第32話 報告と報酬
「ただいま戻りました」
「ご苦労だったな、ナハト」
ロアリテート家の門をくぐり、ナハトは出迎えてくれた師と握手を交わした。
「首尾は?」
「上々と言って差し支えないかと思います」
「怪我は?」
「胸を抉られましたが、帰りの道中でふさがった程度です」
「そちらは?」
「アーベント。腕利きの狙撃手で、今回の『狩り』にも同行してもらいました」
レーラーが眼光鋭くアーベントを見据える。
夕日色の瞳は揺れることなく、しっかりとその視線を受け止め、自信ありげに笑った。
「なるほど、只者ではないようだ。では、面通しもかねて、揃ってロイエ様の所へ行くがいいだろう」
「あ、私は別行動させて」
ナハトが頷きかけたところで、ノインが口を挟んだ。
「というよりも、レーラーに相談があるから」
「私に? ――分かった、請け合おう」
ナハトはレーラーに丁寧にお辞儀をし、アーベントを連れ立って執務室のある二階へと上がっていった。
それを見送ったあとで、ノインがあらためてレーラーを見上げる。
「剣を教えてもらいたいの」
「新たに腰に提げたものは飾りではない、ということか」
ええ、と言ってノインが頷く。
夜空色の髪が、昼下がりの日差しに煌めいた。
「私は、転生者の力を封じることしか出来ない――と思ってたけど、今がそうだっていうだけなのよね。多くの人間達のように、努力して力を身につければいいだけだって、今回の旅で気付いたから」
レーラーは、真剣なノインの眼差しを受け止めながら、以前も覚えた違和感を再確認した。
目の前の女性は、やはり、人間離れしている。
自分の太刀筋を、初見ですべて回避できた人間などこれまでにいなかった。
受けることは出来ても、かすりもしなかったことなど一度もない。
動体視力、反射神経、筋力、それらすべてが異次元の水準で備わっている。
そして、何よりも――
「お願いできる? レーラー」
この物の言い方だ。
ロアリテート家の当主ロイエに対しても、明らかに年長者であるこのレーラーに対しても、彼女は言葉遣いを変えない。
はじめは、彼女の身分が高いためだと思ったが、そうではなかった。
そもそも、彼女は家名を持っていないのだ。
次に、ただの不敬ではないかとも思ったが、いくつか言葉を交わして、そう単純な話ではないような気がした。
彼女が持っている能力、特殊な力、言動、そして何よりも、奇妙にすら思える一種独特な気配――敵意、悪意、害意とはかけ離れているがゆえに目をつぶっているが、剣を教えるという建前で時間を共有すれば、もう少しこの人物の謎が解けるかもしれない。
「無論だ。ロイエ様の意向を実現させていくためには、戦力は少しでも増していかねばならん」
「よかった。よろしくね」
「だが、やるからには手心は加えんぞ。ひとたび剣を持てば、老若男女の別は無い」
「あらら、音を上げちゃわないように頑張らなくっちゃ」
ウインクで返すノインに、レーラーもふっと笑った。
階下で新たな剣の子弟が動き始める一方、執務室ではロイエが困り顔でナハトの報告を受けていた。
「――以上で、報告は終わりです」
流々と説明をするナハトを見ながらも、ロイエの意識は彼の隣に座っている夕日色の髪の女性に向かっていた。
これはまた、美しい同行者を連れ帰ったものだ。
夕方の山の稜線を思わせる、明るい色の髪。
それよりも濃い色の、強い意志を思わせる瞳。
さらに、使い込まれた革鎧の上からでも分かる、魅力的な女性の体の線。
ナハトが街を離れてシュティレが落ち着かなくなるのは、彼の身を案じてということ以上に、また魅力的な女性と知り合っていたらどうしようということもあったのではないかと邪推してしまう。
もっとも、それが事実だとすれば、彼女の悪い予感は完全に的中してしまっているのだが。
「話は分かりました。アーベント――と、呼んでも?」
「ああ。いや、はい、大丈夫――です」
途端に表情を砕いた女丈夫に、ロイエは微笑んだ。
金色の瞳が優しく狩人を見る。
「かしこまらなくて結構ですよ。昔から仕えているナハトはともかくとして、ノインや貴女は家人であると同時に客人でもあります。振舞いやすいように振舞ってくれる方が、わたくしとしてはありがたいのです」
「そ、そうかい? いや、実はこういうカクカクしたのが苦手でさ。そう言ってもらえると安心するよ」
破顔したアーベントが笑い声をあげた。
「あらためて、よろしくね、ロイエ。これからしばらく世話になるよ」
「こちらこそよろしく、アーベント。不慣れな街と屋敷でしょうから、まずはゆっくり休んでください。とは言っても、案内を任せたいシュティレが出かけてしまっていますが……」
「俺が案内します」
「――そうですね。では……」
ロイエはアーベントに割り当てられる部屋をナハトに伝え、そこに通した後は館の案内をし、それが終わったら休養をとるように伝えた。
命がけの任務の後だ。
まずは気を休めてほしい。
街の穏やかな空気を吸うのもいいかもしれない――そう思い当たったロイエは、引き出しを開けた。
「ナハト」
「はい」
「これを」
「――俺は、給金は十分に頂いています」
「貴方の働きから見れば、十分とは言えません」
ナハトはもう一度ためらったが、一拍置いて、何も言わずに大事そうに数枚の金貨を受け取った。
「ありがとうございます」
執務室を出ると、アーベントがナハト声をかけた。
「いいご主人様じゃないか」
「常々そう思っている」
ナハトの答えに、アーベントは感心しながら声をあげて笑った。




