第6話 潜入作戦
「さて、具体的にはどうする? 傷は深いわけだし――」
「夜明けまでに決着をつける」
長く息を吐くナハトを見ながら、ノインは口を尖らせた。
「急いては事を仕損じる、っていう言葉は、渡り鳥がもたらしたんだったかしら」
「仕事をし損ねた暗殺者が手傷を負って距離を取った。誰もが、そいつは逃げ帰ったと考える。そこに隙が出来る」
「確かにね。でも、下手人の遺体が挙がらない以上、その暗殺者を捜索する人員はまだたくさんいるんじゃない?」
「そいつらに俺は見えない」
ふむ、とノインが腕を組む。
「いいわ、貴方は『専門家』だもの。指示を仰ぐ。それで、私はどう動いたらいい?」
「こんな遅くまで働いている兵達に姿を見せてくれればいい。それだけで、連中はクロネ=ラントの元まで丁重に案内してくれるだろう」
「よく分からないけど、その後は?」
「ノインが奴と対話を始めたであろう頃合いを見計らって、俺がもう一度城に潜入する」
「見計らって、って――どうやって? 貴方の潜入が早すぎれば魔法で発見されるし、遅すぎれば私が『対話』では済まなくなってる可能性があると思うんだけど」
「前者は暗殺失敗に直結する」
それだけ言って一瞬目を伏せたナハトに、ノインは片目をつぶった。
「あ、そういうこと……後者の方が、つまり『対話』で済まなくなっている場面の方が、仕事がしやすくなるってわけか。確かに、より無防備になってるはずだもんね」
「すまない」
「あらら、そこは謝ってくれちゃうのね」
ノインは思わず苦笑してしまった。
それまで冷淡に、あるいは冷徹といってもいいほどに話をしていたナハトが、急に申し訳なさそうな表情を浮かべたからだ。
「それじゃ、お詫び代わりに名前くらい教えてくれないかしら?」
「……――ナハトだ」
「ナハト。いい名前ね。それじゃ、行きましょっか」
血の匂いが残る森を出て、奇妙な二人組は街へ向かった。
街の入り口から少し離れた岩陰に身を潜めて、二人は様子を窺う。
夜更けにしては街頭に火が灯され、酔客とは思えない出で立ちの男達が奔走している。
城を挙げての暗殺者捜索は、まだ続いているらしい。
「こんな遅い時間まで、宮仕えは大変ね」
「少なくとも夜が明けるまでは続けるはずだ」
「こんな中に、急に私が飛び込んで行ったら相当な不審人物だと思うけど……何か、いい案はある?」
「ああ」
唐突に、ナハトは立ち上がった。
岩陰に見えたかすかな人影に、街の方でざわめきが起きる。
「ちょ、ちょっと! そんなことしたら――」
「これで、ノインは暗殺者か、少なくとも関係者だと見做されるだろう」
「……そして面通しのために、スムーズにご主人様の元へ案内されるってことね。先に教えておくくらいのことはあってもいいと思うんだけどな」
ノインがその言葉を言い終える前に、ナハトの姿は影も形も無くなってしまった。
力を封じられなければ、本当にまるっきり存在が感じられなくなってしまうのだということをノインははっきり認識した。
「道理で、転生者に仇なす者として感知されるはずだわ。これなら……」
「そこの岩陰にいる奴、出てこい! 姿を見せろ」
「……これなら、誰がどう見たって私が暗殺者だものね」
……
「ご苦労」
「手枷は……」
「そのままでいい。そういう楽しみ方もあるからな」
新たな支配者の寝室に賊を送り届けた兵士は、お楽しみを邪魔した角で殺されなかったことを心から喜んで立ち去った。
クロネ=ラントは厚手のガウンを素肌に纏い、額の汗を拭いながら、目の前の不届き者をねめつけた。
「俺を襲った暗殺者は男だったはずだが……お前は何者だ?」
「私は……」
「おっと、下手な嘘はつくなよ。俺は『賢者』だ。お前の言葉が真実かどうか、魔法で判定する。万が一下らん誤魔化しや偽りを口にしたら、耐えがたい苦痛を与えるぞ」
脅し文句を口にしながら、蘭斗の頭の中では突如手に入ったとびきりの肢体をどう弄んでやろうかという下卑た妄想が錯綜していた。
まったく、第二の人生はなんて素晴らしいんだ。
Fラン大学を出て、どうにでもなれと入った広告代理店は下請けの下請け、地の底の末端だった。
寝泊まりを強要されるほどのブラック企業において、人権などあるはずもない。
年末年始も働いて、働いて、世界が滅びてくれれば働かなくてよくなるのにと思っていた。
そして、その瞬間は来た。
世界は滅びなかったが、トラックは突っ込んできた。
即死だった。
靄だらけの空間で出会った影は『運命の女神』と名乗った。
好きな力を授け、違う世界に送ってやると言った。
昔好きだったゲームを思い浮かべて「賢者になりたい」と言った。
どんな魔法も思いのまま、あらゆる欲求を実現できる奇跡の肩書。
実際、新しい世界ではどんなことでも出来た。
一通り、自分がイメージした魔法が実際に使えることを確かめてから、大陸に三つある王国の内の一つ、北方のグーテ王国の宮廷に取り入った。
国王や将軍クラスの、強い精神力の持ち主には『魅了』の魔法は効かなかったから、貴族共を次々と洗脳した。
ご令嬢やご婦人を次々といただいて、それに飽きた頃、ふと城が欲しくなった。
それで数日前、迷いもなく、王を殺した。
逆らった奴等も、みんな殺した。
今では皆が下僕か奴隷で、『魅了』を使うまでもなくこの世の春を謳歌できるまでになった。
目の前の上玉も、従順でなければ魔法で言うことを聞かせればいい。
澄ました顔をしたところで、すぐに望んで腰を振るようになる。
「あらためて聞くぞ。お前は何者だ?」