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第37話 暁の鍛錬

 宴が終わり、まだかすかに油の香りが残る夜明けの庭で、ナハトは剣を振っていた。

 特別なことではなかった。

 屋敷での様々な仕事がある以上、自分の剣の鍛錬は朝早くか、夜遅くにやるしかない。

 レーラーが指導の時間を割いてくれるときもあるが、護衛の任が最優先である以上、こちらからは望むべくもない。

 ミットライトでの戦いでは後遺症が残るような負傷はせずに済んだが、渡り鳥ツークフォーゲルが自分の想定を超えることは十二分に証明された。

 クロネ=ラント、ウンシュウ=トワ――彼ら以上に人間離れした力を持った相手がいるかもしれない。

 自分を鍛えない理由は無い。


「あらら、朝から精が出るわね」


 体の線がくっきり見えるいつもの装束に身を包んで、ノインが現れた。

 ケープをつけていないせいで、首や肩の肌が露出していた。

 雪のように白い肌は、朝の柔らかい光を受けて透明感を増している。


「あれだけ飲んで、なんともないのか?」

「? ――ああ、言われてみればそうね」


 飄々としているところをみると、本当に体内に毒素は残っていないようだ。

 以前自分が飲んだ時は、少量にも拘らず翌日には体の澱みを感じたものだが――と思いながら、ナハトはノインが木剣を持っていることに気付いた。


「鍛錬か」

「もちろん――って言えたら格好つくんだろうけど、自発的ではないのよね。二階の部屋から、ナハトがやってるのが見えたからお邪魔しようかな、と思って」

「そうか」


 言いながら、ナハトは愛用の白刃を鞘にしまった。

 転生者は、すべからく自分よりも能力が高い。

 隠形術を用いれば暗殺は可能だが、いつもうまくいくとは限らない――というよりも、実際、これまでに討ったふたりには通用しなかった。

 渡り鳥ツークフォーゲルと似て非なる者とは言っていたが、ノインもまた別の世界から来訪した存在で、やはり優れた能力をもっている。

 そのノインと鍛錬を重ねれば、転生者達との戦いへの準備になるのは間違いない。


「こちらこそ、邪魔でなければ鍛錬に付き合ってもらいたい」

「あらら、思ったよりいい返事だったわね。それじゃあ、よろしくね、ナハト」


 ナハトも木剣に持ち替え、右手、右足を相手から遠ざけた。

 相手に対して体の中心線を隠し、腰を落とす。

 木剣は両手に構え、胸の高さで地面と水平にし、切っ先を真っ直ぐ相手に向ける。

 刺突に特化した構えである。

 レーラーが得意とし、その弟子であるナハトにとっても最速の剣技を撃つ構えだ。


「――……」


 ノインの表情に微笑みは無い。

 ナハトの眼差しと身に纏う雰囲気に、ちりちりとした緊張を覚えていたのだった。

 それはいわば『殺気』であり、本来は仲間には向けられることがないものだ。


「ふぅー――……」


 背中に伝う冷たい汗を感じながら、ノインは剣を体の正面に構えた。

 基本的な構えとして習得すべきだ、とレーラーに教わった形だ。

 習ったことを意識する。

 すり足。

 腰の安定。

 肩の柔軟さ。

 視線は、相手の挙動が真っ先に出る腰――動いた!


「――っ!」


 喉元目掛けて放たれた刺突を、ノインは大きく体を翻して避けた。

 瞬間、相手から目を離してしまった。

 視線を走らせてナハトの姿を確かめると、視界から消えている。

 例の魔法?

 確かに、こっちの力は発動させてなかったけど――でもまさか


「ぃたっ!!」


 急に背中に衝撃を感じ、ノインは前のめりになった。

 脚をついて膝に力を込め、すんでのところで転ぶのは留まった。

 しかし、首筋に固いものが当たっているのを感じた。

 木剣だ。


「――参りました」


 鼻から大きく息を吐きながら、ノインは木剣から手を離した。

 顔を横に向け、視線を後ろに向けると、やはりナハトがそこにいる。

 さっきまでの裂帛の気合はやや鳴りを潜めてはいたが、独特の緊張感は纏ったままだ。


「何がどうなったか、教えてもらえる?」


 立ち上がり、ナハトの方に向き直りながら、ノインは言葉を紡いだ。

 ナハトはふぅと息を吐いてから口を開く。


「お前が体を反転させたから、すぐに背中側に潜り込んだ。そこに体当たりを食らわせて、姿勢を崩させたんだ」

「はじめから、私がそういう避け方をするのを見越して突きを繰り出したってこと?」


 いや、とナハトが首を横に振った。


「そこまでは想定できない。ただ、高速の突きに対しての反応は、大きな動きでの回避になることが多いんだ。それで先の先をとり、続けざまに相手の死角から攻撃を連続させていけば、大きな隙をつくらせることができる」

「――で、見事に無防備な姿をさらしちゃった、ってわけだ」


 腕を組み、ノインが苦笑する。


「完全に手のひらで踊らされたってのが、腹立たしいわね~」

「自分よりも能力の高い相手に対して、受けに回るのは危険すぎるからな。一方的に攻めて終わらせられるのが理想だと思ったんだ」

「あらら、慰めてくれちゃって。でも、同じ手は二度は食わないわよ」

「そうだろうな。その程度の相手なら苦労は無いし、鍛錬の意味もない」


 ナハトは距離をとり、また同じように構えた。

 ノインもまた、地面の上から木剣を取り、構え直した。


「さて、と――……」


 集中力を高める。

 身につけるべきことはたくさんある。

 この世界で戦うことを選んだ以上、言い訳は出来ない。

 学ばなければ。


「フッッ!!」


 息より速く踏み込んで、ナハトが木剣で突く。

 ノインは、今度はそれを小さく避けた。

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