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第35話 晩餐

 ナハト達がミットライトから戻った日、そしてシュティレがグリュックの家を訪ねた日の夜、ささやかな晩餐会が催された。

 取り計らったのは、激務で疲労するロイエを心配した家臣達だった。


「国や街が疲弊している最中に、我々だけが贅沢をするわけにはいきません」


 ロイエはそう言って渋ったが、ナハトやノインを労いたいのだという家臣達の熱意に最後はほだされた。

 ふたりの旅の真の目的を知っている者はほとんどいなかったが、わざわざミットライトまで旅をして狩猟組合の長とやりとりをしているという事実だけは家人全員が知っていた。

 食事会場へと様変わりしたのは、普段は武骨なだけの訓練場だった。


「みながロアリテート家に尽くしてくれていることに深く感謝を伝えます」


 食事の始まりに、ロイエがグラスを掲げる。


「特に、ナハト、そしてノイン。ふたりには、遠方まではるばる務めを果たしに行ってもらいました。その結果、新しく家人としてアーベントを招くことが出来、嬉しい限りです」


 参列した人々の視線が、夕日色の髪をした狩人に注がれる。

 狩人は慣れない場面に顔を赤くして、熱くなった頬を掻いた。


「また、北の都ユスティーツから、シュテルン家のモルゲンを客人として招くことも出来ました」


 銀髪をかき上げて、剣士がサッと片手を上げた。

 数人の女性がほうとため息をつき、シュティレがはぁとため息をついた。


「そして、わたくしの身を案じて動いてくれた多くの臣下に、あらためてお礼を言います。みんな、ありがとう。では、乾杯」


 侍従として控えていた数人も含めて全員が顔をほころばせ、晩餐が始まった。

 ロアリテート家では、宴席で必ず円卓を用いた。

 それは、食事のときくらいは主従を忘れ、上下の身分隔てなく時を過ごしたいという歴代当主の意志の表れだった。

 今も、ロイエの隣にはレーラーが、そこからアーベント、モルゲン、ノイン、ナハトの順にぐるりと座っている。


「落ち着かない様子ですね、ナハト」

「ええ。本来は、俺は座っていないはずの場ですから」


 そう言って、ナハトはグラスの水を一口含んだ。

 何度か、こういう形で食事をしたことはある。

 ただ、どれも教養のためにと参加しただけで、望んだことは一度もない。

 基本的には自分は宴席の裏で片づけに勤しんだり、がらんどうになった邸内を警護に勤めたりすることになっていたし、その方が気が楽だった。


「小間使いという役割も、考え直してもいいかもしれませんね。考えてみれば先代当主がそのように申し付けただけで、わたくしが直に命じたわけではありませんし――レーラー同様、護衛の任に集中してもらいましょうか」

「そうなると、『おつかい』に行かせにくくなってしまうのが悩みどころですな」


 ふむ、とロイエが口を結ぶ。


「僕がその『おつかい』を代わって差し上げる――というのは、いかがです?」


 モルゲンがワインを一口飲み、明朗な口調で言った。


「僕も、彼同様、剣も扱えて、剣でないものも扱える。もしかすると、そのどちらか、あるいは両方が、僕の方が上手だという可能性もあるでしょうし」

「申し出はありがたく頂戴しますが、モルゲン。貴方にそういったことをお願いしていいかどうか、現在シュテルン家に確認を取っている最中です。そして、首尾よく許可が出たとしても、ナハトの力は他の者には代えがたい」


 ロイエの言葉に、モルゲンはにわかに顔を顰めた。

 だが、すぐに表情を笑顔に戻して、さっとナハトを一瞥した。


「ロイエ様、レーラー師、そしてシュティレ――君を高く評価する人物が多いね、ナハトくん」

「俺にはよく分からないが」

「まだ余興には早いが、どうだろうか。腹に物を入れる前に、ここはひとつ、手合わせをしてみるというのは」


 円卓を、鋭い沈黙が包む。


「別に決闘をしようというわけじゃない。ただの遊びさ」

「剣は玩具じゃない」


 ナハトの言葉に、モルゲンはフッと笑った。


「なるほど、それはそうだ。確かに剣士、確かにレーラー師の弟子だ。手合わせは後日、あらためてにしよう」


 やれやれと肩を竦ませたモルゲンを見て、ロイエが苦笑を浮かべた。

 悪い人物ではないのだが、邸内の女性への言動も含めてハラハラさせられる。

 やがて緩和していった雰囲気の中で、各々が自分のこと、相手のことを話題にして互いを知り合った。

 やがてモルゲンが席を立ち、別卓の女性へ声をかけに行くと、アーベントも円卓を離れた。

 向かったのは、昼間顔を合わせた女中――シュティレの元だった。

 彼女は宴席には着かず、制服の上に儀礼用のクロスを纏ってロイエの後ろに控えていた。


「やぁ」


 片手でグラスを持ち、もう片方の手で軽く挨拶をしたアーベントに、シュティレは深々と頭を下げた。


「ちょっと、話せるかい?」

「今は――」

「構いませんよ」


 断りかけたシュティレの言葉を遮って、ロイエが言った。


「元々、シュティレには一緒に食事をとるように言ったのです。彼女が固辞するのでそこに居ますが」

「夕にも申しましたが、ナハトやノインと違い、私は何らかの功労を遂げたわけではありませんから」


 表情を変えないシュティレに、アーベントとロイエは目を合わせ、互いに苦笑した。


「じゃあ、ちょっと屋敷の中に付き合っとくれよ。部屋に忘れ物をしてきたみたいなんだけど、いまいち場所が分からなくってさ」

「――そういうことでしたら」


 シュティレは苦笑交じりに頷くロイエの視線を受けて、アーベントと共に庭から屋敷の中へと入った。

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