第56話 後半 D
「外へ食事に参りませんか」
踵を返して向かった執務室で、ナハトはロイエにそう告げた。
ロイエは紅茶を口に含んだところで、思わずむせた。
「わたくしと――貴方の二人で、ですか?」
「はい。先代の当主様とは、しばしばそういうことがあったものですから。当主という役割を担う重責を紛らわすには外での食事が一番だとおっしゃっていました。しかし、ロイエ様がそのようにお出かけになっているのをあまり見かけないので、よい機会かと思い」
「まぁ……」
ロイエは素直に驚いた。
確かに父は屋敷を離れて外で食事をとることも少なくなかったが、てっきりそれは街の視察を兼ねて、つまり仕事の一環なのだろうだと考えていた。
単純に趣味が高じてということなのだろうか。それにしても――
「それにしても、父はどうしてナハトを?」
「一人で店に入るのは体裁が悪いとはおっしゃっていましたが、なぜ俺なのかと言われると……暇そうに見えていたのかもしれません」
「ナハト、それは――」
ロイエは言葉を飲んだ。
それはきっと、先々代が例のカードを造ったのと同様に、貴方の仕事に報いるためにしていたこと。
表立って報酬を増やすことが憚られるから、そうして誘っていたのだろう。
だが、それを言葉にする必要はないだろう。
「――それは、今となっては分かりませんね。ですが、わたくしも倣ってみるのというのは悪くありませんね」
まさか、自分がナハトと二人で食事に出かけることになるとは。
だが、悪い気はしなかった。
ロアリテートの名を穢さぬように、美しさに気を配ってはいる。
特に、髪に塗る香油は上等で、ささやかなわがままと自慢だ。
しかし、自分が一人の女として評価されるような場面などあるはずもない。
一介の町娘なら引く手あまたに男性から食事に誘われることがあってもおかしくないのではないか、と夢想する日もある。
まぁ、今、自分を誘ってきた相手は家臣であり、恋慕の情があるわけでないのは分かっているが、それでも女心を多少ながら満たしてくれたのは事実だ。
もっとも、自分が主君である以上、それ以上の関係になることはないのだろう。が
「では、明日の夜に出掛けましょうか。手配は任せても構いませんか」
「承知しました」
深々と頭を下げて出て行ったナハトを見送り、ロイエは自慢の毛先を指で遊んだ。
「フォローが必要になるかしら。シュティレに――だけというわけにもいかないでしょうね、今の彼の状況を見れば」




