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狼はそこにいる 蛇精の少女  作者: ひなたひより
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第10話 蛇神の祠

 俺は背後で凶暴な銃口を向けている男たちに手招きした。


「早く入って来てそこを閉めてくれよ。寒くって叶わない」


 揃いも揃って見事な髭面だ。赤の他人だったとしても、俺には全員兄弟に見えた。

 俺の狼の感覚は、しばらく前から、外で様子を窺っていたこの男たちを捉えていた。

 今撃ってくれば、囲炉裏を挟んで酒を飲んでいる利夫に弾が当たるのは避けられない。いきなり引き金を引いてくることは無いと分かっていた俺は、なけなしの余裕を見せつけてやった。


「あんたたちだって、こっちで暖まりたいんじゃないかい?」


 そういったものの、実際は肝を冷やしていた。この距離で銃撃をまともに受けたら、今の俺ならば致命傷は確実だった。

 手加減を加えなければ、ここにいる男たちを始末できるだろう。しかしそれをするつもりは俺には無かった。

 俺は手酌で椀に濁酒を注ぐと、またグッとあおった。


「なあ利夫さん。あんたはどうしても俺を酷い目に合わせたいのかね? 俺はあんたにとって敵と思われてるってことかい?」


 利夫はまた、ごしごしと肉厚の手で顔をこすってから、目を閉じて腕を組んだ。そしてさして考えた感じもなく、すぐに目を開いた。


「いいや、あんたはいい人だ。だが、俺たちの大事なもんを嗅ぎまわってる。おまけにここを知ってしまった」

「俺が善人でも、嗅ぎまわっただけで酷い目に合わすのかい?」

「いいや、嗅ぎまわってるのは悪い奴ばっかりだ。いや、あんたはいい人だ。悪い奴はここに近づけるわけにいかねえ。でもあんたはいい人だから……」


 独り相撲をし始めた利夫を、仲間の四人は呆れた顔で傍観しだした。

 しまいには寒かったのか、中に入ってきて一人は小便に行き、残りの三人で、俺の手足を部屋の隅にあった荒縄で縛りつけた。

 俺は全く抵抗せずに縛り上げられてやった。その気になればこの程度の縄なら引きちぎることが出来る。

 男達は抵抗でき無さそうな俺に人心地ついたようで、空いている椀に濁酒を注いで飲み始めた。

 そのうちに、仲間の一番大柄な男が、悩んだままの利夫にしびれを切らした。


「おい、どうすんだ。この人もこのままじゃあ困るだろ」

「まあそうなんだけど、取り合えずおめえたちも腹減っただろ。先に食っとけ」


 そうしてあとから入って来た四人で、残った鍋の中をみんな平らげた。

 そしてまるで水を飲むみたいに濁酒をいき始めた。

 そうして杯を交わしながら、俺をどうするかの相談をし始めた。

 しかし、あまりそういった話し合いが得意ではないようで、利夫は俺のことを訊いてきた。


「なあ、大上さん、そんであんたは一体ここに何しに来なさったんだい」

「まあ、手短に言うと、この里に俺の元妻の再婚相手が逃げ込んだらしいんだ。それで前妻に頼まれてそいつがどんな奴か、調べに来たのさ」

「ふーん。この里にねえ、それでなんていう奴なんだい?」

「確か、白川竜平といったな」

「そんな奴聞いたこともないけどなあ。なあ、おめえらも知らないか?」

「いんや知らねえ」

「おれもだ」

「おれも」

「さっぱり分かんねえ」


 口ぐちに知らないという男たちは、嘘を言っている感じではなかった。

 マリはここにその男が逃げ込んだと言っていた。マリの情報が間違っているのか、それともこの男たちの思いもつかない所に潜伏しているのか。

 俺は得体の知れないパズルを埋めるのに、ここにいる男たちの情報がカギになるのではないかと直感的に感じていた。


「なあ、利夫さん。あんたたちがここで何を守ろうとしているのかを、俺に教えてくれないか」

「いや、それは……」


 ここまでして隠し通さなければいけないものとは、いったい何なのだろうか。頑として口を割ろうとしない髭面から情報を得るために、俺は仕方なくカードを切ることにした。


「あんたらは、そのために人を何人も殺している。そうなんだろう」


 俺のひと言で、その場に緊張が走ったのが分かった。

 そして男たちは一斉に床に置いてあった銃に手を掛けた。


「大上さん。冗談は止してくださいよ」

「いいや、俺は冗談は言ってないよ。あんたたちはもう何人も殺してる。そうですよね」


 利夫は俺の視線を受け止めきれずに目を逸らせた。

 黙り込んでしまった口を割らせるために、俺は話を続けた。


「正確に言うならば、殺させている。祠のありかを探っていた連中をあんたたちはあのヒグマに襲わせていた。そうですよね」

「あんた、なにを……」

「恐らく最初に行ったあの沼のほとりだ。あんたはあそこに秘密を探りに来た奴らをおびき寄せて熊に始末させていた。アイヌの子孫のあんたたちは、ヒグマを手懐けることができるんだろ」

「何故それを知っているんだ……」


 俺は佳奈恵から蛇精の巫女の伝承を聞いたあと、利夫の奇行の理由を調査すべく、あの最初に案内された沼に、もう一度足を運んでおいたのだった。


「あの熊の行動に引っ掛かりを覚えてね。沼であったあの熊は、やたらと落ち着いていた。恐らくあんたが餌を連れてきたと勘違いして、行儀よく待っていたんじゃないか。発砲したのは追い払うためでなく、俺のことを餌ではないと合図してたんじゃないのかい?」

「そうだ……あんたの言うとおりだ」

「手懐けてある熊は何頭かいるんだろ。ここにいた熊に襲われたのは、あいつがここの番犬だったからだ。この集落に入ってくる不審者を、襲うように訓練してあるんだと俺は見た。違うかい?」


 黙りこんでしまった利夫に、俺はさらなる追い打ちをかけた。


「ここを探りに来た連中を俺はいささか知っているんだ。丸腰で来ていないだろうから、熊を追い払おうと発砲しようとしただろうな。そしてあんたに背を向けた途端、背中に銃を突き付けられて武器を奪われた。丸腰になった奴らはそのまま熊の餌食にされたってわけだ」


 顔を真っ青にして、利夫は俺の言葉をただ聞いていた。確信に近い俺の憶測は全て当たっていたようだ。


「死体を綺麗に熊に食べさせて、骨は沼に沈めた。あの沼をさらったら、結構な骨の山が見つかるんじゃないのか」


 今日俺はあの沼のほとりで、あらためて狼の嗅覚を使って血の匂いを嗅いだのだった。そこには熊が食事をしたであろう痕跡があった。

 そこまで話した俺に、利夫以外が一斉に銃口を向けた。


「言っとくが俺は善人だ。その銃がただの脅しでなく、善人を手にかけるために向けられているのだとしたら、俺もただでは殺されるつもりはない。なあ利夫さん。あんたなら俺を怒らせたら何が起こるか推測できるだろ」


 熊を一撃で仕留めた俺を見ていたのは利夫だけだ。冷静な判断をこの男ならできると俺は賭けたのだった。

 もし判断を誤れば、酒盛りをしているこの部屋は、一瞬で修羅場と化すだろう。そうなれば俺もこの男達もただでは済まない。

 俺は内心手を合わせて祈った。


「なあ、大上さん、あんたあいつらとは、どういった関係なんだい?」

「敵でも味方でもないよ。俺はあいつらとは全く関係ない事情でここに来た。俺が知りたいのは、ここに逃げ込んだとされている白川龍平が、どんな野郎かってことだけだ」

「そうかい。あんたを信じるよ」


 利夫はそう言って、仲間の銃をおろさせた。

 一瞬殺気だっていた四人も、銃の代わりに酒の入った椀を手に取った。


「俺達のことは誰にも言わないでくれ。約束できるなら、明日、その男のことを、ここにいる連中と一緒に調べるよ。今日は申し訳ないけど、ここでそのまま寝ておくれ」

「ああ約束するよ。しかし、このまま俺を縛っとくのかい?」

「ウロウロされたくないんだ。悪いけどしばらく辛抱してくれ」


 俺を受け容れた男たちは、新しい一升瓶を開けて、酒盛りの続きを再開した。

 男たちの秘密を知ってしまった俺に、利夫はこの隠れ里が何なのかと、佳奈恵が話してくれた蛇精の巫女の伝承についてを補足してくれた。

 要約すると、アイヌ民族の血を受け継ぐ五人の男たちは、代々古代神である蛇神様に仕えてきた一族の末裔だった。

 この地を守る蛇神を信仰し、蛇神の祠を守る役目を仰せつかったのが、神官の役割を担う利夫で、後の四人はその従者であった。

 麓の村にあった、ご神体が祀られてある立派な社殿は、もともとここを発祥とするもので、今はここの存在を悟られないようにするための、目くらましに建てられたものだという。

 今いるこの里は伝説の発祥の地であり、聖地だと利夫は熱く語った。

 利夫が案内したいくつかの神殿の跡地は、全て伝承を探りに来た者たちが聖地に足を踏み入れないよう、混乱させる仕掛けだった。

 そして伝承にあったホヤウカムイから霊的な力を得た巫女は、ここに実際いたという。

 大昔、医療が発達していない時代、流行り病は、死に直結するほど危険なものだった。

 この地にいた巫女は、神通力を使って村人の病を癒していたという。

 また、その他に、巫女は未来を透視したりする力を持っていたらしい。

 その噂は、この山深い里から広がって、病気の治癒を求めて各地から大金を持った大勢の人が押し寄せたそうだ。

 だが、栄華を誇った時代はすぐに終わった。

 その特殊な能力を持つ巫女の力を、我がものにしようとする者が現れたのだ。

 誰が言い出したのかは分からないが、巫女の肉を喰らえばその力を得られるという風評が流れた。

 やがて、巫女はさらわれ、噂を信じた者の手によって殺され、髪の毛一本残さず食われてしまったという。

 肉を喰らった者たちは蛇神様の怒りに触れ、残らず蛇の姿に変えられてしまい、沼の底に沈められた。

 沼の底は地獄へ入り口で、悪しき蛇たちはそのまま堕ちていったという。


「まあ、こんな感じの話だよ」


 悲惨な伝承を話し終えて、利夫は飲み過ぎたのか眠たげな眼をゴシゴシとこすった。

 俺はこの話を聞き終えて、ここに何があるのかを理解した。

 男たちが守るもの。それはこの聖地にある祠ではないのだろう。

 伝承の中に存在した奇跡を起こす巫女。

 俺はその存在を示す何かが、ここにあるのだと感じていた。

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