第16話 刃と矢
「なかなかのコレクションだろう?」
そう言いながら、部屋の主人は二人に座るよう手で促した。
客人用の革張りのソファは固く、これも何かの魔獣の皮をなめしたものだろうとナハトは思った。
主人――ボーゲンは執務用らしい机を立ち、すっかり剃り上がった頭を撫でながら二人の客を交互に見た。
「ロアリテートの若頭が寄越してきたのは、これまた随分若い番だな。だが、まぁ、年と力は必ずしも比例はしねぇ。あのご令嬢が寄越してきたからには、俺の期待にも応えてくれる一角の人物だと信じるぜ」
ボーゲンはそのまま、ふたりと向かい合うようにソファの向こう側に腰を下ろした。
「さて、と……一応聞いとくが、お前さん達はロイエ嬢と同じものを目指していると受け取って構わねぇんだよな?」
「大恩ある主君と同じものの見方が出来るなどとは思っていません」
「ほう。んじゃあ、お前さんはいったい、何をしにこんな田舎に来たんだ?」
「俺はただ、この地へ鳥を狩りにきただけです」
ナハトの言葉に、組合長はニヤリと口を曲げた。
「ハッ。カタイ坊主だぜ」
「ホント、もうちょっと笑顔の一つでもつくってみせたら? ナハト。人付き合いの初めは作り笑いが大事だってことくらい、私でも知ってるわよ」
「――こっちはこっちで一癖ありそうな嬢ちゃんだな。まぁいい。早速だが、本題に入るぜ」
言いながら、ボーゲンは三者の間に置かれたテーブルの上に、一枚の地図を広げた。
そこには、ミットライトとおぼしき街と、さらに東に森が広がっている図が示されている。
「三年ほど前だ。ウンシュウ=トワという女がこの辺りに突如として現れた。身につけている衣服や知識から、それが渡り鳥だということはすぐに分かった」
「ウンシュウ=トワ……」
「年はせいぜい二十いくか、いってもそこそこといったところだった。まぁ、お前さん達とたいして変わらんということだ。ミットライトの住人は、はじめは彼女を歓迎し、新たな知識や技術が得られることを期待したよ」
「まぁ、当然の流れよね。『転生』によって得られるものは、この世界からは生まれようのないものだったりするから」
「俺は最初から反対だった」
ボーゲンが語気を強める。
「昔から、連中が関わるとろくなことにならねぇんだ。実際、ウンシュウ=トワは、一年程は街に居てそれなりに溶け込んでいたが、ある日、シュルホト峡谷に行ってそのまま帰らなかった。ひと月ほど経って、どうやら奴は峡谷の魔獣を手懐けて過ごしているらしいことが判明した」
「そしてその頃から、周辺の小さな村々が魔獣に襲撃される事件が頻発するようになった?」
ノインの言葉に、ボーゲンが勢いよく頷いた。
「その通りだ」
「さらに言えば、村を襲う魔獣は、蛇や蛙、虫といった姿をしたものばかりだったんじゃない? 多くの女性が「かわいくない」と評する感じの」
「まさしくだ。俺を中心に、街の有力者がウンシュウ=トワ討伐を訴えたが、渡り鳥と敵対することを恐れる者や、その力を利用できないかと画策する者達もいて、実現はしなかった。俺がロイエ嬢と連絡を取り合うようになったのは、ちょうどその頃だ。彼女が同じ考え方を持っているのは、風の噂で聞いていたからな。だが、当主の娘という立場でしかなかった彼女に出来ることも多くなく、今に至ったってわけだが……前にロイエ嬢が言ってたぜ。転生者に突き付ける『刃』が身近にあるってな。そして、その刃を振るえる立場になったとき、力になってくれるとも」
ぎろりと目を光らせたボーゲンに、ナハトは小さく頷いて見せた。
「俺はてっきり、護衛についていた厳つい男かと思っていたが――まぁいい。俺が準備しておいた『矢』も、どっちかというとお前さん達に年が近いからな」
「『矢』?」
ナハトとノインは声を重ねて言った。
「ああ。俺は俺で、手をこまねいて待っていたわけじゃねぇ。他力に縋ってばかりもいられねぇからな。実は、一人、鳥狩りの成功に一役買えそうな奴を見つけてあるんだ。ちょいと気難しいところがある奴だが、一度会ってみて欲しい。そして、出来ることなら協力して確実に事を成し遂げてほしいんだ。街の為に、万全を期したいんだよ」
「万全を期したいのはこちらとて同じだ」
「こないだみたいに死にかけたくないもんね」
ウインクしながら呟いたノインを、ナハトはキラリと鋭く睨みつけた。
わざとらしく舌を出すノインに不安を感じながら、ボーゲンは二人に訪れてほしい場所と、会って欲しい人物について説明を始めた。