第54話 帰還と歓迎
三人は城を出て、中央通りを歩いて北に向かった。
黒い服を着た人々が、あちこちに見える。
「誰が東に住んでて、誰が西に住んでるか、この格好じゃ分からないね」
「元々違いは無かったはずなのだから、当然と言えば当然かもしれないがな。だが、東の連中も、すがるべき渡り鳥がいなくなって、あらためて元の生活に戻らなければならないだろう。西側でさげすまれていた人々がそれを受け入れるかどうか、そして次に統治する者がどうするか、本当の意味で混乱が収束するにはまだ時間が必要だろうな」
歩きながら、ノインがひとつ息をついた。
それを見て、アーベントがポンと肩を叩く。
「随分お疲れじゃないのさ?」
「人が集まって社会を構成すると、色々な問題が起きるものなんだなと思って。ロイエの屋敷にいるときは見えていなかったけど、フェアトラウエンだって問題を抱えていてもおかしくないのよね」
「それはそうだ」
ナハトが静かに頷く。
「俺はロイエ様の元に居て十年以上になるが、食うに困って罪を犯す者や、欲に溺れて奪う者が皆無ではない。幸いというか、それらに対して仕事をしたことはないが……」
「ロイエってさ」
「む?」
「この世界から渡り鳥を掃討することを目標にしてるじゃない?」
「そうだな」
「その先のことって、何か考えてるのかしら? 例えば、このツナイグングだって、転生者がいなくなったことで混乱が起きるわけで、ユスティーツでも同じような――つまり、一般の人達が困る状況にも成り得るわけでしょ。今回は領主の自己犠牲で丸く収まったと言えば丸く収まったとはいえ、もっと大きな――規模の広いことが起きてもおかしくないわけで。ただ転生者を討ち取って行けば、それでいいのかしら」
ノインの言葉を受けて、それぞれが思案を巡らせた。
活気があるとは言えない街を進み、北口に差し掛かる。
「アタシはさ」
アーベントが口を開いた。
「そもそも、他所の世界から来た連中の力に頼るっていう発想が間違ってると思うんだよね。だからウンシュウ=トワにたかる連中にはうんざりしてたし、そいつらが後からあわてて組合に戻ってきた時はザマーミロと思ってた。一時的にでも甘い汁を吸わせてもらった奴等が後で痛い目を見るってのは、自業自得で仕方ないさ」
「あらら、さすがはアーベントってところね。きっかけとなる転生者自体が悪いだけとは思わないの?」
「思わないね。だって、そのきっかけをどう受け取るかは、そいつの判断で決められるわけだろ? 実際、アタシをはじめ、それなりの猟師達は、曖昧な力を嫌ってウンシュウなんかには惑わされなかったし」
二人の視線が、自然とナハトに注がれる。
迷ったような表情を浮かべてから、ナハトはゆっくり口を開いた。
「あの方のことだ。何もお考えになっていない、ということはないだろう」
「まぁ、ナハトならそう言うわよね。使用人っていうよりも、忠誠を捧げた近衛騎士って感じだもの」
「それだけの恩を受けているからな」
三人はそれからも、主に転生者がもたらす影響や、彼らによってもたらされる変化について話しながらフェアトラウエンへの帰途に就いた。
彼ら一行が旅に出て戻るまで、日数では十日にも満たなかったため、街中でその姿をあらためた関係者たちは驚きの表情を見せた。
「市場にいるとは珍しいな、グリュック」
「ナハトか? 戻ってくるのが早かったじゃないか、それに――」
くすんだ緑色のボサボサ頭を掻き上げながら、若き学者は旧知の友人を眺める。
「今回は、どこも怪我してなさそうだが、何があった?」
「質問がおかしいだろう。怪我をしているときこそ、何があったか聞くべきだ」
「ハハ、違いない。早く館に戻ってやれ、喜ぶ人が大勢いるだろう」
ロアリテート邸の玄関で出迎えに上がったのは、シュティレだった。
もっとも、小柄な体を弾ませるように駆け付けている最中は晴れた空のような表情をしていたものの、いざナハトらの前に来るといつもの冷静な表情に戻っていた。
「お三方、長旅お疲れ様でした。お召し物を――」
シュティレが珍しく、驚いて目を見開き、ナハトを見つめる。
「――どこも、怪我してないの? 何があったの?」
「あらら、もうすっかり怪我して帰ってくるのと思われちゃってるみたいね、ナハト」
横に居たノインが、呆れ顔のナハトの肩をポンポンと叩く。
「シュティレ、アタシ、汗を流したいんだけど、用意してもらってもいいかい?」
「承知しました。ナハトとノインは――」
「俺は先に、ロイエ様に報告をしよう」
「じゃあ、私も――」
「アンタはひとっ風呂付き合いな」
「えっ、ちょ、アーベン――」
「いいから、いいから」
夜色の女剣士は夕日色の狩人に連れられて行った。
狩人が通りしなに、シュティレに「ナハトの報告に付き合ってやっとくれよ」と伝えると、小柄な女官はわずかに頬を赤らめた。




