表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/93

第20話 星空の下で

「話して解決する事柄などほとんどないが、気持ちが救われるということは多々ある」


 ――と、シュティレに教わった。かくいう自分は、誰かに自分の懊悩を語ったことなど無いのだが、出会ってすぐのアーベントに指摘されるほど舌足らずなのだから、それは仕方がないだろう。


「あらら……意外な展開ね。一応、冷えるといけないと思って毛布を渡しに来ただけだったんだけど」


 ノインは身軽に石垣に飛び乗り、ナハトに毛布をかぶせ、少し離れた位置に腰を下ろした。


「お前はいいのか?」

「ええ。夜風に当たってどうこうなる風には出来てないから」


 ナハトは怪訝そうにノインを見たが、すぐにまた空を見上げた。

 ノインはしばらく黙ったままだったが、ナハトも何も言わずに星の数を数えていた。

 何も語らないなら、それはそれで構わない。

 暗殺者の自分が、誰かの心を楽にしてやれるような人間でないことなど重々承知だ。


「ひとつ、聞いていい?」

「なんだ」

「初めて人の命を奪ったときのこと、覚えてる?」

「初めて――……」


 ナハトは遠い記憶を辿った。

 随分昔のことだったような気がする。


「俺は、物心つく前に、魔獣に襲われて故郷の村が滅びた。それを、ロアリテート家の先代当主様が拾ってくださり、師レーラーの指導を受けて育った。文字の読み書きや算術を教わり、教養も学ばせてもらった」


 思い出しながら語るナハトに、ノインはうんうんと真剣なまなざしで相槌を打つ。


「先生から剣術の手ほどきを受けたのも、その中のひとつだった。訓練の最中、俺が深く呼吸をしているときに、先生が俺の隠形の魔法の素養を見つけてくれたんだ。姿がおぼろげになったらしい。それで、先生と先代当主は俺に暗殺者としての適性を見出したんだろう。指導はどんどん本格的になり、俺は的確に人を殺める技術を会得していった」

「――それから?」

「五年ほど前だろうか。先代は俺に、重要な仕事を任せたいとおっしゃった。フェアトラウエンにアジトを持つ犯罪組織があり、その資金源を討って欲しいと。本来は手順を踏んで法で裁くべきところが、その男はあろうことか、裁く側の立場にあった」


 ナハトはまたたく星の図の中に、当時の光景を描いた。

 星々が消え、鮮血と悲鳴が記憶から蘇ってくる。


「仕事は簡単だった。ゆっくり呼吸をし、犬猫にすら姿が見えていないことを確かめ、日中の内に屋敷に忍び込んだ。夜になるのを待ち、眠っているそいつの首を横に薙いだ。後は朝になるまで屋敷の隅で待ち、誰かが開いた扉から出て行った。なんの困難もない」

「……」


 ノインは、何も言わずにナハトを見つめていた。

 紫色の瞳には淡々と語り終えた青年が映っている。


「これ以上のことはないが、他に何かあるか?」

「感想は聞いてみたいかな」

「当時、先生にも聞かれたな。どうだった、と。俺は正直に、気持ち悪かったと答えたと思う。人の首を刎ねてどれほどの血が噴き出るのか、どんな匂いが立ち込めるのか、その汚れが自分に纏わりつく感覚がどれほど心地悪いか、俺は知らなかったから」


 言いながら、ナハトはその感覚を懐かしむとともに、今は何も感じなくなっている事実にあらためて気づいた。

 クロネ=ラントの脳天に刃を叩き込んだときも、別になんとも思わなかった。

 むしろ、必要なことを、すべきことを成し遂げられて安心した。


「やめたいと思ったことはない?」

「ないな。大恩あるロアリテート家に報いたかったし、そして自分が生き残った意味が欲しかった。もう顔も覚えていないが、家族を失ってなお生き延びたことには、必ず何か意味があると――そう言ったのは、誰だったか。ロイエ様だった気がするな」

「そっか」


 ノインはそう言うと、ぴょんと石垣の上に立ち上がった。

 腰まで届くポニーテールが、同じ色の夜空に踊る。


「使命を果たすために、命は生まれる」


 その声は、ナハトに向かってと言うよりも、ノインが自身に向けている発しているふうだった。


「私がこの世界にいる意味――それは、転生者を滅ぼすこと」


 ノインが、石垣に腰を下ろしたままのナハトを見下ろす。


「確かに、話したら気持ちが楽になったわ。聞いてくれて、ありがと」

「何に思い悩んでいたのかは分からないが、力になれたのなら何よりだ」

「――ナハトって、笑うときあるのね」


 青髪の青年が驚いたように目を開く。

 その表情の変化を見て、ノインは嬉しそうに微笑んだ。


「今回の仕事が片付いて、フェアトラウエンに戻ったら、私に剣の使い方を教えてくれる? やっぱり、ずっとナハトに任せきりでいるわけにはいかないから」

「構わないが、俺に教わるより先生から習った方がいいと思うぞ」

「あらら、そういうの、女心が分かってない、っていうんじゃない?」


 ノインが石垣から飛び降り、「冗談、冗談」と言いながら小屋へと歩いて行った。

 ナハトはやれやれと息をついて、毛布に包まりなおした。

作者の成井です。

ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、ブックマーク登録や、広告バナーより下にある☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ