまねいているはずがない」
「えっと……」
ノインが頬をかく。
「それ、もしかしてシュティレが説明してた?」
「……ああ」
あらためて、ナハトが感情を露わにすることは滅多になく、現に、今もあからさまなものは示していない。
ただ、ここ最近でナハトの微細な感情の変化が読み取れるようになってきたノインとしては、彼のかすかな『呆れ』がひしひしと感じとれてしまい、なんとも居心地が悪い。
さっきまで距離が近づいた気がしていたのに、また少し、離れてしまった。
「ナハトがよければ、そのグラツィアって人のこと、説明してほしいな~、なんて……」
元々身長の差はあるのだが、わざとらしく上目遣いになってノインがナハトを見る。
この世界に来てから、この『上目遣い』という効果的な技術を身につけてはみたが、はたしてこれが仏頂面の青年剣士に効き目があるかどうかは怪しかった。
それが功を奏したのかどうかはともかく、ナハトは言葉を紡ぎ始めた。
「……代々アハトゥングを治めるアンムート家は、ロアリテート家の遠縁に当たる。そして、現領主のグラツィア様は、ロイエ様と年齢が近いため、幼少の頃より親交が深いんだ。奇しくも、お二方共に若くして当主になったという点も同じだしな」
「あっ、思い出した! そういえば、アハトゥングに着いたらどこだかのお屋敷に顔を出すようにって言われてたっけ。シュティレがナハトに書簡を渡してたもんね」
「そういうことだ。一応、俺達は例の狂犬兄弟の捜索のためにアハトゥングを訪れることになっている。とは言っても、俺もアンムート家に伺うのは初めてだが……」
「そうなの?」
「基本的に俺はフェアトラウエンから出ることはなかったからな。仕事のために別の街を訪れることはあったが、アハトゥングに赴くように命じられたことはない」
ふぅん、と言いながらノインは思考を巡らす。
ナハトが仕事をするような必要が、アハトゥングの街にはない……ということなのだろうか。
それは、暗殺の対象になるような存在がいないということなのか。
いや、それは考えにくいだろう。
転生者かどうかは別として、人は集まれば往々にして争うし、企むし、揉めるものだ。
となると、ロアリテートにナハトがいるように、アンムートにも同じような誰かがいるということか。
それならば話が分かる。
「どうした?」
「んーん、なんでも。初めての街ってことは、ナハトもちょっとは楽しみ?」
「緊張はある。相手が相手だけに、先方に粗相が無いようにしなければならないからな。それに……
ナハトがノインから視線を外し、遠くに目を向ける。
開けた草原が広がって、風が強く吹いていた。
「今日明日に魔物の襲撃とやらがあるとは思わないが、いざという時のために備えておく必要はあるだろう。時間を見つけて、少しでも土地勘を養わなくては」
「ふむふむ……そのあたりは、是非ご一緒させてもらおうかな」
正門をくぐり、長く伸びた石畳を歩いていく。
往来は活気に満ちていた。
両脇には市場や商店が立ち並び、肌の色の薄い者も濃い者もせわしない。
ノインはスーッと鼻から大きく息を吸った。
「なんか……変なにおい」
「湖畔都市だからな。魚の匂いだ。俺もあまり得意じゃない」
行くぞ、とナハトが先を行き、あわててノインが横に並ぶ。
迷いなくずんずん歩いていくナハトを不思議に思い、ノインは言葉を紡ぐ。
「初めて来たって言ってなかった?」
「地図を見て道は覚えてきたからな……だが、道を知っているのと実際に歩くのとでは訳が違う。土地勘というのはそういうものだ――と、この先だな」
通りの先に、青く染められた甲冑を纏った兵士がふたり、槍斧を構えている。
じろりと睨まれて、ナハトは懐中から筒を取り出した。
無言でそれを渡し、相手もそれを無言で受け取る。
「フェアトラウエンから――はるばるご苦労だったな。入り給え」
軽く会釈をし、兵士達の間を通る。
ノインは、自分を見ても鼻の下を伸ばさない男達に感心しながらナハトに続いた。




