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狼はそこにいる 蛇精の少女  作者: ひなたひより
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第18話 二匹の狼

 襲撃を受けた里には、二人の髭男の亡骸と、重傷を負った男が倒れていた。利夫ではなかった。昨日見た一番大柄な髭男だった。

 弾丸が腹を貫通していた。放っておけば出血で死んでしまいそうな男を、俺は近くの家の中へ運び込んだ。そしてそこで、陽巳香は蛇神の力を使って男の出血を止めた。

 出血の収まった男を担いで、俺が家を出ようとすると、ドドドンという連続音と共に、目の前の柱から木片が飛び散った。

 連続的な発射音とその威力で、自動小銃での射撃だと分かった。厄介なものを持ち込んできていやがる。

 何とかここを抜け出したいが、あれに狙われているとなると動きが取れない。


「何か惹きつけるものでもあれば、その間に逃走できるかも知れないが……」


 ボソリと言った俺の呟きに、陽巳香はあまり聞きたくなかった情報を教えてくれた。


「昨日私が引き連れていた二頭の熊の反応がありません。恐らくもう……」


 熊の安否を気にしているみたいだが、俺はそれを聞いて孤立無援であることを悟った。

 それでも俺は、僅かながら今の状況に希望を見いだしていた。

 日中の襲撃だった昨日とは違い、夜は俺たちの世界だ。人間の襲撃者なら闇に紛れて始末できる。相手の数にもよるが、月齢九日の狼男は僅かな勝算を期待していた。

 髭男は相変わらず気を失ったままだ。俺は担いでいた男を玄関先に寝かせて、外の様子を窺った。


「ここを動かないように。俺は窓から出て外のやつらを始末してくる。その間、このおっさんをもう少し元気にしてやってくれ」

「分かりました」


 俺は玄関から出るのを諦め、音もなく居間の窓から抜け出すと、相手の人数と位置を調べ始めた。

 昨日と同じくおおよそ十人程度だろう。自動小銃を手にしている奴が厄介だが、ピストルなら、当たり所が悪くなければ死にはしないだろう。

 たった一日だが、月は確実に満ち始めている。昨日とは一味違う俺を見せてやろうじゃないか。

 俺は闇夜に潜んで相手の動きを探り、手慣れた暗殺者のように早速二人ほど始末した。

 今日の俺は少しばかり機嫌が悪かった。銃を突きつけられていたとはいえ、殺された髭男たちは一緒に酒を飲んだ仲だった。

 巫女を守ろうと命を落とした男たちを、俺は弔ってやらなければならない。

 銃声がした。

 体をかすめた短銃の弾を縫うように、俺は三人目の男に走り寄り、喉をかき切った。

 そこへ自動小銃の連続音が鳴り響いた。


 ドドドドドドドドド!


 空気を薙ぎ払うように弾丸が襲い掛かって来た。空中に逃げた俺を、ピストルの弾丸が追ってきた。


「グッ!」


 また今日も弾を喰らってしまった。左腕に刺さった弾丸の突き抜ける痛みを無視してもう一人仕留めた。

 あと六人。

 自動小銃を構えた男に俺は狙いを定めた。

 今仕留めた男の銃をもぎ取って、そのまま草陰に身を潜めた。

 銃の扱いには慣れていない。恐らく発砲しても、まぐれ以外では当たりはしないだろう。

 気を逸らして、懐に跳び込めるチャンスを作れたらそれでいい。

 俺は弾倉に残っていた二発の弾丸を発砲した。

 銃撃は、やはり当たらなかったものの、相手の体をかすめたみたいだ。建物に身を隠した男に向かって、俺は一気に飛び出した。

 再び物陰から銃身を覗かせた男は、電光石火の俺の動きについてこれなかっただろう。引き金を引くより早く、俺の手刀は男の首を折っていた。

 倒れ込んだ男の自動小銃を奪い、隠れているつもりでしっかり見えている男に向かって引き金を引いた。


 ドドドドドドドドド!


 やかましい音だ。生理的に気にくわない。

 それでも短銃を持った男はバタリと倒れて沈黙した。

 奇跡的に当たったみたいだ。

 もう一度引き金を絞ったが、今度は何も反応がなかった。弾切れみたいだ。ここに倒れている男からマガジンを奪えばまた撃てるかも知れなかったが、やり方が分からない。

 俺は銃を捨てて、残りの男たちを始末するために、再び闇の中に身を潜めた。

 自動小銃を連射した俺を警戒してか、相手はやたらとは発砲してこなくなった。俺は落ち着いてまた一人、背後から首をへし折った。

 これであと三人。

 かなり余裕が出て来て、仕上げにかかろうかという時だった。

 鋭敏な俺の嗅覚は、嗅ぎなれた体臭を察知した。

 俺はすかさず身を潜めた。

 まさかこの時期に姿を見せるとは思っていなかったものが、確かに闇に潜んでいた。

 俺は建物の陰から少しだけ相手の様子を窺った、

 まだ若い月光に浮かび上がった三つの人影。

 俺の嗅覚は、そいつらが紛れもない眷族であることを嗅ぎ取っていた。


「大上琉偉。少し話をしよう」


 若い男の声だ。眷族はどいつもこいつも人間の肉を食うことで若さを保っているので、こいつが一体幾つなのかは想像できない。

 三人の中のリーダー格なのだろう。男は気取った感じで交渉してきた。


「あんたがかくまっているものを、大人しく渡してくれないか」


 鼻にかかるような偉そうな声だ。典型的な俺の嫌いなタイプだった。

 俺は廃屋の陰に隠れたまま返事をした。


「何のことだ? 俺は白川龍平を探しに来ただけだ」

「とぼけるなよ。おまえはここで俺たちが探しているものと接触した。分かってるんだ」


 カマをかけているのか、それとも知られてしまっているのか、そうだとすると、昨日逃がしてやった下月京弥が情報を流したのだろうか。


「あんたらの探し物には興味ない。あんたらこそ調印書を無視して俺を襲っただろ。一体どういうつもりだ」

「暗闇で君だと気が付かなかっただけさ。事故だと思って許してくれ」

「調子がいいな。まあいい。俺はここで白川龍平を探す。あんたらの探し物は無かった。そういうことだから、さっさと引き上げてくれ」


 俺はなるべく落ち着いて廃屋の陰から出た。

 三人の顔が月光のお陰で、はっきりと判別できた。思ったとおり、いけ好かない薄情そうな顔が三つ揃っていた。

 ここでこれ以上やり合えば、マズい状況になるのはこちらの方だ。調印書をちらつかせてお引き取り願う。それが得策だった。


「先にあんたらが手を出したこと。評議会に訴えてもいいんだぜ。困るのはあんたたちだよな」

「脅すつもりかい? 半端者の分際で」


 プライドの高い眷族が口にしそうな台詞だった。言われ慣れている俺には、全く痛くも痒くもなかった。


「お偉い眷族さんが三人も、満月でもないのにどうしてこんな片田舎に来てるんですかね。そんなに重要な要件なのかい?」

「おまえには関係ない。控えろ!」

「評議会で言ってやろうか、あんたたちがこんな田舎くんだりまでハイキングに来てたって。きっとえらいさん達は興味を持つだろうな」

「下賤の分際で……」


 挑発まがいのカマを掛けたのには理由があった。俺はこいつらが、評議会による正規の眷族の命令で動いている者かどうか探りを入れたのだ。

 これで、こいつらが違法なやり方で、蛇精の巫女を追っている連中であることがはっきりした。

 そうなると厄介なことに、こいつらは調印書を無視して俺を始末しにかかる可能性が高い。

 三対一で、しかも銃を手にした狂信者もまだ三人残っている。

 相手の技量はよく分からないが、身体能力は俺と同等とみて、まず間違いないだろう。

 一斉に仕掛けられたら、まず勝ち目はない。

 俺はこの緊迫した状況で、僅かな勝ち筋を探っていた。

 その時俺の耳にかすかな呻き声が聞こえてきた。

 あの髭男が蘇生したのだ。陽巳香の超能力が男を救ったのを知ったのは俺だけではないだろう。眷族のこの三人にも聞こえていたはずだ。


「大上、そこを動くな」


 眷族の一人が俺に冷たい命令口調を浴びせた。

 そして三人の銃を持った男に合図を送った。

 絶体絶命の状況を覆す何かが見つからなかった。

 銃を持った三人は警戒しながら、陽巳香のいる建屋に向かおうとしていた。

 やるしかないのか……。

 覚悟を決めたその時だった。


「うるるるおうおうおうおう」


 闇夜に狼の遠吠えが響き渡った。

 眷族たちが発したものではない。俺は耳を澄ませてその声の主を探った。


「うおうおうおうおおおおお」


 どこからか聴こえてくる狼の声は、この暗い闇の中にこだまして、ここにいる者全ての注意を惹きつけた。

 今だ!

 最高のタイミングだった。

 俺は銃を持った二人の男に向かって、まとめて飛び掛かった。

 そのまま凶暴なかぎづめを喉に食い込ませて始末すると、最後に残っていた男が俺に至近距離で発砲してきた。

 弾丸は肩甲骨の下あたりを貫通したが、俺は構わず男の顔面に拳を叩き込んだ。

 銃を持っていたものはこれで全員片付いた。あとは眷族の連中だけだった。


「ごおおおおお」


 咆哮を上げて飛び掛かって来たのは、左側にいた眷族の男だった。

 鋭い突きをすんででかわして、俺は間合いを深く取った。

 三対一。一人ずつならばまだ勝機はある。

 だが、泣き所の陽巳香を背にして、どうやって闘えばいいのだろうか。

 三人の眷族は、悪魔のような真っ赤な眼光を俺に向けながら、じりじりと間合いを詰めてきた。

 この月齢では、お互い獣人化現象メタモルフォーゼは起こりようがない。それでも人間には無しえない、狼人間特有の怪力を発揮することがある程度はできる。まともに攻撃を喰らえば骨が砕け内臓が破裂するだろう。

 その時、背後に気配を感じた。俺の背筋は凍り付いた。

 三人に気を取られて、新手の存在に全く気が付いていなかったのだ。

 振り返る余裕は無かった。俺は三人に対峙したまま、後ろの奴の気配からおおよその位置を割り出していた。


「ごおおおおお!」


 背後の奴がいきなり動いた。俺は咄嗟に身を捻った。

 突進してきた新手の男は、そのまま俺の傍をすり抜けて正面の眷族に襲い掛かった。


「ぐおおおおおお!」


 獣のような声を上げ二体の怪物は掴み合って、砂利の上を転がった。

 お互いの肉を削り合い、血を流しながら揉み合うその姿を見て、乱入してきた男が、あの下月京弥だということに気付いた。

 蛇精の巫女を守ろうとしていたのは俺だけではなかったのだ。


「うううおおおおおお!」


 俺は狼の咆哮をほとばしらせた。

 俺の体内のどこかで火花が散った。

 それは俺の中の凶暴なエンジンが始動するための、小さく眩しい火花だった。

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