第11話 方向性の確認
アメジストの瞳は静かにそれを受け止めていた。
「聞けば、貴女自身も、ここではない別の所からの来訪者だとか。己以外の転生者を屠ることで何か益を得ようとしている――そういったことであれば、ここは一旦お別れをした方がいいように思います」
「あらら、ご挨拶。でも、仕方ないか……」
ノインが目を閉じた。
そしてゆっくり目を開き、紫色の視線をロイエに返す。
「ねぇ、ロイエ。転生者のほぼ全員が、私欲を満たすために行動しているっていうのは、きっと分かっているんでしょ?」
「ええ。貴女とナハトが討ったクロネ=ラントに限らず、ここグーテ王国領内においても、隣国ヴァールハイトやクランクハイトにおいても、彼らが混乱を生じさせているという話を聞いています。だからこそ、わたくしは常々彼ら渡り鳥の危険性を訴えてきたのです」
「それで、ロイエは今後どうするべきだと考えていたの? つまり、お父さんの復讐を果たした今、次に目指すのは何?」
「それは――……」
ロイエがナハトに視線を移した。
ナハトは相変わらず表情を変えなかったが、それは「主君の命には従います」といういつもの決意を表している。
小さく頷き、ロイエはあらためてノインを見据えた。
「各地の転生者を討ちます。今はまだナハトだけが頼りですが、彼のように渡り鳥に対抗できる力を持つ者達――番犬を集め、傲慢な余所者によって涙する民を少しでも減らしたいと考えています」
「ロイエ様――しかし、このグーテ王国は今、大きな混乱の渦中にあります。恐れながら申し上げますが、ロアリテート家としてすべきことは……」
「シュティレ。貴女の言う通り、王家の血が途絶えた今、この国には支えが必要です。しかし、それ以上に、新たな脅威と成り得る存在を取り除く必要があるのです。我がロアリテート家には、後者を選ぶべき歴史と矜持、そして力と知恵があります」
よどみなく言い切った主君の姿に、長く仕えてきた二人は満足げに頷いた。
こういう人に仕えていると思えばこそ、胸を張っていられる。
「この世界の、すべての転生者を討つということね」
「そうなるでしょう」
「わかった」
ノインは大きく頷き、胸に手を当てた。
「それじゃあ、最後の一人を、私にして頂戴」
真剣な表情で、ノインが言葉を紡ぐ。
「私の力が転生者討伐に有効なことは、ナハトがよく分かってるはず。だから、この世界に巣食う転生者を討ってまわり、私の力が必要無くなった段階で、私の命を断って」
「それは――なぜ、そこまでして……?」
三人の視線がノインに注がれる。
雪のような白い肌が、興奮のためか少しばかり紅潮していた。
「――復讐のため、とだけ」
「……わかりました」
ロイエは立ち上がり、ノインに歩み寄った。
そして細腕をスッと差し出した。
何事かときょとんとしたノインだったが、やがて慌てて立ち上がってその手を握った。
「ノイン。これより、貴女はロアリテート家の一員です。客人としてではなく家人として、共に同じ目的に向かって邁進しましょう」
「えっと――よろしくね」
握手が終わると、ロイエはシュティレに部屋の手配や屋敷の案内を命じ、ノインと共に退室させた。
医務室に残ったロイエは、あらためてナハトのベッドサイドの椅子に腰かけた。
「ナハト――分かっていますね」
「ええ。時が来れば、俺がノインを討ちます」
「お願いします。彼女の力が、特異な力――わたくし達が魔法と呼んでいるものすら封じるというのであれば、彼女が最終的な脅威になることは容易に想像がつきます。自分以外の力を効率的に排するために、わたくし達にすり寄ってきた可能性も捨てきれません」
「ええ。ただ――」
ナハトは言い淀んだ。
ロイエは小首を傾げ、若き暗殺者の言葉を待つ。
「あの澄んだ目を見ると、とても悪心があるようには思えません。俺がこれまでに殺してきた連中の目は、みな、月のない夜の泥水のように濁っていました。それとは、まるで違う……」
「貴方の言いたいことは分かりますよ、ナハト。実際、私が聞いている転生者のいくつかは、純粋であったり利他的であったりしています。ですが、後に邪心が芽生えたり、無自覚に混乱を引き起こしたりしているケースばかりです」
「――失言でした。申し訳ありません」
「いえ。こちらこそ、まだ傷も癒えぬ内にこのような話をしてすみませんでした。しばらくゆっくり休みなさい。その間に、レーラーとも相談して彼女について探ってみますから。では、おやすみなさい」
ナハトの額に手を当て、ロイエは優雅に立ち上がって部屋を出て行った。
「あ、そうそう――」
扉に手をかけて、亜麻色の髪が振り返る。
「シュティレは、貴方が戻ってからというもの、時間が空けば様子を見に足を運んでいました。きちんと伝えるべきことは伝えるのですよ」
「御意」
主君が医務室から去っていったのを見送って、ナハトは石造りの天井を見上げた。
黒ずみを見て、シュティレの目の下にもひどい隈があったことを思い出す。
「伝えるべきこと――睡眠の重要性だろうか」