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第39話 次の対象

 食事の片付け、手紙の整理、屋敷の清掃――ナハトが日常の業務を次々とこなし、一段落ついたあたりで、シュティレとグリュックが声をかけてきた。


「長旅ご苦労様だったね、ナハト」


 深緑の瞳に見つめられながら、ナハトは深く頭を下げた。

 自分に魔法の力があると分かってから、体の調子や力の変化を調べてくれている、レーラーとは別の形での恩人だ。

 本来は最大限の敬意をもって接するべき相手のはずだが、年が近いことを理由に、友人のように振舞うことが許されている。

 つくづく、自分は人に恵まれている。


「旅の経過については、まだ報告書という形にはしてないが――」

「もうシュティレに聞かせてもらったよ」

「シュティレに?」


 彼女には旅の話はしていないと思ったが、と訝しんでいると、シュティレが口を尖らせた。


「アーベントに教えてもらいましたから」

「そうか」


 女性同士だからか、親しくなるのも早い。

 自分は人付き合いが不得手だから、関わり上手なのは羨ましい。


「又聞きではあるけれど、詳細は把握できたと思うよ。それにしても、肉を抉られるくらいの怪我を負って、ろくに休養もせずに帰還したんだって?」

「ああ――だが、実際に帰り道で傷はふさがったし、現にこうして仕事が出来ているんだから、問題はないと思うが」


 目つきを険しくさせたシュティレをよそに、ナハトは言葉を続けた。


「診てもらったほうがよさそうか? 感覚的には、魔法の力に変化はないと思うし、むしろ前の仕事のときの方が重傷だったと思うが」

「いや、検査は特にはないよ。屋敷にお邪魔することになったのは、君の検査や相談が目的じゃないんだ」


 首を傾げるナハトは、グリュックは部屋へ招いた。


「ロイエ様の許可はもらっているから、シュティレもどうぞ」


 シュティレが整えたという一室は、早速多くの書物や巻物で散らかされていた。

 大きなベッドとテーブル、それに四脚の椅子が備わっている。

 客室にテーブルセットは置いても、こんなに椅子はなかったはずだが――と思いながら、ナハトは促されるまま着席した。


 さて、とグリュックが続ける。


「ロイエ様からの書簡で、今後、魔法の力を持つ者達がこの屋敷で生活することになると聞いたよ。彼らに、魔法の力を操る手引きや知識を授けてほしいと乞われた。新顔のアーベントという女性と、僕の家に来たモルゲンという男性がそうだね?」


 ナハトとシュティレは互いに顔を見合わせ、同時に頷いた。


「アーベントは、風を操る。崖から転落した際に目覚めたらしい。条件は、目をつぶることだそうだ。ただ、自分を軸にして、直線的にしか風を発生させられないそうだ」

「モルゲンは、血を操ります。腕を失った際に力に目覚めたので、常に条件は満たせていると。実際に使っているのを見たわけではないので、それ以上のことは分かりません」


 グリュックは二人の話をスラスラと羊皮紙に書き留め、わかった、と小さく言った。


「それじゃあ、近い内に二人には魔法の力を見せてもらおう。もしかしたら僕から助言できることがあるかもしれない」

「ロイエ様から、ここにいる三人にその二人を加えて部屋に来るよう申し付けられている。それが済んだら、そちらの用に進むのがいいと思う」

「なるほど、そうしようか。では、二人に声をかけにいこう」


 三人はグリュックの部屋を出、まずはモルゲンの部屋に向かったが、ノックをしかけたところを別の女中に呼び止められた。

 女中の話では、昨夜の深酒がたたってひどい体調になっているらしく、少なくとも今日一日は安静にしておいた方がよさそうだとのことだった。

 同じかそれ以上の量を呑んでいたノインはピンピンして屋敷の仕事を手伝いに奔走しており、すぐに合流できた。

 続けてアーベント、レーラーにも声をかけ、ロイエの執務室にはモルゲンを除く全員が集結した。


「モルゲンについては、シュテルン家の意向を確認するまでは動けないので、まぁ、構いません」


 ロイエが小さく息を吐きながら言った。


「さて、ナハト、ノイン、そしてアーベントの三人には、引き続き渡り鳥ツークフォーゲルの討伐のために動いてもらいます」

「十分すぎるほどの報酬も約束してもらったしね。どんとこいってもんさ」

「頼りにしていますよ、アーベント」


 満足そうに微笑み、ロイエが続ける。


「次の討伐対象は、クナイ=モントという男性です。フェアトラウエンの南西に位置する、田園都市ツナイグングに居ます」

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