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第31話 問いと答え

「適当にかけてくれ」


 促されて、ふたりは木製のベンチに腰掛けた。

 もっとも、そこ以外には腰を下ろせそうなところがなかっただけの話ではあったのだが。

 モルゲンは、隠者と言って差し支えない主人を観察した。

 姿勢の良さ、所作、ふるまい、そして声の響きから言って、実年齢は30もいっていないように思われた。

 一方で、無造作に伸びた髪、無精ひげ、ほつれたローブを見ると、身なりはひどいものだ。

 無頓着にもほどがある。

 貴族の家に生まれ、もって生まれた美貌を大切にしている自分とは真逆だな――モルゲンは眉をひそめた。


「北の都ユスティーツに入り込んでいた迷い鳥が死んだと聞いたが」


 グリュックが言葉を紡ぐと、シュティレはわずかに姿勢を正した。


「ナハトは元気かい?」

「ええ」


 モルゲンは小さく首を捻った。

 今の話には、脈絡がないように感じられた。

 転生者が死んだことと、ナハト――人物の名前だろう――が息災であることと、いったい何の関係があるのだろう。


「ロイエ様より、書簡を預かってきました」

「そうだろうね。そうだろう。そうでなければ、ロアリテートの家臣がこんな場所にはこない」


 まるで自分に言い聞かせるように、グリュックは言った。


「ナハトは来ると思いますけど」


 シュティレの口角がわずかに上がるのをモルゲンは見た。

 そのナハトという人物、どうやらシュティレと親しい間柄のようだ。

 この僕にさえ素っ気ない態度のシュティレが、まさか男に対してそんな風にはなるまい。

 きっと、女だな。


「まぁ、彼とは付き合いが長いからね。お互いに必要なものを与えられるわけだから」


 ただならぬ関係なのか。

 貴族の中でも、情愛は差し込まず、ただ肉欲を満たすだけの関係をもつケースがある。

 不埒だとは思うが、無い話ではない。

 グリュックは、欠けたソーサーにカップを乗せて、紅茶らしきものをふたりの客に差し出した。

 家の中の雑多な様子に相反して、上品な香りが鼻腔をくすぐる。

 シュティレがそれを受け取りながら、代わりに書簡を手渡した。


「――うん。なるほど……」


 うんうん頷きながら、グリュックは書簡を読み進めていく。


「ついに、という感じだね。いつかはこういう日が来ると思っていたよ」


 また、誰にともなくグリュックは言った。

 そしてシュティレの方に向き直って、あらためて言葉を紡いだ。


「近日中に、お屋敷にお邪魔する――とロイエ様に伝えてほしい」

「わかりました」


 それでは失礼します、と言って立ち上がるシュティレに、モルゲンは慌ててカップを空にし、遅れて立ち上がった。

 簡略化した挨拶をし、二人は隠者の邸宅から出た。

 少し歩き、距離が離れてから、モルゲンが口を開く。


「ああいう男性が好みなのかい? 親しいように見えたけど」

「違います。年齢が近いのもあって親しくさせてもらっているだけです。そもそも、好みかどうかと、仕事で関わるかどうかは関係がないと思います」

「それはそうだね。僕は仕事かどうかに関わらず、君の美しさに目を奪われたからね」


 はいはい、と適当にあしらいたくなるが、これでも相手はロイエ様よりも身分が上の貴族の家系だ。

 シュティレは小さくため息をついただけで、何も答えなかった。


「もうひとつ、教えてもらっていいかい?」

「私に答えられることでしたら」

「さっき話に出てきた、ナハトという人物――美人かい?」


 シュティレのきょとんとした表情に、モルゲンも首をひねった。

 何か、おかしなことを言っただろうか。


「ナハト――は、男性ですが」

「え? でも、さっきの会話で、あのグリュックという男と必要な物を与え合っていると言っていたじゃないか。僕はてっきり、あらぬ関係なのかと」

「ちっ、違います! ナハトがそんな――」


 急に顔を赤くして、シュティレが口を早めた。

 しかし、すぐにハッとして、またいつもの冷静さを取り戻す。


「ナハトは、ロアリテート家に仕える小間使いです。幼少期に魔法の力に目覚めて以来、定期的にグリュック様のところに通っているんです。ナハトとしては力や体の変化を点検してもらえて、グリュック様としては貴重な研究材料になるので、お互いに必要な物を――という言い方になっていただけです」

「なるほど。だが、それらしい人物をこの数日では見かけていないような気がするんだけど」

「彼は今、『おつかい』を命じられて東のミットライトに行っています」

「単独で、かい?」

「いえ、ノインという家人と一緒です。あ、ノインは女性ですよ」

「ノインとナハトは、そういう仲なのかい?」

「――違います」


 妙な間があったものの、モルゲンはそれについてではなく、別の問いを口にした。


「そのナハトは、どういう男なのかな?」

「レーラー師に師事して、剣術の腕を認められていますよ。不愛想ですが、周りをよく見ていて、仕事熱心で――少しずれているところもありますが、思いやりもある人です。数ヶ月前には、こんなこともあって……」


 モルゲンは小さく何度も頷きながら、シュティレの表情の変化について考えていた。

 彼女はどちらかというと、感情を出さないように努めるタイプの人間だ。

 仕事に真面目で、人間関係は軋轢を避けることを優先する。

 家臣としてはかなり優秀な方で、ロアリテート家の現当主が重用するのも自然に思える。

 そんな彼女が、他者について語るときに、こんなふうに顔をほころばせるとは――


「僕から見ると兄弟子に当たるというわけだ。戻ってきたら、是非、一度手合わせ願いたいな」


 モルゲンが、赤い瞳をきらりと光らせた。

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