第1話 狩る二人
「俺が何をしたってんだよ」
石造りの街から離れた草原で、栗色の髪の青年が苦々しく言った。
白い襟付きシャツ。
えんじ色のワンタッチネクタイ。
深緑のブレザー。
チェック柄のズボン。
その出で立ちは、ある世界においては「いかにも高校生」と呼ばれる格好だ。
青年はどこかあどけなさの残る顔で、何度直しても外にハネていく癖っ毛を掻きながら、真っすぐ、目の前の相手を睨む。
その黒い双眸に映っているのは、女だった。
アメジストのように透き通った紫色の瞳、整った顔立、雪のように白い肌。
夜空色の髪は、腰ほどまでに長いポニーテールでまとめられている。
上半身を包むケープの下は、黒い装束に身を包んだ脚のラインがくっきり見える。
普段なら、鼻の下が大いに伸びただろう。
だが、青年の心中にあるのは驚きと苛立ち、そして怒りのくすぶりだった。
「いきなり「死んでもらう」はないんじゃないスか? 俺が指名手配中の凶悪犯だっていうならまだしも――」
「転生」
女はきっぱり言い切った。
「は?」
「したでしょ? 『転生』を」
「そりゃ、したけど……それだけで罪になるっていうのかよ」
「それじゃあ、質問。あなたは、この世界で何をするつもり?」
言い淀む青年に、夜空色の髪の女が言葉を次ぐ。
「例えば――『憧れのスローライフ』とのたまって、無秩序に様々なものを生み出す? 流通が狂い、既存の職を失われ、路頭に迷う者が続出し、結果、社会全体の治安が悪化するのに。
それとも『癒しのモフモフライフ』と嘯いて、好みの魔獣だけを手懐ける? 周囲の生態系バランスが崩れ、住処を追われた凶悪な魔獣が防衛力の弱い村々を次々と壊滅させていっても我関せずで。
あとは『追放聖女がざまぁする』かしら。強大な力を行使して権力者に接近し、その後、自分の要求が通らなくなると無責任に国を去るのよね。そして、混乱した組織体系のしわ寄せが多くの民を喘がせる、と」
歌うようにスラスラと言葉を紡いでいった女に、青年は表情を曇らせながらようやく口を開いた。
「お、俺は『勇者』だから、『聖女』にはなれねぇし」
「なるほど、『勇者』――ということは『無双チートでハーレムライフ』ね。独善的な判断基準で数々の蛮行を働く、と。悪と断じた相手にも家族があり、おびただしい禍根を振り撒いているとも気付かずに」
女が言い終えると、風が吹き抜けていった。
背の低い草が、風に靡かれてささやかな音を奏でる。
ふたりの沈黙が、その響きを際立たせた。
「結局、何を選んだところで、転生者はそれまで平穏だった各地に怨嗟を渦巻かせる。『転生』すること自体は罪ではないかもしれないけれど、これまでの転生者はすべからく――」
「――黙れ!」
両肩をわなわなと震えさせて、青年が女を睨みつける。
「前の世界じゃ、クソみたいな人生だった。クラスの連中は馬鹿ばっかりだし、そもそも、世の中全部が腐ってた。親ガチャに外れたら即終了の運ゲーで、努力すること自体がギャグだった。
それが、つっこんできたトラックに轢かれて死んで、噂の異世界転生ってヤツが出来た。『運命の女神』が、転生先の『ジョブ』は好きに選んでいいって言ったから、迷いもなく『勇者』を選んだんだ。ゲームに出てくるようなモンスターどもを蹴散らして、ようやく俺の本当の人生が始まったんだ。これからは、チートで、ハーレムで、順風満帆で、バラ色で……」
青年の言葉を遮るように、女はわざとらしく大きなため息をついて、一言だけ言った。
「いいわよ、ナハト」
「ナ――?」
次の瞬間、黒髪の青年の首は切断された。
こうして、武藤 童夢という名を誰かに告げることもないまま、彼の転生はあっけなく終了した。
絶望に彩られた胴体の背後には、さっきまではいなかったはずの人物が立っている。
「素晴らしい剣の冴えね。これなら、痛みを感じることもなかったんじゃない?」
女は感心を口元に浮かべた。
紫色の視線の先には、深い青の髪と瞳を持つ青年が静かに立っている。
水平線色の瞳は無感情に、首を無くしてなお立ったままの胴体を見つめていた。
その手の剣は、研ぎ澄まされた切っ先に鮮血を滴らせている。
「どんなに刃を研いだところで、『転生』で得られるというデタラメな力で守られてはこうはいかない。ノインが『対話によって相手の力を封じた』から可能だったというだけだ」
「あらら、どういたしまして。実際のところは、ナハトの剣の腕と『姿を消す』力ありきなんだけどな」
ナハトは表情を変えないまま、黒い布で剣を拭き、輝きを取り戻した白刃を鞘に納めた。
一方、女――ノインは、切り離されて転がった頭部に視線を落とした。
「それにしても、『転生者』――渡り鳥って呼ばれてるんだっけ? 『運命の女神』サマからスバラシイ力を授かったっていう割には、命を守る手段は講じていないことが多いのよね。この男の子にしたって、私が何をするまでもなく無防備だったみたいだし」
「前の世界とやらが、よほど安全で過ごしやすい所だったんだろう」
「そんなんじゃ、この世界を守る番犬の牙にかかればひとたまりもないってことね。くわばらくわばら。私もせいぜい気を付けないと」
口元で笑みをつくるノインに、ナハトが鼻息で応える。
「返り討ちになることが見えている相手に仕掛けたりはしない」
「そう願うわ。少なくとも、お互いに利害が一致している間はね」
自在に姿を消す力をもつ暗殺者ナハトと、相手の能力を封じ込める同行者ノイン――ふたりが転生者を鏖殺するための血塗られた旅を始めたのは、時を遡ることひと月ほど前のことだった。
作者の成井です。
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