第47話 通報
翌朝、西の宿の三人の旅人の元へ、憲兵が隊を成して乗り込んできた。
完全に武装した姿で。
「ルンペン氏殺害の容疑で身柄を拘束する。抵抗すれば命の保証はないぞ!」
隊長らしき戦闘の男が、野太い声で高らかに宣言した。
精悍な顔つきは、いかにも実直な性格を思わせた。
既に身支度は終え、今日は三人で街を見て回ろうと一階で打ち合わせていた彼らは互いに顔を見合わせた。
「ナハト?」
「俺はずっと部屋にいただろう」
「じゃあ、アーベント?」
「さすがのアタシも、見えていない所にまで矢を飛ばすのは無理だねぇ」
「――ということで、何かの間違いじゃない?」
軽率な口調で笑うノインに、隊長は槍先を向けた。
「明け方、通報があったのだ。この街一番の豪商ルンペン殿の身が危ないとな。それで駆け付けてみれば、既にルンペン殿は息絶えていた。目撃者の証言によれば、犯人は夕日のような色の髪をした女で、昨日の日中からうろついていたとか。この宿に泊まっている、という情報もすぐに入ったぞ。なるほど、鋭い目つきをしておるわ」
視線がアーベントの明るい髪に集まる。
「あらら、やっぱりね」
「何がやっぱりなのさ」
「言ったでしょ、アーベントは見ようによっては悪人顔――って、脛を蹴らないでよ、脛を!」
緊張感なく言いあう二人を尻目に、ナハトが口を開く。
「彼女は昨夜から朝まで、ずっと部屋にいた。まさか、証拠もなしに一人の人間の身柄を拘束しようというのではあるまい」
ナハトが隊長の槍の穂先を摘まみ、押し上げながら言った。口調は穏やかながら、異論を認めない圧の強さがあった。
「証拠ならあるとも。ルンペン殿の胸には深々と矢が刺さっていた。そしてそこの者の腰にあるのは、まぎれもなく矢筒ではないか」
「その矢、細工までつぶさに見たか?」
ナハトの言葉に、隊長はあからさまにハッと表情を変えた。
「見ての通り、彼女の矢の軸は独特な物だ。木自体、この辺りでとれるものではない。北東にあるミットライト近く、シュルホト峡谷にしか生えていない硬質な木のものだそうだ。本当に、これと同じものだったか?」
「……いや、明らかに違う。この街でも取り扱っているような、ごくごく一般的なものだった。だ、だが、偽装の為に別の矢を使うということも考えられるだろう!」
「そこまでするのなら、呑気に街に留まっているはずもないと思うが。それでも彼女を拘束するというのなら応じなくはないが、論理的に考えて、無理を通すべきではないのでは?」
ぎっと歯を食いしばる音が聞こえた後、憲兵の隊長は絞り出すように声を出した。
「……その通りだ」
「ついでに要らぬ助言だが、その目撃者とやらを抑えた方がいいと思うぞ。おそらく、既に行方をくらましていると思うが……紫色の頭をした三人の男達を探した方がいい。昨夜、剣呑な様子で歩いているのを見た」
ナハトの言葉の通りに隊長が部下達に指示を出している向かいで、アーベントが声を潜めてノインに話しかける。
「弁護して助けてもらったのはありがたいんだけど、急にこんなに饒舌なナハトを見た驚きの方が強いよ、アタシは」
「指示を出すのは、割と得意みたいね。私がユスティーツで指示を受けたときは、私の意志なんて完全に無視した冷酷なものだったけど」
「余計なことを喋っている場合か。アーベントを嵌めようとしたのが例の狂犬兄弟とやらであるのは明らかだ。むしろ、初めからそうするつもりで接触してきた可能性すらある」
「なーるほどね……落とし前をつけさせないと、ちょっとアタシの気が収まらないね」
「ちょっと待ってよ。でも、ルンペンが死んだ以上、街の状況が一気に変わっちゃうかもしれないでしょ」
「もし」
部下に指示を出し終えた隊長が、申し訳なさそうに声を出した。
向き直ったナハトを見て、さらに言葉を紡ぐ。
「差し出がましいことを聞くようだが、この街には何用で参ったのか」
「……」
先程までの饒舌ぶりはどこへやら、ナハトは言葉を飲んだ。
後方のノインとアーベントも、なんの言葉も思いつかないまま青年の後姿を見ている。
「見ての通り、三者三様で武を高めている。当て所ない旅ともいうな。だが、少なくとも、守備隊の世話になるような真似はしていないつもりだ」
それほど出鱈目というわけではないだろう、とナハトは内心で多少の動揺を覚えながら言葉を紡いだ。まさか主君の名を出すわけにはいかないし、ましてや本来の目的を言うわけにもいかない。
こういう面倒事になる可能性があるからこそ、さっさと暗殺をしてしまえばよかったのに、という気がしないでもないが、自分も同意した以上は仕方がない。
ナハトは隊長の言葉を待った。
疑念が渦巻いている、というわけではなさそうだが――
「何か言いたいことがあるなら、言った方がいいんじゃないのかい、隊長さん」
ひょこっと顔を出して、アーベントが言った。
「察するに、ナハト――この剣士を腕利きと見て、何か頼み事でもあるって感じだけど」
隊長は、静かに頷いた。
「貴方がたの立ち姿を見れば、その技量が只者ではないことは分かる。単刀直入に言おう。我が街の領主、バオアー様の警護の一翼を担っていただきたい」




