第52話 中央広場にて
「バオアー様!」
広間に飛び込んできた声の主は、息も絶え絶えに報告を続ける。
「ルンペンの私兵ドルヒ以下、相当数の武装者が街中を闊歩! 街の鎮圧のためと謳い、転生者クナイ=モントが創ったと思われる火の秘薬を用いて西側の住居や施設を破壊して回っております!」
「市民は?」
「既に死者が確認されております……」
「分かった。流れる血を最小限にとどめるためには、私が動くのが一番だな」
そういって、バオアーは執務のための服のまま、城の出口へと一歩踏み出した。
「バオアー様、鎧兜は――」
「不要だ」
振り向きながら、視線をノインに投げかける。
「ノイン殿。ロアリテートの若き当主に、よろしく伝えてくれたまえ。自らのために市民があるのではなく、市民のために己はあるのだと。それを忘れては、貴族の存在意味はなくなると」
「私、名乗ってないわ。それに、ロイエのことなんて一言も……」
「情報収集は政の基本であり要だからね。フェアトラウエンで話題の、黒髪の美女の話はもちろん知っていたよ。その謎めいた素性は、こうして会ってみても分からなかったが」
ノインが驚きの表情を浮かべると、バオアーは少年のように笑った。
「なるほど、確かに美しい。評判になるのも分かる。この街が落ち着きを取り戻したら、是非また訪れてくれ。本当は、市民みな親しみのある、温かく美しい街なんだ」
「ええ……きっと来るわ」
「ありがとう。執政!」
領主の呼びかけに、顔の青い二人が歩み出て、頭を下げた。
「前もって話していた通り、事を進めてくれ。くれぐれも、ユスティーツのように継続的な混乱を招いてはならぬ。冠を戴くのが誰になろうと、市民の暮らしを回復させ、少なくとも命を落とす者はないように動くのだぞ」
「かしこまりました」
「これまでお仕え出来て光栄でございました。遠からず、再会いたしましょう」
沈痛な面持ちの二人の様子に、ノインが口を開く。
「ちょ、ちょっと。どうしてそんな、今生の別れみたいな……」
「一間の衝撃が、出来事を収束させることもある。そこに賭けるのさ」
バオアーは、二人の執政の肩をそれぞれポンと優しくたたき、颯爽と歩いて行った。
迷いのない、力強い足取り。
目元を抑える男達を過ぎて、一度振り返り、バオアーはノインを見た。
「ノイン。君の実力を恃んでひとつ、お願いがある」
「私に?」
「ああ。これから私は中央広場へ行かなければならない。また、そこで少しの時間、立ち止まらなければならない。その間の護衛を、お願いできるだろうか」
ノインは緊張した顔で頷いた。
これから街の混乱に飛び込むから、ではなかった。
目の前の、初老の男性が発する異様な凄みに気圧されていたのである。
領主バオアー、ノイン、それに守備隊長のケンプファー、以下十人ほどの戦士を引き連れた一行が、小さな城を出た。
中央通りは喧騒に包まれていた。
装飾の多い甲冑を着込んだ兵士達が列をなし、東から練り歩いてくる。
一方、西側に居を構える市民達も、貧相ながら自衛のための武装をしていた。
一触即発――そんな言葉が、ノインの頭をよぎった。
「バオアー様だ」
「領主が出て来たぞ」
「このタイミングで何を……」
「ツナイグングの良き民よ」
バオアーは空を見上げて言った。
彼を囲むように、東西の市民達がぐるりと円をつくっていく。
それぞれが手に武器を持っていながら、殺伐とした空気は薄まっていた。
誰もが、突如として姿を見せた為政者に注目している。
「今でこそ東西に分かれたようになっているが、それでもみなは心ひとつに、この街の市民である」
ノインはバオアーの横に立ちながら、視線を動かして市民の顔を眺めた。
領主を見る者や、俯く者、うなだれる者などが目立つ。
ただ、憎悪や憤怒の目がほとんどないことが、ノインを驚かせた。
少なくとも、さっきまでは怒号や爆音が響き、体の奥を痺れさせる危なっかしさが街にあったはずなのに――これが、為政者という存在のなせる業なのだろうか。
「私は思う。私のような立場が血筋によって選ばれるのではなく、諸君が選び、認めた者が取り仕切ることになれば、初めからこんなことにはならなかったのではないかと」
誰も何も言わない。
ノインは口を開きかけたが、声は出なかった。
「この街で生まれた者が選ばれても、また、そうでない者が選ばれても、その過程がみなの納得できるものであったならば、ツナイグングはかつての平穏と笑顔を取り戻せるだろう。そしてそれは、北の都ユスティーツですら成し得なかった偉大な第一歩でもある。だが――」
ふぅ、と大きく息を吐いて、バオアーは周囲を見た。
ひとりひとりと目を合わせるのが目的でもあるかのように、ゆっくりと、時間をかけて。
「その一歩を踏み出すために、君達市民の血が流れるべきではない。ここに在る、古い血が流れ出たときに、新たな歴史が始まる。それこそが、私の領主としての最後の務めだ」




