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第34話 遭遇

「そうだな」

「隣にいるのは誰かしら?」

「見覚えのない顔だが」


 露店よりもずっと奥、いつもの制服を着たシュティレと、見覚えのない衣装を纏った男が連れ立っている。

 姿勢と歩き方から、男が剣を扱う人間であることが見て取れた。

 左腕がないように見えるが、それにもかかわらず重心をぶらさずに歩いている。

 かなりの技量だ。

 じっと見ていると、シュティレではなく、男の方がこちらの視線に気付いたようだった。


「知り合い?」

「さっき、見覚えがないと言ったと思うが」

「じゃあ、シュティレの――こういうの、なんていうんだっけ? 恋人?」

「そうかもしれないな」


 言葉を交わしている内に、向こうでもこちらに気付いた様子があった。

 男が何事か言うと、シュティレは一度大きく首を振ったが、直後、自信なさげに俯いた。


「お待たせ~。いやぁ、さすが交易都市と名高いフェアトラウエンだね。腸詰三つ買うのにこんなに時間がかかるとは」


 戻ってきたアーベントが、笑いながらナハトの隣に腰を下ろした。

 ナハトを挟んで右にノイン、左にアーベントという構図になる。


「まずいな」

「なんでよ? まだ一口も食べてないじゃないのさ」

「いや、肉の話じゃない」


 要人暗殺に赴いて、何度か感じたことのある感覚――それがナハトの中に芽生えていた。

 予期していなかったことで窮地に陥る――この感覚の後は、必ずそうなった。

 だが、今はただ、顔見知りとベンチに腰かけているだけで、命に関わるような状況では決してないはずだ。

 旅の疲れがここに来て出ていて、自分の危機察知の感覚を狂わせているのかもしれない。

 受け取った腸詰に口をつけないまま思考を巡らせていると、通りを渡ってシュティレ達が近づいて来た。


「いつ、お戻りに?」


 ベンチの前に立ちはだかって、シュティレが言った。

 自分に対してもノインに対しても、彼女は敬語を使っていなかったはずだが――と思いながら、ナハトはシュティレを見上げた。

 普段なら、シュティレが小柄なために見下ろす形にしかならない。

 彼女を下から見るのは、何か不思議な感じがした。


「少し前だ」

「お休みにならなくて大丈夫なんですか」

「大丈夫だと思うが、今は一応、休んでいるつもりだ」


 ノインはシュティレから発される異様な威圧感で声を失っていた。

 この子って、こんな感じだったかな。

 私に対して警戒心はあったけど、ナハトに対してはもうちょっと優しげだったような。

 アーベントもまた、どうやらまずい状況になっているらしいことを肌で感じていた。

 気が付かないまま森を往き、魔獣に正面から遭遇してしまったときのような感覚だ。

 いくつかの可能性に想いを巡らせて、おそらく、後でこの女の子には謝った方がよさそうだという結論を導き出した。


「君がナハトくんかな?」


 銀髪をサッとかき上げて、男が言った。


「そうだが」

「そうか、そうか。僕の名はモルゲン=シュテルン。家名を聞いて分かる通り、代々近衛騎士を輩出してきた都の貴族、シュテルン家の嫡男だ。でも、今はただのモルゲンでしかない。そのように呼んでくれて結構だよ」


 顎を上げながら、モルゲンが言葉を紡いだ。


「縁あって、数日前からロアリテート家にお邪魔している。これからよろしく」

「ああ――……」


 差し出された手に、ナハトは手を合わせた。

 握手はほんの一瞬で終わり、モルゲンはそのまま、手をシュティレの腰に回した。

 小柄な女官は体を強張らせたが、何も言わなかった。


「そういえば」


 まるで歌うように、モルゲンが声を弾ませる。


「聞いた話では、君も剣を扱えるとか?」

「レーラー師に教わっている」

「素晴らしいね。あの方に師事しているからには、相当の手練れとお見受けするが、いかがかな?」

「正直、あの人に認められるほどの腕ではないのは自覚している」

「謙遜しなくてもいいじゃないか。あの方は、王都でも名の知れた剣豪だ。見捨てられずに教わり続けているのなら、君は充分に評価されているよ」


 沈黙が通り過ぎる。

 それを破ったのは、あらためてモルゲンだった。


「では、僕達はロアリテート邸へ戻るよ。それではお三方、仲良くごゆっくり」


 二人がその場を去ってほどなく、アーベントが天を仰いだ。


「あちゃー……ごめんよ、ナハト」

「何がだ」

「何がって……アンタ、あの栗色の髪のお嬢ちゃんと、そういう仲なんじゃないのかい?」

「そういう仲――?」


 どういう仲だ?

 取り立てて、その前に話題になったものがあったか?

 いや、何もなかったように思う。


「ピンと来てないみたいだから言うけど、恋仲なんじゃないのか、ってこと」

「なるほど、さっきの雰囲気はそういうことだったのね。恋人が自分以外の異性と仲良くしてたものだから、怒り心頭になったと――勉強になるわ」


 ノインは腸詰をひとかじりして、感心しながらうんうんと頷いた。


「見当違いだ」


 ナハトはきっぱりと否定した。

 彼女ほどの器量なら、自分と懇意になる理由が無い。

 屋敷に勤める男で、シュティレに色めき立っている者は少なくない。

 確か、厨房にもそういう者が二人いて、どちらが彼女を食事に誘うかで喧嘩になる寸前まで行ったと聞いたことがある。

 それほど魅力のある女性から見れば、言葉足らずで陰気な自分など意識の外だろう。


「おや、そうなのかい? さっきの雰囲気から言って、アタシはてっきり――」

「疲れていたんだろう。他所に出掛けていたということは、ロイエ様から仕事を申し付けられたということだろうからな」


 腸詰をかじってそう言ったナハトに、アーベントは心の中で首を捻った。

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