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第19話 理解と信頼

 ナハトが紡いだ言葉に、ノインが口を尖らせた。


「ちょっと、ちょっと。私の出番がなかったような気がするんだけど」

「出る幕が無いだろう。おそらく、今回の標的は暗殺に対する防衛能力を持っていないだろうからな」

「理由はまだあるよ」


 アーベントが口を挟んだ。


「『狩り』ってのは、命を懸けて命を奪う、尊い営みさ。相手が獣だろうが魔獣だろうが、あるいは人だろうが、万全を期さなきゃならない。そして、魔獣ってのは脅威の無い人間を見定めて先に狙って来るんだ。武器を持たないアンタは、真っ先にやられるよ」


 夕日色の視線がノインを射抜く。

 沈黙が、小屋に充満する甘い脂の匂いと奇妙な共演を始めた。

 ノインは手に取っていたパンを皿に置き、紫色の瞳でまっすぐアーベントを、そしてナハトを交互に見た。

 ナハトは、煮込まれた肉を小さくほどいて口に運ぶ。

 ナハトの本心として、ノインが今回の戦いに参加する必要があるかどうかは、正直微妙なところだった。

 先程口にしたように、彼女の力が必要になる場面はないような気がしていた。

 だが、彼女の身体能力の高さは師レーラーのお墨付きであり、武器が扱えなくても魔獣の注意を惹きつける囮にはなる。二人で赴いて自分が姿を消し続けた場合、真っ先に獣の牙が向かうのは射手のアーベントだ。彼女が魔獣一頭なら相手取れるという言葉を信じたとして、二頭目、三頭目には食いつかれるという読みなのだろう。その可能性を考慮すると、ノインの存在は必要に思われた。

 ノインが同行しない場合、自分が渡り鳥ツークフォーゲルの首を刎ね、直後、なるべく早く魔獣の一体は片づけなければならない。しかし、自分の剣はあくまでも暗殺のために鍛え上げたもの。魔獣を瞬殺できるかどうか、自信はない。


「アタシに言わせりゃ、丸腰の奴と組んでるアンタも、相当変わってるけどね」

「そうか。だが、彼女が俺の命を繋いでくれたのも、彼女のおかげで先の仕事がうまくいったのも、俺の主君が彼女を家人として認めたのも、全て事実だ。武器を持たぬことを理由として彼女に疑念を持ついわれは無い」

「おや……なんだい、アンタら。まさか、男女の仲?」

「違う」


 あっさり否定され、からかいようのない男だとアーベントが苦笑した。


「それでも、私も行くわ」


 ノインがはっきり言った。


「アタシの話、聞いてた? アンタは――」

「私は、転生者によってすべてを失った。長い時間をかけて大切に築き上げてきたものを、跡形もなく」


 ナハトもアーベントも、手を止めてノインを見る。


「だから、私はこの世界に来た。彼らを滅ぼしたとしても、失ったものが還ってくるとは思ってない。それでも、今後失われるかもしれないもの達を守るために、私は為すべきだと思った」


 ノインの紫水晶の目は、誰を見るともなく、空間に向けられていた。

 ナハトには、その目が涙に濡れているよう見えた。


「私自身が武器を持って直接果たせないことは、歯がゆいし、ナハトに申し訳ないっていう気持ちはあるわ。ただ、彼らに敵対する力と、彼らの命を奪う力を両立させることは出来なかった。でも、囮になったり、目くらましをするくらいのことは出来るわ。だから――」

「分かった、分かった。もういいよ」


 アーベントが短く言葉を紡いだ。


「よく理解できない部分もあったけど、アンタが本気だっていうのは理解した。それが分かればいいさ。身のこなしや肉を運ぶときの動きを見て、アンタが見かけによらないとんでもない身体能力の持ち主だっていうのは分かってたし――いくつか狩りの技術を教えるから、それで協力してよ。罠をかけたり注意を惹きつけたりは出来るだろ?」


 そこから夕餉はほどなく終わり、決行は翌日の日中と決まった。


「魔獣も獣の内。夜に活発になる奴が多いから、昼の方が隙をつきやすい」


 アーベントはそう言って、早々に寝床へ引っ込んで行った。

 ナハトは一人、小屋を出て石垣の上に腰かけ、空を眺めた。

 かつて、まだ物心もつかない頃、自分がのんでいた村から見た空もこんな風だった気がする。

 フェアトラウエンから見る空は、いつも狭く感じる。

 かつて、そして今見ている星空は、視界全体に大きく広がっている。

 故郷を懐かしむような気持ちはとっくの昔に無くなったと思っていたが、まだ自分の中には原風景として残っているらしい。


「月が綺麗ね」


 振り返ると、ノインが扉の前に立っていた。


「何をしてたの?」

「周囲の状況を確認していた。仮に獣に追われてここに逃げ込んだとして、うまく立ち回れなければ状況は変えられない。そのための想定と心構えだ」

「なるほどね」


 それだけ言って、ノインは目を伏せた。

 気落ちしている――ように見えた。

 気持ちが弱っていては、どんな仕事も満足には成し遂げられない。

 ましてや、明日は死の危険を冒して森に忍び込まなければならないのだ。


「話してみろ」

「え?」

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