第45話 仕事の誘い
「おう、ねーちゃん。一杯どうだい?」
「こっちの肉も上手いよ、旅の人!」
西の地区を歩いていると、アーベントはしきりに声をかけられた。
うんうん、こういう雰囲気って悪くない。
郷里のミットライトでも、組合のお偉方に誘われて立ち寄るこじゃれたレストランよりも、昔なじみの狩人たちと適当に入る居酒屋の方がずっと居心地が良かったしね。
アーベントはかつてもそうしていたように、少なからず女の声が聞こえてくる店に入って小腹を満たそうと歩き回った。
男の声しか聞こえてこない店に入ると、ノインほどではないにせよ、あれこれと言い寄られて面倒だ。それが心地よくないわけではないし、情報収集という意味では好都合なのだろうが、今はとりあえず腹に入れたかった。まったく、ナハトにしてもノインにしても、あんな粗末な朝食で本当に足りたのだろうかと心配になる。
ところが歩き回って一時間、朱色の狩人はいまだどこの店に入ることも出来ないでいた。
どの店に入ろうとしても、どこからか刺すような視線を感じ、ためらわれるのだ。
明らかに監視されている。
落ち着かない。
森を歩いていて、こんな風に警戒心を持たれることはある。『縄張り』に入ったことを快く思われていない、という意味では似たようなものか。
「よぉ、あんた。さっきから、何か探してるようだが、どうしたんだ」
かすれた声で話しかけてきたのは、薄紫色の髪をさかだて、胸元を大きくはだけさせた男だった。
腰に目をやると、ベルトにいくつもの短刀がぶら下がっている。どれもよく使い込まれているようだ。
盗賊稼業か、それに類する連中――
「ああ、何か食べれるとこはないかと思ってね。ただ、目移りしてて」
アーベントは言いながら、男の目を見た。
髪の色と同じ色の瞳は、鳥の目を思わせた。
天敵におびえて飛び立つ小鳥ではなく、大空から獲物を狙う猛禽の目だ。
「この街は、今はのんきに飯を食っていられるような状況じゃなさそうだけどな」
夕日色の狩人は、一拍無言になってから、ふっと笑い、腰元の矢筒の縁に指を滑らせて小声で言った。
「簡単につまめる食堂でもあるなら、アタシはそれで充分なんだけど」
沈黙、というよりも緊張そのものがふたりの間を流れた。
「いいところがあるぜ。案内してやろうか」
「いきなり暗がりに連れ込んで乱暴なんて、よしとくれよ」
「確かにお前さんはいい女だが、さすがに殺される覚悟では襲えねぇな」
ついてきな、と言った男に連れられて、アーベントは足を進めた。
方向は、東だ。
「なぁ、別嬪さん」
並んで歩きながら、男が口を開いた。
「鳥肉は好きかい?」
「嫌いじゃないね」
男は続けた。
風にまじって、ぎりぎりアーベントにだけは届く声の大きさで。
「渡り鳥を食ったことは?」
「唐突だね」
「否定しなかったな」
男が笑う。
「そういや、名乗ってなかったな。俺の名はグラオザーム。あんたと同じ、旅の身だ」
「同じ、ねぇ。雰囲気的に、真っ当な稼ぎをしてるようには見えないけど」
「お言葉だな」
「否定しなかったね」
笑ったグラオザームに、アーベントは言葉を次いだ。
「それで――アタシが旅の狩人だと見て、なんのお誘いをしようってのさ」
「ひとつ、俺達の仕事を手伝ってもらいてぇと思ってな。報酬は弾むぜ」
俺『達』――どうやら、仲間がいるらしい。
「内容次第だね」
「見な」
グラオザームが指さしたのは、いかにも重い両開きの扉を構えた豪奢な屋敷だった。
厳めしく門番が立ち並び、来客でもあったのか、窓の外からはせわしなく動いている女中が数人見える。
「ここは、ルンペンってやつの屋敷だ。転生者の威光を笠に着て、私腹を肥やしている悪徳商人だ」
へぇ、と聞き流して、アーベントはグラオザームに続いた。
さらに歩いていくと、いくつもの屋敷が立ち並ぶ通りを抜け、生垣が広がる場所に出た。生垣の切れ目には、左右に全身鎧の男達が直立していた。見張りを立てているということだろう。男達はあからさまに警戒心を以ってアーベント達の方を見た。
その場を離れてから、グラオザームが口を開く。
「今の場所、あの奥には、転生者が住んでいる。俺達みたいな一見は、会うことも許されねぇがな」
「……明らかにこの街で重要そうな人物のお宅を紹介して、まさか、アタシに人殺しをしろってんじゃないだろうね」
「その話をするには、ここは明るすぎる。それに、何か食いながらの方が話しやすいってもんだ。ついてきな」
目を細めて、男は小さく言った。
ノインは東西を二分する戦いかのように表現していたが、事態はもう少し複雑で面倒そうだ。
アーベントは矢筒を指でなぞりながら、グラオザームに続いた。




