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狼はそこにいる 蛇精の少女  作者: ひなたひより
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第16話 再び聖域へ

 一夜明けて、昨日散々考えて、一旦自分なりの結論を出した俺は、早速朝一番で如月の電話に掛けてみた。


「出ないな」


 留守電になった携帯にメッセージ残すことなく、俺は電話を切った。

 浴衣を脱いで弾痕を確認すると、すでに肉芽が盛りあがり傷口が癒えかけていた。

 月齢九日。今の俺にここまでの回復力は本来なら無いはずだ。やはりあの少女の力以外考えられなかった。

 彼女は治療の際、俺の精霊の力を少し引き出したと言っていた。

 それはつまり、直接の治癒に関しては彼女の超能力ではなく、俺自身の再生力を、月齢が満ちる前に前借りした感じといったところなのだろうか。

 そんな便利な使い方ができるのなら、狼人間はなかなか死なないだろうな。

 俺はそんなことを考えながら、この二日間で溜めた血や汗の汚れを、綺麗なお湯で流しに行くことにした。ひょっとすると温泉の効能に、弾丸の傷も入っているかも知れない。

 しかし昨日たらふく食ったおかげか、今日はやたらと調子がいい。

 車がガソリンを必要とするように、狼男にはステーキが必要なのだ。

 誰もいない快適な露天風呂で汗を流し、さっぱりと男湯から出て来た俺を、何故か佳奈恵は待ってくれていた。


「やあ、おはよう」

「おはようございます。やっぱりお風呂だった。大上さんに電話ですよ」

「旅館の電話に? 誰から?」

「如月と言ったら分かるって、そうおっしゃってました」

「ああ、あいつか、ありがとう」


 恐らく携帯は通信を傍受されかねないと考えたのだろう。如月らしい用心深さだ。

 受話器を取ると、珍しく苛立った声が聞こえて来た。


「いつまで待たせる気だ。二十分も待ったぞ」

「悪い悪い。朝風呂に行っててな」

「たいそういい身分だな。代わってもらいたいもんだ」

「ああ、飯は美味いし風呂もいい。毎日楽しくやらせてもらってるよ」

「このまま電話を切ってやろうか」


 神経を逆なでされて、如月は電話越しにイライラした態度を言葉に乗せてきた。


「恐らく携帯はダメだ。今俺は公衆電話から掛けている。お前のお陰でカードが凄い勢いで減ってってるよ」

「それは悪かった。で、本題なんだが、おまえが俺に警告していたあれを見つけちまったんだ」

「本当か? やってくれたな……」


 受話器越しの如月の声は、ため息混じりといった感じだった。


「あれの情報が欲しい。お前の持ってる情報を出せ」

「簡単に言ってくれるな。それをお前に流したら、俺の身が危ないんだよ」

「お前は頭が切れるし、タフな狼男だろ。こっちはまだあどけなさの残る女の子を守らないといけないんだ。いいから話せ」

「やっぱりな。お前は絶対に肩入れするって思っていたよ」


 それから如月は自分の持っていた情報を教えてくれた。

 情報を与えずに、俺に盲滅法めくらめっぽう動き回られることの方が恐ろしかったに違いない。

 如月の話では蛇神の憑依した人間、蛇精の巫女は、いわゆる不死者で、大昔に一部の村で信仰の対象とされていた古代神の依り代であったらしい。

 今回蛇精の巫女が狙われたのは、あの失敗作と言われた実験体が凶暴性以外は眷族を凌駕する能力を持っていたためだった。

 あのクローンはかつての巫女のミイラから、遺伝子を抜き取って作り上げたものであったらしい。

 実際の生きているサンプルを入手出来ないものか。そんな考えが持ち上がっていた時に、奇跡を起こす蛇精の巫女が復活したという情報が入り、眷族はその真相を探るべく組織の者を派遣した。しかし行方不明者が出だしたので、そちらの捜索を含め、本格的に調査に乗り出したのだそうだ。

 そして伝承を頼りに捜索した結果、蛇精の巫女に近づいたものはこと如く姿を消し、捜索は暗礁に乗り上げた。

 如月の耳に、俺が日高山脈に向かったとの情報が入ったのはそんな時だった。

 まさに寝耳に水といった感じの俺の行動に、如月は最悪のシナリオを想像してしまったと言っていた。

 調印書の決め事を自ら破りかねない俺が、もし眷族と敵対関係になったら、蔑まれ日陰者とされている混血種の狼たちが反旗を翻しかねない。

 そうなると眷族と混血種のいわゆる同胞同士の殺し合いが始まる。

 凄惨な殺し合いが始まれば、人間も怪物の存在に気が付くだろう。そうなれば眷族もこの世界の居場所を失うことになる。

 如月の言い方では、俺がまるで混血種のヒーローみたいな立ち位置になっていたが、あながち冗談でもないのだと説明された。

 眷族が手を焼いていたあの白蛇の怪物を倒し、組織を一網打尽にした俺は混血種の中ではいささか有名人であるらしい。

 まあ、組織を追い込んだのは如月なので、俺はちょっと他人の偉業に乗っかっているわけだが。

 噂が独り歩きしているお陰で、俺がもてはやされているのはさておき、如月の話だと、蛇精の巫女を俺に探すように仕向けたのは、眷族には違いないみたいだが、正体のはっきりしない得体の知れない連中らしい。

 調査を進めようとすると情報が遮断され、如月も一旦は断念したそうだ。

 恐らく、力を持つ眷族が裏で糸を引いている。はっきりと明言はしなかったが、如月はそうほのめかして電話を切ったのだった。



 一時間後、俺はまたあの蛇精の巫女の元へと向かっていた。

 あれからすぐに利夫が俺を迎えに来て、俺にオフロードバイクを貸してくれたのだ。

 レンタカーを使えない俺に気を利かせてくれたのだろう。

 カワサキKDX250SR。全身ライムグリーンの1990年代に造られた年代物のオフロードバイクは、今は絶滅した公道で走ることができる、カワサキ最後のツーストロークオフロードだ。

 セルモーターさえついていないキックスタート式のエンジンは、ひとたびプラグで点火しさえすれば、甲高い陽気なエンジン音を響かせる。

 ピーキーなパワーバンドは癖があり、乗りこなす人間を選ぶバイクだと言えるだろう。

 騒音と排ガスの臭さを除けば、月齢九日の狼男には、このじゃじゃ馬はいい相棒と言えた。

 バイクは俺の期待に応えて、静謐をかき乱しながら林道を駆け上がった。

 あっという間に到着した俺を出迎えたのは、あのデカいヒグマだった。

 熊よけの鈴が効いているのか、それとも昨日の一件で俺を恐れているのか、熊は遠見に俺を見ているだけで、近寄ろうともしなかった。

 俺はここに残っていた髭面の一人と少し話をしたあと、巫女のいる神域へと入った。

 咎められるかと思ったが、髭男はあっさりと了承し、俺が入って行くのを見送ってくれた。

 巫女に何かを言われたに違いない。どうやら俺は神様のお墨付きをもらったようだ。

 陽己香はあの家の縁側に腰かけて俺を待っていた。

 訪ねてくることを予め知っていたかのような、そんな雰囲気だった。


「やあ、昨日はどうも」


 なんとなくさらっと言ってしまって、俺は訂正した。


「いや、失礼しました。昨日は助けていただき、誠にありがとうございました」

「いいですよ。かしこまらなくても」


 何だか調子が狂う。神がかった時と、ただの少女の時とのギャップがあり過ぎるのだ。


「蛇神様がおられない時は、かしこまらないで下さい。その方が私も楽ですし」

「そうですか? じゃあ遠慮なく」


 もともと堅苦しいのは体に合わない。俺は少女の提案に、甘えさせてもらうことにした。


「どうですか、お怪我の方は?」

「ああ、おかげさまでだいぶ良くなったよ」

「もう一度診て差し上げましょうか?」

「いえいえ、それには及ばないよ。もう大丈夫だから」


 ここでまた少女の前で尻を出すのはあり得ない。客観的に見てただの変態にしか見えん。

 いくら俺が無作法な狼男でも、少女が言うには、俺は神の依り代としてここへきているわけだ。神域で、しかも蛇神の御使いの前で汚い尻を披露するなど、狼人間の代表としてあるまじき行為だ。

 俺は、だらしないはぐれ狼ではあるけれど、最低限の気遣いぐらいはできる男なのだ。


「大上さん、あなたがここに来ることを楽しみにしていたんですよ」

「本当に? こんなおっさんとおしゃべりしても退屈じゃないかな?」

「そんなこと無いですよ。将棋でも指しながらお話ししましょうよ」

「将棋か……」


 学生時代に段位を持っている友人がいて、そいつと将棋を随分指した経験があった。

 多少腕に覚えがあった俺は、子供相手だし、適当に手を抜いてやろうと思っていたのだが、いきなり負けた。


「負けました」


 自信満々だったおっさんを屈服させても、少女はニコニコしてただ楽しそうなだけだ。

 それにしても、陽巳香はすっきりと薄紫の和服を着こなしていた。

 この年頃でこれほど和服の似合う娘は、どこを探してもいないのではなかろうか。

 そして俺は、彼女が首から提げているシンプルな紅色の勾玉に注目した。


「可愛いアクセサリーだね。蛇神様にまつわる何かかい?」

「いえ、これはずっと昔に母がくれたものなんです。村の神社で売っているどこにでもあるものです」

「そうなんだ。君に良く似合ってるよ」


 少女は少し照れたようにはにかんで、恥じらいを胡麻化すかのように湯呑に口をつけた。

 そして、二局目の盤面は完全に俺の劣勢だった。

 久しぶりにマジになった俺に、向かいに座る少女はニコニコしながら、手厳しい手をどんどん指してくる。

 そしてあっさり、俺は敗退した。


「負けました……」


 ガックシと肩を落とす俺に、少女の変わらぬ微笑みが痛かった。

 結局真剣に勝負しすぎて、殆ど何の話をしないまま投了したのだった。


「もうお昼を過ぎてしまいましたね。何かご用意いたしますね」

「ああ、それなら……」


 俺は持参したリュックから紙袋を取り出した。


「ここへ来る前にファーストフード店に寄って来てね。俗物が食べるもんだけど、俺は結構気に入ってるんだ。良かったら一緒にどうかな?」


 袋から取り出したハンバーガーの包を見て、少女は好奇な瞳を輝かせたのだった。

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