Ⅳ
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足環の魔導石を使い果たして、ブランシェットは砂丘に佇んでいた。
ヒュウ・・・
風が吹いて、髪を揺らした。
自分はこれからどうすればいいのだろう。砂の地を見渡して、ブランシェットは考えていた。
逃げ続ける気も失せた。空虚な喪失感が胸にあった。
ブランシェットの手には銀の大きな容器があった。下部が膨れていて、上に蓋のある容器である。
ここに来るまでに、だいぶ時間がかかってしまった。
それまでの旅路を、ブランシェットは思い出していた。
不器用な町医者、不幸な生い立ちの女。果物を売る少年、ライアンと思しき男、青い瞳の犠牲者、刺客たち。
殺した一人ひとりの顔が浮かんでは消えた。
無力感にとらわれたまま、彼女はそこに立ち尽くした。
『死に場所を選べるのなら、俺は砂漠で死にたい』
その砂漠に今、ブランシェットはいた。
サラリ、と風が吹いて、ブランシェットの前髪を揺らした。ブランシェットは容器の中に手を突っ込むと、すぐにまた出して静かに拳を開いた。風に乗って灰がみるみる舞っていく。それも束の間、灰は砂と混じり、やがて同化していった。
ブランシェットは虚ろな目でその風と砂の行方を追い、やがて砂の地に目を馳せた。一面の砂の海。なんと美しく、壮大な景色だろう。
以前の自分では気がつかなかった無限の美しさが、そこにはあった。
見渡す限りの金色の砂。
延々と続く砂丘の数々。
風が吹くたび、風紋があらわれては消えていく。
オレストがかつて言ったあの言葉が浮かんだ。人間、死にたいと思ってる場所ではなかなか死ねないもんさ。特に俺達みたいな傭兵稼業はな。
本当にそうだな。オレスト。
腕に巻いた汚れた包帯がはたはたと揺れた。
胸を衝く、一面の砂原。
つ、と一筋の涙が頬を伝った。
が、それも乾いた肌に吸われ、すぐに消えた。
「ふ・・・」
涙か。このおれが。
ひゅう、と風が促すように吹く。ブランシェットは持っていた容器をそこへ無造作に放り投げた。
カラ・・・と蓋が取れて、中から灰があふれ出た。
よかったなオレスト・・・念願の砂漠だ
自分が死ぬときは清水につかって死にたいものだと思ったことがあった。どうやらその願いはかなえられるものではないらしい。いや、自分のような人間が、どうして死に場所を選べるものか。
ブランシェットは砂丘に背を向けて歩き出した。これからどこへ行くかなど、最早どうでもよかった。
カラ・・・ン・・・
ブランシェットを追うかのように、また容器が風に揺られて倒れ、中から黄色い石のついた指輪が出てきた。
ブランシェットの足跡はしばらくそこに残っていたが、やがて吹いた風に消されて、それも消えていった。
了