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狼はそこにいる 蛇精の少女  作者: ひなたひより
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第23話 死闘の果てに

 獣人と化した俺と、薬の力で変貌した怪物達は、凄惨な殺し合いを演じた。

 お互いに怪力を持ち、強力な再生力を持つ者同士の闘いは、お互いの体を潰し合い、果てることの無い死闘を継続していた。

 だが、鎧のような鱗に覆われた怪物の皮膚を、俺の爪は引き裂くことが出来なかった。一方、俺の肉は怪物達の爪で引き裂かれ、確実に体内の血液が流れ出て行ってしまっていた。

 長い長い死闘だった。やがて少しずつ、目の前が暗くなり始めた。

 狼の咆哮をあげる自分の声が遠くなってきた。

 それでも俺は、相手の目を潰し、骨を砕いた。

 そしていつの間にか、俺の体内からエンジンの音が消えていた。

 陽巳香の叫ぶような声が、ぼんやりとした俺の耳に聴こえていた。


「もうやめて! お願いだからもう……」


 片方の目が潰れていた。

 残った目で見上げた俺の守護星は、遠くで冷たい輝きを放っていた。

 そして仰向けに倒れた俺を、真っ赤な幾つもの目が見降ろしていた。


「手こずらせやがって……」


 怪物の一人が器用に声を出した。


「このままほっておいても死ぬだろうが、念のため、こいつを心臓に打ち込んでおけ」


 銃を持った男に、怪物の一体が、ポケットから光るものを手渡した。

 恐らく銀の弾丸だ。俺を始末するために取っておいたものなのだろう。


「一発しかない。的を外すなよ」


 銃口が俺の胸に押し当てられた。

 あっさりと引かれた引き金は、無慈悲な銃声を響かせた。


「いやーーーーー!」


 俺は最後に少女の叫びを聞いた。そして底知れない闇の中へと落ちていった。



 焼けるような心臓の痛みが俺を闇の中から引き戻した。鼓動が止まってもまだ意識が残っているというのか。

 ごめんよ。

 あの子にそう伝えたかった。

 孤独な少女に、最後に笑顔ではなく泣き顔をさせてしまった自分が、ただ悔しかった。

 そして俺の頭には聡子の顔が浮かんでいた。

 こんな俺を好きになってくれた素直で優しい娘だった。

 きっと俺はここで、君に知られることもなく死んでいくだろう。

 それでも俺の愛は君のもとにある。

 形も値打ちもないものだけれど、それだけは君の元へ置いていくよ。

 後悔はない。ただ、胸の中に淡い痛みがあるだけだ。

 聡子……。

 そう呼んで、もう一度だけ君を抱き締めたかった。

 そして、できることなら君を幸せにしてやりたかった。

 そう願う俺の前に、ぼんやりとした淡い光が浮かび上がった。

 俺はそれが狼であることをすぐに悟った。

 お迎えに来てくれたのか。俺が行くのは人間の方ではなく、そっち側の天国か地獄なんだな。

 淡い光はゆっくりと散歩でもするように俺を先導していった。

 やがて眩しい入り口が現れ、その先へと進むようにと、淡い光の狼が言ったような気がした。

 この先は俺一人で行けってか。まあ、先導ご苦労様。

 眩しい光の中に足を踏み入れた俺は、そこがどこに繋がっていたのかを理解した。

 無機質な白い天井。薬品臭のする部屋。

 目覚めたのは、あの世でも固い土の上でもなかった。


「ここはどこなんだ」


 呟いた俺に柔らかいものが覆いかぶさって来た。

 俺は身じろぎもできず、その温かな抱擁に身を任せた。


「三島君。どうして……」


 蘇生した俺を抱きしめたのは、三島聡子だった。

 そのまま泣きじゃくる聡子の頭を、俺は訳も分からず撫でてやった。


「やっと気が付いたか」


 病室に入って来たのは如月だった。そしてその後ろに、あの下月京弥もいた。


「下月? お前まで、いったいどうなってるんだ?」

「まいったな、銀の弾丸を心臓に受けて死なない狼男がいるなんて」


 冗談とも本気とも取れる言いぐさで、下月は苦笑して見せた。

 そして如月は、今俺のいる場所が、眷属の息のかかった東京の病院であることを教えてくれた。


「あそこからここへ運ばれたのか」

「あんた一人のために、大騒動だったんだぜ。これで借りは返したからな」


 下月はそう言って、ことの経緯を説明してくれた。


「俺があんたを発見した時、心臓は完全に停まっていたよ。だが銀の弾丸は至近距離で撃ったせいで、心臓を抜けていたんだ。俺は何とかしてあんたを蘇生させようと頑張ったんだが駄目だった」

「駄目だった俺が何でこうして生きてるんだ?」

「あんたを諦めて、俺は蛇精の巫女の匂いを辿って追いかけたんだ。その途中で俺はあるものを見つけたんだ」

「あるものって?」


 勿体をつけるように話を引っ張る下月に、少し苛立ちながら次の言葉に耳を傾けた。


「一本の指が落ちていたんだ。恐らく蛇精の巫女が連れ去られ際に自分の指を噛みちぎったんだろう。俺は巫女の意図していることを知って、あんたの元に戻った」


 下月の口にした意図というのを俺もすぐに察した。彼女は超能力を間接的に使う準備をしておいたのだ。


「そうか、分かったぞ」

「俺は巫女の治療を受けたことがある。あんたの口に、指から絞った血を注いで、そのまま待った。巫女が今、神の言葉を唱えているのだと信じてな」


 下月はその時の様子を再現するかのように、手ぶりをまじえて説明を続けた。


「それからしばらくして、あんたは息を吹き返した。だが、全く目覚める様子がないんで、俺はそこにいる如月に、あんたの携帯で助けを求めたんだ。指紋認証ってのはこういう時便利がいいもんだな」


 実際死んでいて何も覚えていないわけだが、今の話でかなり生々しく想像することが出来た。


「大変だったみたいだな。礼を言うよ。ありがとう」

「ああ、それからはそっちのお嬢さんに礼を言った方がいいぜ」


 下月は意味ありげに、俺に寄り添う聡子に目を向けた。


「どうゆうことだ?」

「それは俺から話そう」


 ここで如月が割って入って来た。こいつのおかげで今清潔なベッドにいられるのだ。また借りが出来てしまったということだ。


「三島さんに連絡したのは俺なんだ。蛇精の巫女の力でも完全に癒せないダメージを負っているお前を癒せるのは彼女しかいないからな」

「癒すって……三島君、君はまさか……」

「舌を怪我している彼女に代わって俺が話すよ。彼女はお前に再び血を飲ませたんだよ」


 ようやく俺は聡子がここにいた理由を知ったのだった。


「彼女の血はお前に特別な力を与えた。完全に肉体を再生し、お前の精神を呼び戻したのは彼女なんだよ」


 以前、銀の弾丸と水銀に侵された俺の体を、聡子は自分の血を飲ませることで復活させた。

 今回心臓を撃ち抜いた銀の弾丸の呪いを、彼女の血は振り払い、俺を復活させた。

 あの日のように、俺は再び聡子に救われたのだった。


「ごめん。ごめんよ。また痛い思いをさせてしまって」


 俺は聡子を抱きしめた。聡子も俺の想いを受け止めて体に腕を回して来た。


「まあ、そうゆうことだ。あんまり無茶しないでくれよ」


 如月がため息をついたとき、俺は自分の中にある月の満ち欠けに関する時計が月齢十五日であることを知った。

 俺は愕然となった。


「あれから五日も経っている。如月、蛇精の巫女は、あの子はどうなったんだ」

「そのことなんだが……」


 あまり話したくないようなそぶりを見せた如月に。血がスウッと引いていった。


「娘は連れ去られたまま消息不明なんだ。調べられるところは調べたんだが……」

「調べられない所には手をつけていないってことなんだな」


 俺が何を言いたいのかを重々承知しているのだろう。如月は厳しい顔つきで一度だけ頷いた。


「前にあいつがいたあの研究所には手が及ばない。そうなんだろう」


 怒りを含んだ俺の声に、如月はまた無言で頷いた。


「なあ、琉偉、俺達は評議会を通して、今あそこに踏み入る手続きをしている最中なんだ。もう少し待ってくれないか」

「馬鹿なこと言うな!」


 俺は怒りに我を忘れそうになりながら声を震わせた。


「おまえたちは当てにしない。俺が行く」

「待て、眷属全体を敵に回す気か」

「俺は調印書を三度も破られた。仕返しするのは俺の権利でもあるんだぜ」

「いや、しかし……」

「研究所の場所を教えろ。夜になる前ならあの子を救い出せる」

「琉偉、いま乗り込んでいったとしてもあの子はもう……」

「俺を怒らせるな。いや、すまない。頼むから教えてくれ。友人として」


 そして如月は渋々研究所の場所を教えてくれた。

 ベッドから降りた俺に聡子はしがみついて来た。

 今行かせたら、俺がどうなるのか、この場にいる誰もが分かっていた。

 ボロボロと涙を流して、必死で引き留めようとする聡子の気持ちは、痛いほど俺の胸を締め付けた。

 俺はそっと聡子を抱きしめて優しく囁いた。


「お別れは言わないよ。必ず君をもう一度抱きしめる」


 泣きくずれる聡子に背を向けて、俺は病室を出た。

 そしてまだ明るい午後の太陽の下を、狼は再び走り出した。

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