第29話 集う力
「血が止まりさえすれば、か」
レーラーが呟く。
「つまり、モルゲン。君の力は『血を操る力』か」
モルゲンは深く頷いた。
「半月ほど、色々と試しました。先程言われた魔法の発動条件については、僕は、常に満たせています」
「もしかして、片腕が無いこと――ですか?」
「ええ。だから、いつでも魔法を行使することが出来るというわけです。そして、僕が操れる『血』とは、自分のものに限らないことも分かっています。つまり、僕の視界に映る範囲で、一筋の傷を負った者に、止血を許さない――これも僕の得た力です」
なるほど、とレーラーが顔を険しくさせた。
「かすり傷ひとつを致命傷にしてしまうというわけか。確かにそれならば、圧倒的な力を持つ転生者相手でも勝機が得られる。ただ、先程の私との勝負のように、傷を負わせることも出来ずにやられてはどうしようもないと」
「だからこそ、僕はあらためて剣の腕を高める必要がある。だからこそ、僕はここへ来た。貴方から剣を学び、連中に多くの血を流させるために」
青年の緋の目の奥には、明らかな怒りの炎があった。
忠誠や責任で剣を持つナハトとは違う、明確な殺意と復讐心。
レーラーはシュティレに視線を送り、こくりと頷いて見せた。
シュティレも頷き、屋敷の中へと入っていった。
「話は分かった。我が当主ロイエ様に会わせよう」
……
「意外だったな」
ミットライトの街、狩猟組合本部の一室で、ボーゲンが腕を組みながら言った。
「ずっとあの山村に留まり続けるものとばかり思っていたぞ、アーベント」
「峡谷に平穏が戻ったとはいえ、再生までには数年かかる。それを見届けるのが、代々あの村で魔獣狩りをしてきた一族の務め――ではあるんだろうけど」
供された茶を口に運びながら、夕日色の狩人は言った。
「あの二人についていくのか」
組合長の言葉に、アーベントは頷いて応える。
「あいつらは、これからも転生者を狩り続ける予定だそうでね。ふたりが見ている方向は若干の違いがあるように感じられたけど、やろうとしていることは理解できたし、同意もできた。そのためにアタシの力は存分に役立つだろうこともね」
「ウンシュウ=トワがいなくなったとはいえ、また別の闖入者が峡谷に現れないとも限らんぞ」
「そうなったらなったで、アタシを呼んどくれよ。飛んで駆けつけるからさ」
二人は目を合わせてニっと笑った。
「気を付けて行けよ。俺もお前も、以前から渡り鳥の存在を問題視していた。だが、連中を崇め奉り、利用して甘い汁を吸っている奴の方が圧倒的に多いんだ。山や谷で獣を相手にするのとは別物の、面倒な戦いが増えるだろうぜ」
「覚えとくよ」
アーベントはカップを飲み干し、スッと立ち上がった。
「山里に人が戻るようになったら、ちゃんとバックアップしてやっとくれよ」
「もちろんだ。俺も含め、あそこで育った奴は多いんだからな。さて、街の入り口までは見送ろう」
同時に頷き、アーベントとボーゲンは揃って部屋を出た。
フロントまで歩いていくと、ナハトとノインのふたりが談笑しているところだった。
「あら、アーベント。早かったわね」
「ただの挨拶だからね。それよりアンタらの方は、ちゃんと報酬もらったのかい? 見たところ、それらしいもんを持ってないけど」
「これだ」
言いながら、ナハトが指さしたのはノインの腰元――そこに提げられている剣だった。
「現金では帰路にかさばるだろうと、これを渡された」
「へぇ――って、それ、組合本部でずっと展示されてた剣じゃないのさ。ボーゲン、いいのかい? 飛龍の骨から削り出した貴重品で、ちょっとした家を建てられるくらいの価値だったはずだけど」
「それだけの働きをしてくれたさ。それに、お嬢さんの方で武器が要り様になったと聞いていたもんで、ちょうどいいと思ってな」
「太っ腹だねぇ。禿げ上がって腹も太いとなっちゃ、いよいよ富豪じみてきたじゃないのさ」
「ぬかせ」
ふたりのやりとりに笑いながら、ノインはあらためて自分が受け取った剣の柄にそっと触れた。
抜き身はさっき見せてもらったが、乳白色で光沢のない不思議な質感だった。
動物の骨から作られたと聞いて、納得がいった。
柄の軸も白い素材で、その上に滑り止め加工と装飾を兼ねた革の細工が施されている。
「ナハトもアーベントも戦ったのに、私だけもらっちゃっていいのかしら」
「アタシは構わないよ。留守の間、里や家の整備をお願いすることになるから、それ自体が報酬みたいなもんだしね」
「俺も構わない。ただ仕事を成しただけだし、必要な人間が必要な物をもらえばいい」
「それで、目下必要になるのは剣士見習いの私の剣ってことね」
「ああ。下手な内は少しでも良い武器を使った方がいい」
「あらら、お優しいこと」
こうして、ナハト、ノインは東のミットライトで混乱を生んでいた転生者の温州富和を討ち、新たにアーベントという狙撃手を引き連れてフェアトラウエンへと帰還したのだった。




