第55話 特別な褒賞
ナハトの報告を聞いたロイエは、シュティレに狂犬兄弟と名乗る三人組の情報を集めるよう命じた。
「それにしても――」
執務室の重厚な革張りの椅子に背中を預けながら、若き当主は天井を仰ぐ。
「ツナイグングの領主バオアー公の名は、父からよく聞いていました。その内、こちらから門を開いて協力体制を敷くことも考えていましたが……うまくいかないものですね。民の為に己の命を投げ出すとは」
それを聞いたシュティレが沈痛な表情を浮かべたのを、ナハトは目ざとく捉えた。
どうかしたのか、という視線を送ると、シュティレはハッとして小さく口を開いた。
「差し出がましいことを申し上げますが、いち家臣としては、主君に取ってほしい道ではないと存じます」
「――ええ。バオアー公の選択を否定するわけではありませんが、わたくしが選ぶのはもっと別の方法だと思いますよ。同じような状況になったとして、ね」
そう言って、ロイエは穏やかに微笑んで見せた。
シュティレも安心の息をついて、微笑みを返す。
「何よりも、今回の遠征で、ナハト含め3人が無傷で帰ってこられたというのが重要ですね。モルゲンの助力を得られることも確定しましたし、今後は二人体制で効率を高めていくことにしましょう」
「モルゲン様が?」
ナハトが首を傾げる。
「あの方は都のシュテルン家の御嫡男。家元の許可が下りるとは……」
「シュテルン家は、くだんの暴動によってモルゲン様を残すだけになっていたの。本人がそれを言わなかったのは、自分の口で言っても信じてもらうに値するものがなかったから、だそうよ」
「――では、なおの事、危険なことをさせるわけにはいかないのでは? ロアリテート家よりも位が高いという話は、俺も聞いていましたが」
「尊い血を守るために安全な場所に。そういう考え方もあるでしょうね」
ギィ、と椅子を鳴らしてロイエが机に肘をついた。
サラリ、と月色の髪が流れる。
「ですが、別の考え方もあります。家名に誇りがあるからこそ、そのきっかけをつくった者達に刃を向けて汚名を雪ぐべきだ、と。感傷的かもしれませんが、わたくしには、彼の気持ちがよく分かるので、申し出を受けることにしたのです」
なるほど、とナハトは頷いた。
「ロイエ様がお決めになったことに従います」
「いつもありがとう、ナハト。貴方の献身、常々ありがたく思っていますよ。ただし、家名があろうとなかろうと、命を粗末にしてはいけないことに変わりはありません。貴方の身を案じている者もいるということを忘れてはいけませんよ」
当主の視線が自分よりも横に流れていることに気付き、ナハトはシュティレを見た。
横で見上げていたシュティレは顔を赤くして俯いてしまった。
熱でもあるのだろうか。
「承知しました」
「まずは二、三日しっかり休養をとってください。怪我があろうとなかろうと、疲労は知らぬうちに蓄積するものです。魔法を使ったからにはグリュックの診断は受けた方がいいでしょうけれど、それが済んだあとは、屋敷の仕事はしなくて構いません」
「は――しかし、疲労と言ってもそれほどのことでは……」
「まぁ、貴方ならそう言うでしょうね」
ロイエは柔らかく笑みを浮かべた。
「ナハト。こちらへ」
優しく手招きをされて、ナハトは大きな机を回り込んでロイエのそばに寄った。
そこで差し出されたのは、カードだった。
受け取りながら、ナハトはそれを見つめた。
柔らかい金属のような質感で、陽光を受けて煌めいている。何か細かな装飾が施されていて、偽造などは出来なさそうだ。
「これは――?」
「先々代が、優れた働きの家臣に与えていた臨時褒賞です。フェアトラウエンのあらゆるお店と約束が交わされており、一度だけ、どれだけ飲み食いをしてもロアリテート家が立て替えることになっているようです。確認したところ、その約束はまだ生きているとのことですから、好きに使ってください」
ナハトはそれを返そうとしたが、ロイエが先んじてカードを握らせた。
「私なりに色々と調べている内に、分かったことがあります。そのひとつは、貴方のような人物がおそらく代々ロアリテート家に居たのだろう、ということです。ユニークであり、心優しくもあった祖父は、その人物に報いるために、このようなものをつくったのでしょう。わたくしにも、その気持ちはよく分かります。まだ若い貴方に――」
伏し目がちになったところで、ロイエはハッとして首を振った。
月色の髪が、それに合わせて踊る。
「とにかく、父ですら知らなかったらしいその褒賞の存在を私が見つけたのもひとつの縁。毎回というわけにはいきませんが、もらった際には活用してください」
断る言葉も思いつかず、ナハトは深々と頭を下げ、ロイエのそばを離れた。
シュティレとナハトが並んだのを見て、ロイエが微笑む。
「そうそう――そのカードは、何も一人を対象としているわけではありません。誰かと連れ立って行っても構いませんからね」
「はい」
答えながら、ナハトは内心でどうしたものかと首を捻りどおしていた。




