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第43話 街の東側

 雨脚が弱まり、小雨というよりも霧がかかったようになったツナイグングの街を、三人の旅人が方々に散って様子を見て回ることになった。


「アタシが西の方を見てくるよ」


 固いパンをひとかじりして、アーベントが言った。

 宿の朝食は、それと味の薄いスープだけだった。


「森で鍛えた感覚は伊達じゃないからね。物陰に危険があるようなら、すぐに気付けるさ」

「では、俺が東側を見て回ろう」


 ノインとアーベントがナハトを見る。

 視線の意味を察して、ナハトは首を振った。


「いきなり仕事をするつもりはない。実際にそれが可能かどうかは確かめて来ようと思うが、ひとまず、この街の富裕層の暮らしを見てくる。何か、ロイエ様に報告できる内容もあるかもしれないからな」

「じゃあ、私は――」


 ノインは、ナハトとアーベント、ふたりを交互に見て、それから扉を見て口を開いた。


「ルンペンってのに、会って来ようかな。転生者を利用する人間がどんななのか、気になるから」

「そりゃまた大胆な発想だね。まぁ、権力握った男は得てして美女をはべらせたがるもんだし、出来ないことじゃないとは思うけど……」


 夕日色の視線を受けて、ナハトが頷いた。


「いいんじゃないか。クロネ=ラントのときも上手く接触できたし、何かあったとしてもノインなら対応できるだろう」

「あらら、そのクロネ=ラントのときは、あわや――ってところで誰かさんが助けてくれただけだったような記憶があるんだけど。でも、これで決まり。成り行き次第だけど、夕方には戻って合流できるようにしましょ」


 こうして三人は、各々が行き先を決めて宿を出た。

 ナハトは念のため姿を消した上でノインと離れ、大通りを東に向かった。


 なるほど――確かに東に行くにつれて建物が大きく、装飾が豪華になっていく。

 道行く人々も、フェアトラウエンで名の知れた商人や貴族に似た装いになった。

 別の格好の者はと言えば、金属の鎧に身を包み、槍斧を手にした屈強な男ばかりが目立つ。

 あれらの装備を一揃いさせるだけでもかなりの費用がかかるはずだ。


「おや、奥様。あの方の所へいらっしゃるの?」


 どこぞの家を出てすぐのところで、二人の貴婦人が会話をしている。

 なにとはなしに、耳を傾ける。


「ええ。これをウイスキーに変えてもらうつもりですの」


 そう言って、一人の婦人が透明な液体の入った瓶を籠から取り出した。

 たしか、ウイスキーというのは琥珀色の酒だったはず。

 どう見ても、あの中身はウイスキーなどではない。


「そんなことおっしゃって、三日前にもお願いしに行っておりませんでした?」

「ついつい飲みすぎてしまって。味はともかく、飲み放題となると、ねぇ」

「分かりますわ。男達は例の運動で忙しそうですけれど、我々は優雅に昼から飲んでいられますもの。本当に渡り鳥ツークフォーゲル様サマですわね」

「ええ、まったく。元はしがない石工の取りまとめでしかなかったウチが、こんな貴族らしい生活を送れるようになったんですもの。バオアーを立てる生真面目な連中の気が知れませんわ」


 それから二言、三言かわし、貴婦人は通りを歩いていく。

 間違いなく、彼女はこれから転生者クナイ=モントのところへ向かうところだ。

 好都合だな。

 ノインに言った手前、すぐに首を取ることはしないが、どういう人物か確かめることは出来る。少なくとも、クロネ=ラントのときのように、自分の隠形術が破られるかどうかを確かめておく必要はある。

 ナハトは影も形もないままに貴婦人の後を追った。

 整った石畳みの上を、ナハトも歩いていく。

 いくつもの屋敷が立ち並ぶ通りを抜けると、次第に生垣ばかりが広がるようになり、やがてその切れ目に貴婦人は入って行った。

 左右に直立する全身鎧の男達が会釈し、貴婦人は奥へと進んだ。

 わざわざ見張りを立てているということは、やはり見破られる心配はない――か?

 ナハトは意を決して全身鎧の間を通り抜けた。

 反応はない。

 貴婦人は、ここまでに目にした豪邸とは比べ物にならない小さな、まるで小屋のような建物に入って行った。

 中に入るのは、さすがにまずいか――そう思ったナハトは、側面に回り、窓から中を窺った。

 かすかに声が聞き取れる。


「またですか、シュタインメッツ夫人」


 くすんだ金の髪をした男が居た。

 年齢的には、自分と同じか、少し下くらいだろうか。

 あれがクナイ=モントで間違いなさそうだ。


「ええ、主人が飲んで飲んで仕方なくて。週に何度もお願いしてしまい、わたくしも心苦しいのですけれど。それで、お代はいかほどで?」

「いりませんよ。なにせ、シュタインメッツさんにはいつも食事をごちそうしてもらってますし」


 彼が貴婦人の差し出した手提げ籠から瓶を手に取ると、その中身はあっという間に茶褐色に変化した。

 ただ手に持っただけだ。

 中身に触れてすらいないし、蓋を開けてすらいない。

 あれで中身がただの水だったとして、それを酒に変えてしまったというのなら、とてつもない力だ。

 窓の外で驚くナハトをよそに、クナイ=モントは次々と瓶の中の色を変えていく。


「幸運でしたわ、いつもは混みあっていて長時間待たされますのに」

「なんか、皆さん忙しいと聞きましたよ。なんか、俺を領主にするために手続きが必要だからって」


 ノインが集めてきた情報の通りらしい。

 この転生者自身が権力の座に就こうとしているわけではなさそうだ。

 だが――と、ナハトはかつて主君ロイエが言っていた言葉を思い出す。


「転生者のいくつかは、純粋であったり利他的であったりしています。ですが、後に邪心が芽生えたり、無自覚に混乱を引き起こしたりしているケースばかりです」


 こいつに邪心がないのは、あくまで『現時点では』に過ぎない。

 白刃の柄にそっと触れながら、ナハトは渡り鳥ツークフォーゲルの細い首を見つめた。

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