第41話 怠惰な渡り鳥
大陸中央、ホッホエーベネ高原を少し北へ向かうと、田園都市として名高いツナイグングがある。
グーテ、ヴァールハイト、クランクハイトの三国の国境線が交わる高原ということもあって、古くから境界をめぐる争いが絶えなかった地でありながら、同時に、盛んに他国との交流が行われてきた豊かな地である。
そんなツナイグングが、今、たったひとつの話題で持ちきりになっていた。
「転生者の俺を、この街の領主に?」
先日二十歳になったばかりの久内 紋人は驚いて聞き返した。
生まれつき色素の薄い髪と目は、新たな世界でも大きな違和感なく受け入れられた。
紋人の方でもまた、前の世界のゲームで見たような世界をほとんど抵抗なく受け入れた。
紋人は、自分が授かった『錬金術』という才で得た富があってなお、ウサギ小屋のような家に住んでいる。
前の世界では、貧乏を絵にかいたような市営住宅に住んでいたのだから、一軒家に一人暮らしが出来ているだけで十分だった。
簡素なテーブルセット、小さなタンス、少しばかり豪華なベッド。これで十分だった。
広い家の方が安全だ、とアドバイスしてくれる人も多かったが、実際の所、家の周囲では常に屈強な私兵団が警護に当たっているおかげでセキュリティは必要ないように思えた。
そして、そんな私兵団を率いているドルヒという男が、先程と同じ言葉を繰り返す。
たっぷりと髭を蓄えた、いかにも山男と言った風貌だ。
「モント様のお力は、まさに領主になるにふさわしいもの。ツナイグングのほとんどの民が、貴方様が領主になることを望んでおいでです。それを示すための抗議活動の準備を、我が主ルンペン様が整え、あとは貴方様の号令を待つばかりですぞ」
「俺が領主ねぇ……でも、俺は政治なんてわからんぜ。この街のことだって、なんとなく西側が貧しい人達、東側が豊かな人達が暮らしてるってのが分かってるくらいで、他の事なんざ分からんし。そもそも、社会科なんてテストでも一番点数がとれなかったからなぁ」
「きょうか? てすと?」
「ああ、そんなこと言ってもわからんよな。つまり、政治だの経済だのは、まるでとんちんかんだってことさ。俺にできるのは、ただモノ作りだけ。工作好きな貧乏フリーター、それが俺だったんだから」
紋人の言葉に、ドルヒが肩を揺らして笑った。
「ガッハッハ! それが本当だとしても、もはやまったく過去のことですな。貴方の『錬金術』は、いくらでも富を得ることが出来、いくらでも人の望みを叶えることができる。今や貴方は人が求めるものを自在に与える、人知を超えた存在なのですぞ!」
紋人は苦笑しながら目の前の男を一瞥した。
あ~あ。
なんか、俺が望んでた感じとは違うんだよなぁ。
確かに、元の世界では貧乏そのもの、生活保護の方がマシだっつーレベルの稼ぎの両親と一緒に暮らすフリーターでしかなかった。
あまりにも夢がないもんだから、いいや、もう終わらせちまえ!ってトラックに飛び込んで死んでみた。
そうしたら、『運命の女神』ってのが声をかけてきて、なんでも望む力をくれるっつーから、俺は「どんなものでも生み出すことのできる力をくれ」っつったんだよな――で、俺は『錬金術師』になった。
これがまた、デタラメな力だった。
砂粒から金、水から酒、よだれから薬、その他何でも、どう見たってそういう変わり方はしないだろってことを実現させられた。
一応、何もない所から生み出すってわけじゃなくて、別の何かに創り変えるっていう力だ。
これで随分ハッピーな人生を送れると思った俺は、もう働かなくていいんだと浮かれてこのツナイグングの街での生活を始めた。
それが失敗だったよなぁ。
街中でゆるーく生きていくつもりが、おだてられて調子に乗って色々と注文に応えて、気がついたら俺の力にたかっていろんな奴が集まり始めた。
――で、気が付けば2年ばかりが経過して、俺の周りにはすっかり大勢の人間がいるようになっちまった。
あれこれ世話を焼いてくれるのはありがたいし、グータラ生活が満喫できるのも嬉しいし、俺なんかに見向きもしなかったレベルのいい女が寄ってくるのも最高だ。
でも、ひっきりなしに俺のところに人が来るもんだから、全然のんびり出来ねぇ。
なんつーか、もっとこう、スローライフを送りたかった。
「いやぁ、やっぱり、俺はいいよ。みんなが遊びに来てくれて、何かと構ってくれるくらいでいいんだ。今の領主の――名前も知らんけど、その人が何かやらかしたわけでもないんだろ?」
「そういうわけにはいかんのですぞ、モント様!」
いちいちでかい声を上げるドルヒに顔をしかめて、紋人は口を開く。
「なんでだよ」
「ここグーテ王国の都ユスティーツで反乱が起きたことは、お聞きでしょう?」
「あ~……なんか、誰かに聞いた気がする」
「それによって、王家の直系は絶えました。そして、この街の領主バオアーは、王家の遠戚にいる男。貴方様の力で得た富の多くを、都の復興や王家の再興のために使おうと画策しておるのです!」
う~ん、と紋人は頭を掻いた。
「別にさ、いいんじゃね? 金なら俺がいくらでも生み出せるんだから」
「なりませぬ! 以前もお伝えした通り、万人に富を分け与えては、やがて貴方様への敬意を忘れ、恩を仇で返す不埒者が出てくるのです。あくまでも、ここツナイグングで、貴方を慕う者にのみ恩恵を授けるという仕組みにしなければ、その身に危険が及ぶのですぞ!」
紋人は、正直、この説明に対して半信半疑ではあった。
だが、自分がとにかく社会の点数が低かったこと、政治家の名前もろくに知らなかったこと、そして何よりも考えるのが面倒だったので、彼は目の前の髭の男の話を信じることにしていた。
「ああ、そうだった、そうだった。んで、俺が領主になれば、みんなハッピーになるんだな?」
「もちろんでございます!」
会心の笑みで、ドルヒは髭を揺らした。
「わかったよ。んじゃ、俺は何をすればいいのか教えてくれ」




