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第3話 逃走経路

「まぁ、無傷ではねぇだろうし、あとは俺が手を下すまでもねぇか」


 蘭斗が手を叩くと、爆発の後遺症は全て跡形もなくなり、部屋は元の通りになった。

 そして彼は、開きっぱなしになった扉を遠くから魔法の力で締め、鍵をかけ、裸体の女達が待つベッドへと戻っていった。

 すぐ外の廊下では、夜陰の暗殺者が深く、静かに呼吸をしていた。

 息を潜めること――それが、ナハトの会得した魔法が発動する条件だった。

 騒ぎに駆け付ける兵士達の流れは、行き先がまばらだ。

 自分の魔法がまだ効果を発揮していることに安堵しながらも、その胸中には任務失敗の悔恨が去来する。


「賊は既に城を出たに違いない。捜索範囲を広げよう」

「クロネ様からは情報をお聞きしなくていいのか?」

「今はやめとけ。『お楽しみ』の最中だ」

「ああ……道理で、今回はご自分で動いておられないわけだ」

「万が一邪魔したら、昨日の連中のように細切れにされるぜ」

「まったく、毎日毎晩、お盛んなことだ」

「噂じゃ、同じ相手は一度としてないって話だぞ」


 ガチャガチャと鎧の音を立てて去っていく兵士達を見ながら、柱の影にいたナハトは安堵のため息をついた。

 ほとぼりが冷めるまで、あえてこの場に留まっておく作戦は功を奏したようだ。


 それにしても――と思う。

 城に詰めている兵の中がすべて、あの転生者クロネ=ラントに忠誠を誓っているのだろうか。

 元々はグーテ王家に誓いを立てたはずだというのに、強大な力を目の当たりにすればこうも心変わりしてしまうものなのか。

 分かるはずもない。

 考えていても仕方ないことは、考えるな。

 今すべきことは、新たな主君ロイエの元へ帰還し、任務の失敗と、別の手段を講じる必要がある旨をお伝えすること。

 今考えるべきことは、それをどうすれば実現できるかということ。


 ナハトは、ゆらゆらと灯篭の火が揺らめく石造りの廊下を壁伝いに移動し始めた。

 進入時に使ったルート――荷を運ぶために通された地下水路、それを造るために穿たれた古いトンネル――を目指す。

 だが、その目論見は潰えた。

 そこに続く階段の影から、少なくない人数の声が聞こえてくる。

 正門――は無理だ。

 跳ね橋が上がっている。

 堀を泳いで――いや、それも厳しい。魔法で気配や音は遮断できても、周囲の水の動きまでは変えられない。波と波紋で気付かれ、矢の雨が降り注ぐだろう。

 もっとも、今までの『仕事』でこういう場面が一度もなかったわけではない。

 二日も息を潜めていれば、何事もなく退散できるはずだ。


 だが――朝になってしまえば、あの転生者に気付かれるか。

 今は『お楽しみ』で忙しいそうだが、朝になって兵達から取り逃しの報を受ければ、いよいよ無頼な暗殺者を探し出すに違いない。

 自分の魔法をあっさり見破った化け物だ。

 何らかのデタラメを使って、潜んでいる場所を探り当てられる可能性は高い。

 やはり、夜の内に出なければ。


 ナハトは踵を返し、進入時に使ったルートへと戻った。

 経路として使われた形跡を探して、数人の兵がうろついている。

 皆殺しにするのは難しい。

 多勢に無勢だし、何より傷が深い。

 暗殺対象と相打ちになるならまだしも、ここで死ぬのは無駄死にだ。

 意を決して、ナハトは故意に呼吸を荒らげた。

 魔法が解け、突如として現れた曲者の姿に兵達が仰天の声をあげる。


「いっ、いたぞ!」

「どこから……?」

「やれっ、捕まえろ!」


 槍を構えて駆けてくる兵士達に背を向けて、ナハトは階段を駆け上がった。

 登りきったところで壁の死角に素早く隠れ、深い呼吸を始め、再度魔法を発動させる。


「どっちだ、どっちに行った?」

「俺達は向こうへ。お前達はあっちへ行け」

「戻ってくるかもしれん、私はここに残ろう」


 やりとりをしている脇をすり抜けて、ナハトは階下に急いだ。

 誰もいない暗がりを進み、かび臭いトンネルへと入る。

 既に追跡者が入っていれば、鉢合わせることになる。

 そうならないことを願うばかりだ。


 痛む体に鞭打って、ナハトは足を進めた。

 何度か振り返り、足元を確認する。

 血の跡は残っていないから、出血はしていない。

 それでこの痛みということは、内腑が傷ついているのは間違いなさそうだ。


 幸い、トンネルの中に追跡者の影はなく、ナハトは街外れに抜け出ることが出来た。

 月はまだ高く、夜にしては明るい。

 魔法を解けば、すぐに見つかってしまうだろう。

 喧騒が聞こえてくる。

 曲者を探して街中がひっくり返されているはずだ。


「ぐっ――……」


 不意に吐き出しそうになったものを、すんでの所で飲み込み、押し戻す。

 口に残った味は、吐瀉物のものではない。

 血だ。

 傷ついた内臓が出血を起こしているらしい。

 命を失うにせよ、少なくとも、知り得たこと――転生者クロネ=ラントが行使できる力のいくつかは、主君に伝えなければ。


 月明かりの下、ナハトは重い体を引きずって街の南口へと歩き始めた。

 額に重い汗をかきながら、鎧姿の兵士達の間を縫って行く。

 街外れに繋いだ馬のところまで行けば、あとはなんとかなるはずだ。

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