第51話 領主
「こう言ったらなんだけどさ、隊長さん」
ノインは軽やかな足取りで駆けながら言った。
隣の隊長はといえば、ノインのスピードに合わせて走っているせいですっかり息が上がってしまっていた。
甲冑を着込んでいるか否かの違いだと信じたかったが、どうも違うような気もする。
「守備隊の人数、少なすぎるんじゃない? 街の規模から言って」
ノインは宿を出て中央通りから北へ向かう途中、後方や路地、あるいは東の方へと絶え間なく視点を変えながら移動していた。
市民の多くは恐怖に怯え、家に入って固く扉を閉ざしている様子が見えた。
徘徊しているのは、ならず者の姿をしている連中だ。
ただ、彼らの持っている剣は煌びやかで、その辺の野盗が用意できるような代物ではない。
これまでの話をまとめて察するに、破落戸に扮した東側の一派なのだろう。
「街の半分――のすべてはないにせよ、ある程度の人数が集まってこんな混乱が起こせちゃうようだと、色々とまずいと思うんだけど」
「おっ、おっ、おっしゃる――通りでして――そもそもにして、領主様が、まずは市民の、生活向上――特にインフラに予算をつける、ものですから」
疲労で声を弾ませながら隊長が言う。
「それっ、でも……ぜぃ、ぜぃ、ルン、ペンめが、金に、ものを言わせて、人員を囲い込む、まで、は、そんな――ことも、なかった、のですが」
「となると――初めに混乱を生じさせたきっかけは、やっぱり転生者……か」
絶え絶えになって走っている内に、ノイン達は領主の城に辿りついていた。
ただ、城とはいっても、申し訳程度の堀と門、石造りの建物があるだけで、広さで言えば明らかにフェアトラウエンのロアリテート邸の方が大きいように思われた。
正門をくぐり、ホールに入ると、そこには黒いひげを蓄えた初老の紳士が居た。
「ケンプファー。殺人事件の捜査と言って出て行って、女性を連れて帰ってくるとは、愉快な仕事ぶりだな」
「バオアー様。それが、大変なことになっておりまして」
「分かっている。西側で暴動騒ぎだな。だが、それはルンペンの死に端を発してのことではない。前者は前もって気を窺っていた不届き者共の仕業に過ぎず、後者は――」
領主バオアーは、夜色の髪の女剣士を一瞥した。
「この街の者の仕業ではあるまい。無論、こちらの女性というわけでもなかろう」
「ルンペン氏殺害の容疑者については、追跡者を動かしてあります。こちらの女性は、この暴動で御身に危機が迫ることを予期して、わたくしが独断で雇った護衛です」
ふむ、といって初老の紳士は頷いた。
「なるほど、只者ではないようだ。およそ常人には出来ぬ目をしている」
ノインはぎくりとしたものを感じながら、同時に緊張感も覚えていた。
ロイエやレーラーといった、貴族然とした人物とはこれまでにも話してきた。
しかし、目の前にいるバオアーという領主は、それらの雰囲気とはまた違うものをもっている。
「何か、そのような目になるような重大な出来事を、これまでに目の当たりにしてきたのだろう」
「人と違うものを見る、っていう意味では、貴方とそう変わらないかも。民衆の生活を保つために自分を蔑ろにする為政者っていうのも、珍しいんじゃない?」
ノインの言葉を聞いて、バオアーは声高く笑った。
「そんなことはないさ、お嬢さん。実際、私などよりも、国王陛下は遥かに立派な方であらせられた。私から見れば、歴史に名君と謳われた王らと遜色ない人だった――にも関わらず、蜂起に繋がるほどの鬱積があったという事実。君なら、これをどう見るかね」
ノインはかすかに顔をしかめて、言葉に詰まった。
そんな彼女から視線を外して、領主は続けた。
「私はこう考える。民衆が暴動を起こした――これがすべてだと。善政をしていたなどというのは為政者の驕りに過ぎず、それを評価していた私の目もまた蒙昧だったのだと。そして今また、この街でも、領主という冠をめぐって争いが始まってしまった。そもそも、街が東西に分かれて剣呑になったのは、昨日や今日の出来事ではない。この内憂は、どこから来たか」
「――違う。違うわ」
振り絞るような、か細い声。
「あなたはこの世界に生まれて、この世界の人々のために知恵を絞り、力を尽くしてきたのでしょう? そんな人のせいでは、絶対にない。それをかき乱したのは、本来はあり得なかったきっかけ。その、あるべきでないはずの力が余所から流れ込んでこなければ、暴動なんて起こり得なかった。内憂がどこから来たか? 答えは、外からよ」
流麗に、しかし激情を秘めた調子で夜色の女旅人は言った。
何の感情の奔流か、その眼には涙を浮かべてすらいた。
「どうやら、君はひどく優しい人物のようだね」




