第48話 潮の変わり目
「領主の警護って……さすらいの身の、どう見ても怪しい一団に頼むようなことでもないんじゃない?」
ノインが言う。
「あらら、お前が言うな、みたいな目で見ないでよね。私が一番素性が知れない、ってのはそうかもしれないけど」
「余所者だからこそ頼みたいことがある、とそういうことではないか?」
「その通りだ」
隊長が頷く。
「君達も知っているのだろうが、いま、この街は一触即発だ。バオアー様を慕う西の民と、それに敵対して転生者のクナイ=モントを戴こうとする東の民とで、争いが起きようとしている。いや、していた、というべきか。ルンペン殿が命を落としたことにより、今日の内にも刃傷沙汰が始まるだろう。我ら守備隊は、それらの鎮圧のために動かねばならん」
「領主の身を守ることも、守備隊の仕事のひとつなのでは?」
「バオアー様はそうは思っておらん。民の命を自らの命を天秤にかければ、迷いなく民の命が重いと判断される方だからな。既に、城からはほぼ全員が出払い、暴動の鎮圧のために準備しているのだ。かといって、無闇に人を増やすわけにもいかん。現状、誰がどちらの一派に与しているのか、我々守備隊にも分からんからな。街の者よりも余所者の方が安心できる、というのがこの街の現状なのだ。それほど混乱しているのだよ、残念ながらな」
ふむ、とナハトは腕を組んだ。
バオアーという人物は、主君のロイエと似たような考え方の持ち主のように思えた。
本来、高貴な立場にある人物というのはこうあるべきなのだろう。
「それにしても、ゆきずりのアタシらに頼むなんて、よっぽどのことに思えるけど。何か、命を狙われるような読みでもあるってのかい?」
「都ユスティーツでの反乱を知っているかね? 国王陛下が身罷られたとき、あれほど慕われていたにも関わらず市民から怒声が轟き、大規模な暴動が起き、そこかしこで貴族への襲撃と略奪が起きたと聞く。きっかけがなんであれ、暴徒化した人々は権力ある者に刃を突き付けるものだ。そして権力を持っているということは、そういうことだ」
確かに、とナハトは記憶を思い起こした。
北の都ユスティーツは、これが都かと思うほど荒れ果てていた。あちこちにがれきが散在し、浮浪者のような影がうずくまり、活気が無かった。あれは、反乱と合わせて起きた暴動の傷跡だったのだろう。
「わかった」
ナハトが頷く。
「義を見てせざるは勇無きなり――は、渡り鳥の言葉だったか。人の命が無闇に失われるのを看過は出来ないのだろう?」
ナハトの視線を、ノインは顔を赤くして受け止め、はにかみながら頷いた。
「おぉ、それはありがたい。報酬は、守備隊の予算から、しかも私の裁量から出すことになるから、それほど多くはないが……」
「金目当てで旅しているわけではない」
「重ね重ね、いたみ入る。では、支度が出来たら北側の詰め所に顔を出してくれ」
三人の名を確かめると、精悍な隊長は甲冑を鳴らして階下へと降りて行った。
その背中を見送って、アーベントが口を開く。
「――で、どういう狙いで引き受けたってのさ? 」
「簡単な話だ。一番の懸念は、暴動が起きて市民が犠牲になることだっただろう。だが、その口火は既に切って落とされ、守備隊が尽力して抑えてくれると分かった。それに報いる。さらに言えば、市民が危険にさらされる心配がないのであれば、こちらとしてはなんの気兼ねもなく渡り鳥を狩ればいいということになるしな」
なるほどね、と夕日色の狩人が数度頷いた。
「じゃあ、アタシとノインが詰め所と、それから領主様んところに行ってる間に……」
「俺は東へ行く。事が済んだら、俺もそちらへ合流しよう」
三人は互いに顔を見合わせて頷いたが、ノインが目を伏せ、ナハトを見た。
「……一人で大丈夫?」
「何を言っているんだ?」
ナハトが怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げると、ノインはハッとした様子で首を振った。
「そ、そうよね。むしろ、一人の方が大丈夫よね」
その様子をアーベントは不思議そうに見ていたが、少し思案を巡らせてから、ふたりを交互に見た。
「早く動いた方がいいだろう。行くぞ」
「了解。ちょいと一口、水だけ飲んで行くよ」
ナハトが出て行くのを見送りながら、アーベントはノインの袖を引いた。
ノインが小首を傾げる。
「なぁに?」
「いや――ちょっと、変化が見えた気がしてね」
「なんの?」
「アンタの、さ。どことなく、人と深く関わらないようにしてるように見えてたんだけど、まさかナハトの身を案じるとは思わなかったよ。どういう心境の変化さ?」
「どういうって……別にどうってこともないと思うけど」
ノインはそう言いながら、自分の言葉に自信が持てないでいるような顔つきをした。
やれやれ……謎の多い人物だと思ってはいたが、女であることは紛れもない事実のようだ。
これはフェアトラウエンに帰ってから面倒なことになりそうだ、とアーベントは矢筒の縁を指でなぞった。




