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第44話 富豪の言い分

「ルンペンっていう人に会うために、この街を訪れたんだけど、場所が分からなくて……」

「どうぞどうぞ、わたくしめがご案内いたしますよ!」


 鼻の下を伸ばせるだけ伸ばした男に、ノインは表向き感謝の微笑みを浮かべながら、内心では呆れてため息をついていた。

 昨夜、酒場を訪れたときもこうだった。

 自分が話しかけると、まず、男の目線が首筋、そしてその下へと下がっていく。

 一瞬止まったかと思うと、慌てたように目を合わせに来て、すぐに逸らす。


「何かお困りですか」


 表現は違っても、こういった『助力』を向こうから申し出てくる。

 今は、東の地区に入ってほどなく、甲冑姿の若い男の方から声をかけてきた。

 自分の求める情報が手に入ったり、望む場所に案内してくれたりするのはありがたいことではあるのだが、間の抜けた顔を見るとなんとも残念な心持になる。


「あそこはシュタインメッツさんの家で、元々石工の取りまとめだったんですが――」


 そうなんだ、物知りねと相槌を打つ。


 たいして興味があるわけじゃないけど、後でナハトやアーベントに聞かせるに値する情報かどうかを聞き分けなくっちゃね。


 ナハト――ナハトか。

 そういえば、ナハトは私に対してこういう気の抜けた顔を見せたことが無いわね。

 彼が暗殺者だからなのかしら。

 他者の命を奪う生き方をしているから、感情がなくなってしまった、とか?

 ううん。

 それにしては、顔つきはしっかり変わるのよね。

 微妙と言えば微妙に、繊細と言えば繊細に。

 シュティレと話しているときの顔はどことなく嬉しそうだし、私の訓練に付き合ってくれたときは明らかに高揚している感じだった。

 ロイエに対する目つきだって、他の人に見せるのよりはずっと穏やかだし――あ、でも、ああいう感じで私を見てくれるときも増えたのよね。

 なんにせよ、締まりのない顔をぶら下げられるよりは、彼のように凛々しい表情を見ている方がずっといいのは確かだ。


「僕の顔に何か?」

「え? いえ、なんでもないわ」


 締まりのない顔に問われて、ノインは慌てて首を横に振って微笑みを浮かべた。


「さ、ここですよ」

「随分大きなお屋敷ね」

「そりゃそうですよ。ルンペン殿は例の転生者が現れる前から他国との貿易に一枚噛んでひと財産築いたやり手ですから。そこに渡り鳥ツークフォーゲルを囲って利益を享受し始めたんだから、王家を含めてもグーテ領内で一番の金持ちと言って過言は無いんじゃないですかね」


 へぇ、と今度は素直に感心して相槌を打つ。


「では、また何かありましたら」

「ええ、ありがとう。お仕事頑張ってね」


 甲冑の男は威勢よく返事をして、まさに意気揚々といった雰囲気で元来た道を戻っていった。

 ノインは振り返り、あらためて屋敷を見る。

 フェアトラウエンのロアリテート邸も大きいが、目の前の屋敷はざっと見てもその2倍はある。


「さて、と……」


 屋敷に着いたはいいが、別に会う約束を取り付けているわけではない。

 ナハトが「姿を見せるのは得策ではないと思う」と言っていたことを考えると、クロネ=ラントのときのように、騒ぎを起こして捕まって中に入る、というのもまずいだろう。

 どうしたものかときょろきょろしていると、屋敷の扉が開いた。

 いかにも重い両開きの扉がギィ、と音を立てて開き、中からはでっぷりと肥えた男が姿を見せた。

 太い首は顎と一体化し、額はてかてかと光っている。

 襟巻には金の刺繍が施され、同じく金の刺繍の入ったガウンは宝石でもちりばめられているのか、日の光を受けてきらきらと光っている。


「どうかなさいましたかな、美しいお嬢さん」


 両脇に兜まで着込んだ戦士を四人もはべらせて、仰々しく男が言った。


「この街に住むルンペンという人に、一度会いたいなと思って」

「ええ、まさしくそのルンペンがわたくしめですよ、花のような人。どうです? 中に入ってゆっくりお話を伺うというのは」


 例に漏れない視線の動きをしながら、ルンペンが言う。


「――私は見ての通り、ただの旅人なんだけど……」

「構いませんとも。貴女のような美しい方と時間を共に出来るとなれば、いくらかお支払いしなければならないかと思うほどですよ。もっとも、腰の物騒な物は預からせて頂きますがね」


 こうして歓迎されたノインは、これでもかというほどの金細工が施された玄関を通り、さらに光り輝く広間を抜け、まぶしいほどの応接室に通された。

 ルンペンはノインを座らせると、つらつらと自分の装飾品の自慢、屋敷の自慢、街の自慢を述べていき、それが終わると領主バオアーに対する罵詈雑言を口にし始めた。


「王家の血を引くとは言っても、それは遠い遠い昔の先祖が遠戚にあるというだけのこと。元はただの農夫だった家系でございます。この街の領主などにはふさわしくないということを、旅先で話して広めていってくださらんかね」

「それが目的で、旅人を家に招いたってことね」

「いえいえ、もちろん美しい方だからこそお招きしたというのはありますよ」


 男の視線がノインの首筋、その下、さらに下へと移り、ノインはにわかに顔を顰めた。


「私は西口から街に入って、そこに住む人達は領主のことを悪く言ってなかったけど」

「ハッハッハ、彼らの言葉など聞く必要はありませんよ。彼らは負け犬共。犬どもが慕う領主に、なんの価値がございましょう」

「――貴方も彼らと同じ『人間』だと思うけど。少なくとも、他の世界から転生してきたわけではない、この世界で生を受けた者」


 ノインがそう言うと、ルンペンはわざとらしく大きく首を振った。


「同じなわけがありますまい。我々東の地区に住む者は、みな、努力することで富を得た、いわば勝利者です。西でぐずぐず言って居る者達は、それが出来なかった敗者。決定的な違いがありますよ」


 すべての指にリングを嵌めているせいで、ルンペンが指を組もうとするとガチガチを金属音が鳴った。


 なるほど。

 転生者とそうでない者――という分類には無理があるみたいね。

 転生者が悪、そうでないものが善というわけではない。

 ノインはぎらぎらと金色に光るグラスを手に取り、何やら混ぜ物のされた液体を口に含んだ。

 おそらく、睡眠薬か何かなのだろう。

 下卑た期待に満ちた視線を受けながら、ノインは素知らぬ顔で飲み干していった。

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