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第22話 囮の戦い

 アーベントが薬玉を3つ、矢に結いつけた。

 本来なら、あれこれと余分な物をつけた矢など飛びはしない。

 弦が弾かれると同時に、すぐ足元に落ちておしまいになる。

 しかし、アーベントが目を閉じることで、その結果は大きく変わった。

 隣に立つナハトやノインにもはっきりと分かるほど、音を立てて風が吹き、歪な先端の矢を遥か先へと飛ばす。


「――よし、着弾した。一旦離れるよ」

「見えたのか?」

「いや、手応えさ。理解しにくいだろうけど、感覚で分かるんだ」


 言いながら、アーベントがノインのケープに薬玉をこすり付けた。


「ちょっ――」

「これで、角狼ゲヴァイヴォルフはアンタ目掛けてやってくる。うまくやりなよ!」


 さっと藪の中に身を隠したアーベントは、あっという間に気配すら感じさせなくなった。

 さすが狩人、とノインが感心していると、ナハトがぐっとその肩を掴んだ。


「ノイン。これを持っていろ」

「これは――」


 ノインが受け取ったのは、ナハトの短刀だった。


「獣は金属の匂いを嫌う。魔獣といえど、その習性は同じはずだ。瞬間的に振れば、一度くらいは引き下がらせることが出来ると思う。避けきれないと判断したら――」

「わかった。剣術指南、第一弾ってとこね」

「無理はするな」


 それだけ言い残して、ナハトは姿を消した。

 もっとも、姿を消したと言ってもすぐ傍にはいるのだろう。

 ノインは高まる緊張を感じながら、来る途中で見かけた見晴らしの良い空間まで走った。


「ふーっ――……」


 開けた草はらの中央に立って、耳を澄ます。

 不気味なほどに風が渦巻く。

 耳障りなほどに木々が騒ぐ。

 これから起きる暴力の一幕に期待しているかのようだ。

 アーベントから借りた、石より硬い木の杖を構える。

 ガササッ、とひときわ大きな草の音が聞こえた。

 振り返る。


角狼ゲヴァイヴォルフ――なるほどね」


 目の前に躍り出た影は、馬ほどもある狼だった。

 全身が赤みがかっている。

 口から見える牙は、ナハトから預かった短刀ほどに長い。

 そしてその名の理由となった緑の角は、眉間から渦を巻いて、真っ直ぐ伸びている。角の長さは、ノインの肩から指先までよりも長く見えた。


「グルル……」


 後ろ脚に重心を置き、上体を引いた。

 飛びかかってくる!


「ゴアァッ!!」


 風が巻く。

 ノインは角狼ゲヴァイヴォルフの腹の下に飛び込み、くぐるようにして跳躍をやり過ごした。

 振り返った獣が突進してくる。

 大きく開いた口、並ぶ牙をよく見ながら、横に移動してかわす。


「グウッ! ガウゥッ!」


 角狼ゲヴァイヴォルフがガチ、ガチと牙を重ねて音を鳴らし、激しい攻撃を繰りだす。

 ノインはそれをすべて、体の動きだけでどうにか避け続けた。

 これだけ激しく動かれると、ナハトが必殺の一太刀を振るえないのかもしれない。

 ノインは角狼ゲヴァイヴォルフの次の噛みつきを、あえて上に飛び上がって避けることを決めた。

 唸り声をあげ、一拍置き、角狼ゲヴァイヴォルフがひときわ大きく口を開ける。


「――ふっ!!」


 飛び上がる。

 跳躍した先、視界の下に、毒々しく緑色に染まる角がある。

 頑丈な体――でも、毒については、実は自信が無い。

 常人よりは耐えられるだろうが、無効化までは出来ないかも。

 わずかに角が動いたように見え、ノインは空中で体を捻った。

 その動きに反応して、角狼ゲヴァイヴォルフが頭部をノインの腹に叩きつけた。


「ぐっ――!!」


 角は触れていないはず。

 でも、痛い。

 以前のナハトのように血を吐くほどのダメージはないと思うが、やっぱり痛いものは痛い。

 ようやく命中した一撃に気を良くしたのか、角狼ゲヴァイヴォルフはザクサクと土を踏んで歩いて近づいて来た。

 チャンス――

 ノインは二歩、三歩と引き下がりながら、ケープの下で短刀の柄と鞘とをそれぞれ握った。

 角狼ゲヴァイヴォルフが、クッと頭を下げた。

 角を振り上げる前動作だ――

 ノインはすかさず、短刀を引き抜いて目の前に光らせた。

 当てるつもりはない。

 ひるませられればいい。


「ギャウンッ――!?」


 大きな悲鳴。

 えっ?

 そんなに?

 思わずノインが飛びのく。

 距離をとって見た角狼ゲヴァイヴォルフは、見事に角が叩き折られている。

 ナハトだ。

 目の前で起きたことと我が身に降りかかった痛みの違いに激しく混乱し、角狼ゲヴァイヴォルフはキュウン、キュウンと鳴きながら引いた。

 そして、次の瞬間、太い首に赤い直線が走った。

 声とも息とも知れぬ音が角狼ゲヴァイヴォルフの口から漏れ出る。

 半分ほどちぎれた首が頭の重さに耐えかねて、嫌な音を立てる。

 ズン……と巨体を横たわらせた狼は、ピクリとも動かなくなった。


「ナハト!」


 ノインの呼びかけで、暗殺者がスゥッと姿を現した。


「いい囮ぶりだったぞ、ノイン」

「――それって、褒め言葉なの?」


 ノインが笑うと、ナハトもかすかに口元を曲げてみせた。

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