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第46話 狂犬兄弟

 夕方というには遅い時間帯になって帰ってきたアーベントを、ナハトとノインが出迎えた。

 ノインは、ナハトも心配していたというのだが、アーベントには仏頂面にしか見えなかった。

 手土産の燻製肉をかじりながら、アーベントは話を始めた。


「長男グラオザーム、次男ゼルトザーム、三男ゲホアザームってのに会ってきたよ。自ら『狂犬兄弟』なんて名乗ってた」


 ナハトが顔を顰めながら口を開く。


「ザーム……シュティレから、そんな名前を聞いたような気がするな」

「あの子の耳なら、名前を聞いててもおかしくないね。連中、大陸中を旅して回ってるそうだから。しかも、転生者という噂のある連中を手にかけてね」

「そんな連中のねぐらに招かれて、よく何事もなく帰ってこれたな」

「大丈夫だったか、くらいの心配はあってもいいんじゃないの? アタシはノインほど人間離れしちゃいないんだからさ」

「ノインほどではないにせよ、常人離れした力を持っていることに変わりはないだろう。それに実際、こうして無事に戻って来られている」


 澄まして言うナハトをよそに、アーベントとノインは視線を合わせて苦笑した。


「まったく、アンタって唐突に褒めるって言うか、褒めてるんだか貶してるのか分かりにくいっていうか……」

「あ、分かった! アーベントって目つきが鋭いし、口も悪いから、見ようによっては悪人顔じゃない? だから仲間意識を持たれて……」

「ぶつよ」

「――ぶってから言わないでよね。それにしても、転生者を手にかけて――って、殺してるってこと? そんなことをやってのけるような実力を持った人間、そうそういるはずないんだけどな。私がナハトに頼ったのは、彼の実力が高いっていうのもあるけど、そもそも選択肢が――」


 そこまで言って、ノインはハッとしてナハトを見た。そこには相変わらずに仏頂面があり、気を悪くしているようには見えない。


「選択肢がたくさんあったとしても、ナハトを選んでたかな、うん。やっぱり。そうだと思う」

「御託はいい。そもそも、お前がどうやって俺を探り当てたのかも分からんし、聞いても答えないだろう」

「まぁ、ね。それはおいといて、今重要なのは、私には転生者に対抗する力を持つ存在を認知出来てたってことと、少なくともナハト以上の適任者なんていなかったはずだってことよ」


 ノインの語尾が過去形になっていることに、ナハトとアーベントはそれぞれ気付き、それぞれに引っ掛かりを覚えたが、何も言わずに飲み込んだ。彼女の言う通り、重要なことは他にある。アーベントは続けた。


「それは事実だと思うよ。あの三人が手にかけてるのは、あくまでも「転生者だという噂がある者」に過ぎない。そして、ノインはまだピンとこないだろうけど、この世界では変わり者や嫌われ者が転生者ってレッテルを貼られることが往々にしてある。それこそ、殺されても誰も何も言わないような奴は、転生者ってことにされるんだ。つまるところ、連中はそういう奴を標的にして、各地で強奪を続けてるのさ。罪の意識どころか、英雄ぶった口ぶりだったよ」


 ナハトが頷いた。


「思い出した、なんとかザームという名。シュティレが、転生者だと決めつけて盗賊の真似事をしている連中がいると言っていた。ウンシュウ=トワがそうだったように、転生者が隠遁生活を決め込んでいることは昔からなくはないが、だからといって、人里離れて生活してる人間がみな転生者であるはずもない。一緒に話を聞いていたロイエ様が、ひどく心を痛めていた」

「――愚かすぎるわ。何の罪もない人を」


 ノインの紫色の瞳が揺れた。

 その横で、ナハトがアーベントを見る。


「では、アーベントも、その転生者もどき狩りに勧誘されたということか?」

「いや、それがちょっと違うんだよ。連中もこの街の状況については把握してるらしくてね。本物しかいないこの街ではいつもの仕事が出来ないと踏んで、これから起きる混乱に乗じた火事場泥棒に切り替えるみたい。東側に貯めこまれてる金銀財宝を掠め取ろうってね。それで、その際の見張りや狼煙役を私に依頼してきたってわけさ。まぁ、確かに狩りを生業にしてる者の多くは、そういう斥候の動きも身につけてるからね」


 そこまで言って、水筒に一口付けて、アーベントが息とともに言葉を次ぐ。


「それで、これからどう動く? 予定通り渡り鳥ツークフォーゲルは狩り、不要な刃傷沙汰が広がって血が流れるのも避け、ついでに、混乱に乗じて悪さを企んでるような連中も、どうにかする? やることてんこもりだね」

「解決策を求めて散会したはずが、課題が増えただけだったな。ここにシュティレでも居れば、何か案のひとつも――」


 ため息交じりに話したナハトが、視線をついと外に向け、そのまま黙った。

 明らかに雰囲気の変わったナハトの様子に、ノインとアーベントも押し黙った。


「アーベント、くだんの狂犬兄弟とやらに、俺達のことや宿の話はしたか?」

「するはずないさ。それに、尾行もされてた気配はなかったけど」

「では、目的はここではない、ということか」


 首を傾げるナハトの横に、アーベントが並んで目を凝らす。


「――あの兄弟だね。髪を逆立ててるのが長男、伸ばしてるのが次男、三男は枝みたいに前髪を前に垂らしてる…………通り過ぎていった」

「東側に、ご飯でも食べに行ったんじゃないの? 西側の宿よりは、東側の方が品ぞろえは良さそうだったし」

「そんな呑気な理由なら、あのように殺気を発したりはしないと思うがな。街で混乱が起きる可能性よりも、彼らが何かをしでかす方が早そうだ。だが、俺達は俺達でどう動くか考えなくては」


 話し合いに戻った三人だったが、誰も妙案を口に出来ないまま、夜は深まっていくだけだった。

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