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第18話 風が吹く森

 夕日色の狩人は、わざとらしく咳払いをして沈黙を払った。


「――で、お姫様のお名前は?」

「私はノイン。訳あって、ナハトと行動を共にしてるわ」

「訳――ねぇ。いかにも、すべては語れない、って思わせぶりな口ぶりじゃないか」


 そう言ったアーベントは、ノインではなくナハトを見た。

 お前は知っているのか、という問いかけの視線だ。

 夕日色の瞳を見ながら、ナハトはふるふると首を横に振った。


「俺も根掘り葉掘り聞いたわけじゃない。ただ、ノインの力が渡り鳥ツークフォーゲルにとって致命的だという理由から、手を組んでいる」

「連中にとって致命的?」

「対話によって力を封じるんだ。俺達の魔法の力も失われる」


 へぇ、と感嘆の息を漏らしながらも、ノインに対するアーベントの視線は鋭い。

 それはまるで木陰から獲物を狙う冷徹な獣のようだった。


「ちょいと、アタシに対してもやってみてよ」

「――いいわ、もう」


 アーベントは目を閉じた。

 そしてそのまま数秒が過ぎると、またゆっくり目を開けた。


「確かに」

「何をした? いや、何をしようとしたんだ?」

「風さ」


 ナハトとノインは、互いに目を合わせて首を捻った。


「アタシは幸運に恵まれたんだ。何年か前、アタシは峡谷で魔獣を狩っている最中、足を滑らせて崖から落っこちてね。死を覚悟――ってのが出来なかったアタシは、地面にぶつかる前に巻き上がる風を発生させることに成功したんだ」

「なるほど――風か。それで、あれほどの距離を射抜けるというわけか。そしてその発動条件は、恐怖で思わずそうしてしまったように、目を閉じること」


 ノインが口笛を吹いた。

 感心した、ということだろう。


「さすがは同類、理解が早いね。ちょいと補足しとくと、風の発生は限定的でね。アタシを軸にした方向にしか吹かせることは出来ないよ。ちなみに、アンタのは?」

「俺は故郷の村が滅びたときだ。魔獣に囲まれて息を潜めた。そういうことだ」

「……まぁ、分かったっちゃ分かったけど――アンタ、言葉足らずだ、って人に言われない?」


 ナハトが真顔で口笛を吹いて返す。

 それを見て、アーベントは声をあげて笑った。


「アハハ! なんだい、アンタ。ぶっきらぼうな割には面白いとこあるじゃないか。さあ、パパッと処理を終わらせて、小屋に戻ろうか。話の続きはそれからだ」


 ナハトがアーベントから説明を聞きながら解体を手伝い、三人は調理するだけという段階になった子鹿を持って、元居た小屋へと帰った。

 アーベントは肉を焼き、煮込み、ナハトはシュティレが手配してくれたパンを提供し、ノインはテーブルに食器を並べた。

 森の小屋は、集落の中では立派な造りだった。

 いかにも頑丈そうな石垣が周りを囲い、木の壁もまんべんなく塗料が塗られている。ナハトは、以前シュティレから、耐火・耐水のために塗る高価な塗料があると聞いたことを思い出した。

 中も質素ながら生活に必要そうなものは一通り揃ってあり、小屋での生活に不自由はなさそうだった。


「峡谷に住んでいる渡り鳥ツークフォーゲル――ウンシュウ=トワを討つために来たっていうのは、まぁ、分かったよ。それはアタシも常々望んでいたことだ」


 炙った骨付き肉をひとかじりして、アーベントが続ける。


「あの女が来てからというもの、森は変わった。森には命の連鎖があるんだ。細かな者が小さな者を養い、小さな者が大きな者に食われ、大きな者が朽ちて細かな者の糧になる。それを、あの女が身勝手な理由で減らしたり増やしたりして、多くの動物達が住処を追われた。まして、人を喰うことが本能である魔獣を手元に置いてるってんだから、とんでもない話さ」

「その手元に置いているという魔獣は、どんな奴なんだ?」

「主だったのは、三頭だね。角狼ゲヴァイヴォルフ巨兎リーズィヒハーゼ羽虎フェーダティーガだ。どれも見た目は悪くないけど、獰猛さやら凶悪さやらはとんでもないよ。角犬の角は、辺りに毒の霧を発生させる。巨兎の足は、周囲一帯に地響きを起こす。羽虎の咆哮は、衝撃波となって木々を折る。あんなのが連れ立ってたら、並の動物は逃げ出して当然さ」


 アーベントが、三本目の肉の骨を繰りながら言った。


「アタシ一人じゃ、一頭は仕留められてもそれ以上は厳しい。それら以外をけしかけてくる可能性も高いしね。そういう見立てで、手を出せていなかったんだ。かといって、腕の無い奴や覚悟の無い奴が参加したところで、結果は同じ。アンタみたいな奴が現れるのを、まぁ、待ってたと言えば待ってたのかもね」

「話は分かった。俺が姿を消して渡り鳥ツークフォーゲルを討ち、先に支配を絶つ。出来ればほぼ同時に、自由を得た獣共を片づける。残った奴はどうにかする。そんなところか」

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