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第33話 水先案内

「ナハト、どうせなら街中も案内しとくれよ」


 屋敷内を見終えると、アーベントが言った。

 最後に訪れたのがちょうど広場だったので、その場にはレーラーとノインも居合わせている。


「別に、さっきもらったばかりの金で奢らせたりはしないさ。でも、うまい飯屋のひとつくらい教えてくれたっていいだろ?」

「それじゃあ、私も一緒に行かせてもらおうかな」


 額に汗を光らせながら、ノインが笑った。

 普段羽織っているケープを脱ぎ、軽装になっているせいで、雪のような白い肌が多く露わになっている。


「レーラーのおかげで、だいぶお腹も空いたしね」


 ナハトが見ると、師の額にも玉のような汗が浮かんでいた。

 薄々分かってはいたことだが、ノインの身体能力でまともな剣の振り方を覚えると、自分など及びもつかないほどの使い手になるだろう。

 それは、自分がどんなに打ち込んでも平然としている師の疲労具合が証明している。


「私は遠慮しておこう」


 低く渋い声で、レーラーが言った。


「護衛役として、長くあけるわけにはいかんからな」

「あらら、残念。食べながらもうちょっと聞きたい部分もあったんだけどな」


 さっとタオルで汗を拭き、すぐにケープを纏うノインに、アーベントが目を丸くした。


「ノイン、アンタ、そのまま出る気かい?」

「そうよ。どうかした?」

「街に出る前に汗を流すくらいのことは、アタシでもするけどね」


 苦笑するアーベントに、ノインがからからと笑う。


「平気、平気。体が冷えて具合を悪くするほどやわな体にはなってないもの」


 そう言って、ノインは鼻歌交じりにエントランスの方に歩いて行ってしまった。

 アーベントがナハトを見る。


「あの子、いつもあんな感じなのかい?」

「いつも――がいつからを指すのかは分からないが、少なくとも俺がノインと知り合ってから様子が変化したとは思わない」

「黙って座ってりゃ、かなりのお姫様具合だってのに、まるで気にする素振りが無い。今だって、曲がりなりにも男と一緒に街に出るわけだろ? 汗臭いのが気にならないのかね」

「何か、我々とは一線を画すものがあるのだろう」


 レーラーが汗を拭いながら言った。


「今しがたの訓練にしてもそうだ。身体能力の高さは既に知っていたが、学習能力も凄まじいものがある。何か、本質を掴む才を持っているかのようだった」

「へぇ……ま、女はある程度の歳を過ぎりゃ、人には言えないことの方が多くなるもんだからね。さっ、置いてかれない内に行くよ、ナハト」


 こくりと頷いて続く青年の背中を、剣の師が見送った。

 彼の周りにいる人間と言えば、同僚か魔法の研究者、あとは目上の人間しかいなかった。

 剣の扱い方を教え、暗殺の術を叩き込み、優れた戦士にはなったものの、それが彼自身の幸福と結びついているかは分からない。

 育ての親を気取るつもりもないが、せめて健やかであってほしいとは思う。

 レーラーは上着を羽織り、静かに館の中へと戻っていった。


……


「あそこはパンが絶品よ。でも肉の焼いたのならこっちかな。あー、でも、野菜の質がよかったのは通りのあっち側だし……」


 指さし悶えるノインに、アーベントが呆れる。

 美味しいお店ならいくつか知ってる、と豪語したのはいいものの、結局どこと決めることもないままに三十分は歩き通しだ。

 ナハトは何も言わずにそれを聞いているが、このままでは腹ごしらえが出来ないだろうことを悟ったアーベントはノインの肩を叩いた。


「ノイン、ノイン。アタシとしては、どこでもいいと言えばどこでもいいんだ。なんなら、そこの露店で炙ってる腸詰でも構わない」

「あらら、そう? でも、言われて見るとそこの腸詰はまだ食べてなかったかも――」

「よし、決まり。付き合わせちまった以上はアタシがごちそうするよ。ふたりとも、そこのベンチんとこに座って待ってなよ」


 言うが早いか、夕日色の狩人はさっさと店に向かって走って行ってしまった。

 ノインとナハトは言われるがままに、街の目抜き通りにいくつも備えられているベンチのひとつに腰かけた。


「そういえば、胸の傷はどう?」

「ああ――多少は痛むが、別にどうということもない。毒があるわけでもなかったからな。そっちこそ、先生との訓練はどうだったんだ」

「上々ってところかしら。近々、貴方にも勝負を挑ませてもらうわ」

「そうか」


 おそらく、そう遠くない内に一本取られるだろうな――ナハトは、いざ自分が敗れたときに師はなんというのか、少し気になる気がした。

 隠形術を使えばどんな相手でも――渡り鳥ツークフォーゲル以外なら――負けることは無いだろうが、純粋な剣術だけで言えば、自分はどれほどの腕前なのだろうか。

 師はたびたび評価してくれてはいるが、身内に対するひいきのようなものもあるだろう。

 何か機会があれば、自分の実力を知ってみたいという気がした。


「あら?」


 ノインがパッと顔をあげた。

 ナハトが目をやると、彼女の視線はアーベントが並びに行った露店ではなく、別の方向に向けられている。


「あそこにいるの、シュティレじゃない?」

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