第26話 破壊者の目ざめ
「るおおおおおおおおお」
俺は哭いていた。
人間でもなく、狼でもなく、自分が何者かももう分からないまま、逝ってしまった少女に向けて、ひたすらに悲しみの唄を叫んでいた。
「うるるうおおおおおおおお」
ただ悲しかった。
俺の肉を切り裂く怪物の爪も、骨を砕く拳も、そんなことはもうどうでもよかった。
この世界があまりにも痛みと悲しみに溢れていることに、俺は叫び声をあげていた。
そしてこんな形でしか、孤独だった少女を弔ってやれない自分に叫んでいた。
少女の肩の肉はえぐれていた。
牙の跡が痛々しく残っていた。
少女が望み、俺が応えた証だった。
「るううううおおおおおおお」
血の涙を流しながらその甘い肉を食らい、彼女の命を自分の体内に採りこんだ俺は、自分の全てを解放すべく、頭上に瞬く真円の輝きに向かって叫んでいた。
体の中で凶暴な何者かが、産み落とされようとしているのを俺は感じていた。
邪悪なこの場所を、徹底的に破壊しつくすための何者かが、たったいま俺の中で覚醒した。
「ごおおおあああああ!」
喉の奥から狼の叫びがほとばしった。
体内の奥に眠っていた凶暴な獣が目覚めるのを、俺は歓喜と共に迎え入れた。
体内の高出力エンジンが轟音を立て、凶暴な破壊衝動が俺の体を内側から変貌させてゆく。
俺は立ち上がった。きっと背中の傷はもう完全に癒えているだろう。
三体の怪物たちは俺の変化に戸惑っていた。
それはそうだろう、自分たちの爪がまるっきり俺の体を傷つけられなくなったのだから。
そして俺は振り返った。
怪物たちは目を見開いた。まるで本物の怪物にでも出会ってしまったかのように。
「誰も生かして帰さない」
体の中に制御できないほどのエネルギーが生まれていた。
以前一度だけ俺の中に生まれたあの感覚だった。
体内に核融合炉が突然出現したような感覚。
凶暴なエネルギーが膨れ上がり、破壊する対象をひたすらに求めていた。
そして、それは俺の中で一気に爆発した。
反射的に逃げ出そうとした怪物を俺は逃がさなかった。
俺は怪物の顔を片手で掴むと、そのままブンブンと振り回して地面に叩きつけた。
怪物の頭部は地面に叩きつける前に、俺の掌の中でぐしゃりと潰れていた。
それを見た残りの二体は、恐怖に取りつかれたように飛び掛かって来た。
俺は先に仕掛けてきた怪物の腕を空中で掴み、もう一体の怪物に向かって投げつけた。
折り重なって倒れ込んだ相手に、俺はすかさず突進し、一体を思い切り蹴り上げていた。
「ぎゃあああああ!」
見事に背骨が折れて、おかしな角度に曲がっていた。俺は倒れ込んだ怪物の頭をそのまま蹴りつぶした。
もう一体の怪物は戦意を喪失したのか、背を向けて走り出した。俺は逃げ出した怪物を追って施設の中へと駆けこんだ。
施設に入った途端に、自動小銃による一斉射撃が待っていた。
俺は全く銃弾を避けもせず、手近な男の顔を鷲掴みにすると片手でその体重を振り回し。壁に叩きつけた。
一瞬でただの肉の塊になった仲間を見て、再び全員が一斉に銃口を向け発砲した。
俺の体は全ての弾丸を跳ね返し、あっという間にその場に死体の山を築いた。
溢れ出る強大なエネルギーが敵を求めて、俺の体内で荒れ狂う。
純粋なる破壊者。それがあいつらが追いつめ、誕生させた俺だった。
俺は咆哮を上げ、群がる敵どもを片っ端から肉片に変えていった。
満月の夜の眷族の力を以てしても、今の俺を止めることは出来ないだろう。
銃声が完全に止んだとき、俺の爪と牙は、狂信者たちの血で染まり、足元には池のような血だまりが出来ていた。
俺は逃げ出した残りの一体を追って走り出した。
俺は施設内で出会うものたち全員を無慈悲に襲った。
俺が駆け抜けた後には、死体だけしか残っていなかった。
施設の地下へと降りたところで、ようやくさっき逃げられた怪物と対面できた。
俺は心の底からこの再会に歓喜していた。
怪物は鱗にびっしりと覆われた顔を恐怖に歪めた。
「ば、化け物め」
「鏡を見てから言えよ」
怪物は踵を返して俺に背を向け、奥の部屋へと逃げ込んだ。
この奥には陽巳香が捕らわれていた牢獄があった。
奥に進んだ俺は、そこで異様な姿の怪物達と対面した。
牢獄に閉じ込められていた実験体が、眷属の手によって解放されていた。
望みもしない実験の被害者たちだった。
凶暴性をあらわにし、俺に襲い掛かって来た怪物達を、俺は哀れみを込めてせめて苦しむことの無いよう葬ってやった。
一番奥の牢に閉じこもってガタガタ震えていた鱗だらけの怪物は、実験体が一掃されたのを目にして悲鳴を上げた。
牢獄から出て来た怪物は、何やら叫びながら跳びかかってきた。
鋭い爪の一撃が襲ってきた。俺はその爪を掌で受けた。そのまま手首をへし折って、さらに引きちぎった。
「ぎゃあああああ!」
俺はまた逃げ出そうとする怪物に追いつき、背中を鋭い爪で切り裂いた。
「ぎゃああああ!」
まるで届かなかったあの硬い鱗に、今はやすやすと爪が食い込んでいた。
血だまりで足を滑らせた怪物は、へたりこんだまま必死に懇願した。
「助けてくれ、俺は命令で仕方なくやっただけなんだ。あんたにはもう手を出さない。神に誓うよ」
命乞いをしだした怪物の首に、俺はそっと手を掛けた。
「神様はあんまし好きじゃなくってね」
俺はそのまま怪物の喉をかき切った。
地下を出た俺は建物を破壊しつくした。逃げ出した者がいたのか分からないが、施設に残っていた者は全員始末した。
俺の体内の核融合炉は、すべてを破壊しつくすまで燃え続けた。
可燃性の液体を撒いてから火を点け、全てを焼き払ったあと、俺は陽巳香の亡骸を抱えてその場所を離れた。
俺の中の破壊者は去っていった。
すべての力が抜け出て行った俺でも、少女の体は細く、悲しいくらいに軽かった。