第30話 裏通り
シュティレは辟易していた。
主であるロイエが執務室に籠りがちで、十分な休養を取れていないことに。
ナハトとノインが街を発って二週間が経過したというのに、なんの音沙汰もないことに。
そして何よりも――
「やぁ、シュティレ。奇遇だね」
――数日前にロアリテート家を訪れ、客人として新たに居つくことになった銀髪隻腕の剣士モルゲンが、仕事中に何かと絡んでくることに。
モルゲンは、レーラーによる剣の審理の後、ロイエに引き合わされ、一旦、客人として留まることになっていた。
彼は転生者に対抗する戦力にはなりうるものの、出自が問題だった。
モルゲンの生家シュテルン家は、代々近衛騎士を輩出してきた由緒正しい家系で、貴族としての格はロアリテート家よりも幾分高いそうだ。
そのような人間を家人とすることは出来ない。
そこでロイエはシュテルン家としての意向を確認すべく、北の都ユスティーツへ使者を出したのである。
モルゲンの意向がシュテルン家の意向と同一であったり、あるいはシュテルン家を離れることが決まっていたりすれば、心置きなく番犬として活動してもらえる。
「見たところ、書簡を届けに出掛けるようだけど――護衛を兼ねて同行してあげよう」
「結構です。フェアトラウエンは治安がいいですから」
「そうか、そうか。でも、都で起きた惨禍で状況は変わってしまった。何があるかわからない以上、護衛をつけて行った方が、当主ロイエ様も安心出来るというものだろう?」
主君の名を出され、シュティレは言葉に詰まってしまった。
確かに、街の様子はここひと月で変わってしまった。
都を離れ、仕事を無くした人々がフェアトラウエンに頼って多く押し寄せたからだ。
市民による自警団が機能しているおかげで大きな事件は起きていないが、それがいつまで続くかは分からない。
そして、その社会的な不安こそが、民の生活を守ろうとロイエが忙殺されている要因なのだ。
直属の家臣である自分が、何か事件や事故に巻き込まれでもしたら、彼女は自分を責めるだろうし、さらに骨身を削って対策に奔走するに違いない。
なんにせよ、今以上の負担をかけることは目に見えている。
これから向かう場所を想像すると、確かに、護衛がひとりいれば安心できるのは確かだった。
「――わかりました。では、お願いします、モルゲン様」
「承知した。でも、僕のことは呼び捨てで構わないよ。君と僕との仲だからね」
喜色ばんだモルゲンを引き連れて、シュティレは屋敷を出た。
「それで、どこに向かうんだい?」
「グリュック様という方のところです」
「へぇ。男かい?」
「ええ。男性ですよ。魔法や転生についての研究をなさっている方で、ロイエ様とは長く親交があります」
「そうか、男か。シュティレには僕という男がいるのになぁ」
「意味不明なことを言わないでください! ロイエ様から預かった書簡を届けに行くだけ――というか、私と貴方はそういう関係ではありませんし!」
まったく――とシュティレは口を尖らせた。
モルゲンは、はじめて屋敷を訪れた日から自分に付きまとってきていた。
正確には、屋敷に勤めている女性すべてにつきまとってはいるのだが、頻度が違うのだ。
由緒正しい貴族の嫡男――という割には、どこか、軽薄な印象を持ってしまう。
「王都住まいの貴族で近衛騎士だというから、もっとちゃんとした人だと思っていたのですが」
「ちゃんとしてるとも。僕はただ、美しい女性と楽しい時間を過ごしたいと思っているだけだよ」
「私とは、「ちゃんとしてる」の基準が違うみたいですね」
ため息交じりにそう言って、シュティレは大通りを歩く。
モルゲンは嬉しそうに笑いながらその隣を行く。
すれ違う人達が――中でも女性の多くがモルゲンを見るのは、彼が隻腕だからではない、というのはシュティレにも分かっていた。
輝くような銀の髪、整った顔立ちが、女性の目を引くのだ。
実際、屋敷に詰めている女性陣の中で、モルゲンの話題は多い。
そして、口説かれたと自慢する女性も多い。
だが、シュティレにとって彼は、頬を赤らめる憧れの異性にはなり得なかった。
「あまり女性を誤解させるような言動は慎んでいただけますか。扱いは客人とはいえ、傍目には貴方はロアリテートの家人です。あらぬ噂が広まってロアリテートの名に傷がついたりしたら、事です」
「それは大丈夫さ。僕は僕とて、シュテルン家の嫡男だからね。いざとなったら責任はとるつもりだよ」
「せ、責任って――……」
思わず顔が熱くなる。
誰かさんのように言葉足らず過ぎても困るが、べらべらと口が上手いのも困りものだと思う。
シュティレはモルゲンの言葉に適当に相槌を打ちながら、大通りを進み、路地へ入り、入り組んだ道を通り、ようやく目的の家にたどり着いた。
赤いレンガの外壁はいかにも頑丈だが、平屋造りのせいでいかめしさはさほどない。
「これはまた、趣のある外観だね。ここまでの道のりも、女性が一人で訪れるのはやや危ういように見えたけれど」
「日当たりの悪いところが多いだけで、実際には事件が起きたりはしていませんよ。それに、ここに住んでいらっしゃるグリュックも、少し変わったところはありますが善良な方です」
「そんな風に評してくれているとは、ありがたいな」
ふいに家の扉があき、中から深緑色の髪をぼさぼさに伸ばした男が顔をのぞかせた。
くたびれたローブを纏い、いかにも柔和な表情で笑う。
「グリュック様。お久しぶりです」
「ああ、よく来たね、シュティレ。そちらは?」
「僕はモルゲン=シュテルン。こちらのシュティレ嬢の護衛として同行しております」
「ふむ。まぁ、中へどうぞ」
グリュックの家は、所狭しと山積みになった本で埋め尽くされていた。
足の踏み場もない、とはこういうことだなとモルゲンは内心で苦笑した。
作者の成井です。
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