第15話 狩猟組合
交易都市フェアトラウエンが広がる一帯は、シュテッペ草原と言われている。
傾斜が少なく、一年を通して温暖な気候が続くことから、東西南北を繋ぐ要衝として栄えたのは当然のことと言えた。
北に聳える古都ユスティーツよりも、中央の交易都市の方が生活は豊からしいとグーテ王国の臣民は冗句とも本気とも言えないことをよく口にする。
そんななだらかに広がる大地の東側に、頭と胴を切り離された屍が一体、静かに横たわっていた。
この世界に『転生』してまだ日も浅かったであろう青年の遺体を視界の端に置いて、ナハトは口を開いた。
「ひとつ、確認していいか」
「なぁに?」
白刃を収めたナハトに、ノインが微笑みながら小首を傾げる。
「先生――レーラー師の剣をすべて避けてのけたというのは、本当なのか?」
「ホントよ。もっとも、こっちも必死そのもの、余裕はまったくのゼロだったけど」
「何か、武術の心得があるのか?」
「確認はひとつって言ってなかった?」
クスクス笑うノインに、ナハトはにわかに顔を顰めた。
「あらら、そんな顔しないでよね」
今度はノインが顔を顰め、口を尖らした。
「いいわよ、答えてあげる。私の答えにナハトが満足するかどうかは分からないけどね。私は別に、特別な修行を積んだわけじゃないわ。ただ、私は相手の動きをよく見ることが出来て、それに素早く反射することが出来るっていうだけ。ほんとに、ただそれだけよ」
「ついでに聞く。丸腰なのは?」
「ここぞとばかりに聞いてくるわね。移動しながらでいい?」
同意したナハトは、ノインとそれぞれ馬に跨った。
なだらかな平原を、二人の騎手が行く。
「それで、私が武器を持っていないことについてだけど、単純な話よ。扱ったことがないから持ってないだけ」
「護身用に短刀のひとつも持っておくべきだと思うが」
「どうして?」
「それだけ容姿が整っていれば、旅先でよからぬ輩に絡まれることもあるだろう」
「あらら……ナハトって、口が上手いわよね」
何を的外れなことを――と、ナハトは憮然とした。
一言告げるたびに同僚を苛つかせる男が、口が上手いはずがない。
「でも、ありがと。参考にするわ」
二人は草原を東へ進んだ。
馬に休息を与えながら、自分達も睡眠をとりながら、ミットライトの街にたどり着いたのは二日後のことだった。
ミットライトは、小高い丘の上にあった。
外敵に侵入を拒む石壁は、フェアトラウエンのそれよりもやや高く、周囲に危険があることを説き明かし顔である。
二人の旅人は正門から街に入り、入り口そばの馬宿に馬を預け、そこで目指す建物の場所を尋ねた。
「狩人の組合かい? それなら、大通りを真っ直ぐ行って、広場から見える一番大きな建物だ。すぐに分かると思うよ」
馬宿の主人の言葉の通り、それはすぐにそれと分かった。
周りの建物を横に三つ並べたほどの大きさに、はっきり「狩猟組合」と書かれた看板が掲げられている。近づいてみると、中央の扉の上にはでかでかと弓の意匠が施されていた。
「あらら、随分大きな建物ね。『狩り』がそれほどお金になるってことなのかしら」
「この街は紡績が主産業だと聞いた。それを得るために道を拓き、守ることも、同時に立派な生業として成り立つのだろう」
入ってすぐ、正面には受付のカウンターが二つ並んでいた。しっかりメイクを決めた女性が二人、それぞれ笑顔で応対している。
向かって左側には、弓や矢、その他さまざまな物品が所狭しと陳列されていた。それを品定めする客の屈強な姿を見ると、実用重視の販売所だということが見て取れる。
その反対側は、応接のための空間になっていた。いくつかの仕切りが小部屋を作っていて、ちらちらと話し声が聞こえてくる。
「いらっしゃいませ」
入り口そばに立っていた、妙齢の女性がナハトに声をかけた。
「本日は、どのようなご用向きですか」
「フェアトラウエンのロアリテート家から、遣いとして参上しました。これを」
ナハトは女性に、ロイエから預かっていた書簡を手渡した。
紐をほどき、筒になっていた羊皮紙をくるくると開いていく。
書面にさっと目を通した女性は、興味深そうに頷き、そして元の通りに紐を結び直した。
空中でよくもと思うほどスムーズな、手慣れた動きだ。
「組合長のボーゲンは、奥におります、ご案内いたしましょう」
女性は二人を先導し、建物右側の応接間を通ってさらに奥、わざわざしっかりと壁がつけられた部屋の前まで案内した。
「ボーゲン様。フェアトラウエンのロアリテート家からお客様です」
「入れ」
女性が扉を引いた。
ナハトとノインが部屋に入ると、そこかしこに動物の頭部のはく製――ハンティング・トロフィーと呼ばれるものが飾られていた。
そのどれもが魔獣と呼ばれる獣達であることにナハトは気付いた。
角の生えた馬や一つ目の鹿、二頭の犬――いくつかは、かつて目にしたことがある。
ロアリテート邸の執務室が書物で満たされていることを思い出すと、なんとも異質な空間だった。