香編 part2:作戦
香は布団から起き上がると大きく背伸びをした。
窓から注ぐ太陽の光が眩しい。今日もいい天気だ。
昨日の夜、誠の家に泊めてもらい、客間で寝かせてもらった。
仏壇もあり、そこには誠の両親の写真があった。
香はその写真を見る。
誠の両親を初めて見た。
誠の両親がいないことは知っていた。いつか心を読み、口に出さず心の中に沈めた。
香はそっと写真に触れた。そして心を読んだ。
目を閉じ、写真立てから想いが流れ込まれる。
読み終えると、香はそっと微笑んだ。
「私は大丈夫ですよ。あの二人の幸せを、願ってください」
香は布団を片付け、居間へと足を運んだ。
居間にはすでに誠も湊も起きており、テーブルの上には三人分の朝食が並べてあった。おいしそうなご飯や味噌汁、焼き魚があった。
「あ、香さん。おはようございます」
「おはよう、香」
湊はキッチンで卵を焼いている。誠はソファに座ってテレビを見ていた。
「おはよう。おいしそうな朝食だね」
香はテーブルの前に座り、その上に置いてあった新聞を広げ読み始めた。
「なんかおもしろい番組あるか?」
誠が中を覗いて訊いてくる。
「誠、テレビ欄しか見てないでしょ。ちゃんと全部のページを見なさい。バカになるわよ」
「兄さんはすでにバカですよ」
最後の朝食の品を持ってきた湊が笑って言った。
「そっか。それもそうね」
「おいおい。なにそんなバカにしてんだよ」
そうやって楽しい朝を迎えた。
香は一度自宅に戻るといい、帰る準備を始めた。
客間で荷物の整理をする。湊も手伝い、今は二人だけだった。
そのとき、香が口を開いた。
「ねえ、湊ちゃん。湊ちゃんは、誠のこと好き?」
「え?」
湊の顔を一瞬で真っ赤になった。
それを見て香はクスッと笑った。心では大好きだと言っている。
「な、なんでそんなこと訊くんですか?」
湊が恥ずかしそうに言う。
「ごめん、ごめん。ちょっとね、二人はお似合いだと思ったから、応援したくなったの」
それを聞き、湊は頬を赤く染めうつむいた。
「あ、ありがとうございます」
「ううん、いいのよ。さて、あのバカはどこにいったかな」
香は立ち上がると、誠を探しにいった。
誠は居間で新聞を見ていた。もちろん、見ていたのはテレビ欄。
「誠」
香は誠の隣に座った。
「いい? 私が家に帰っている間に、湊ちゃんをデートに誘いなさい」
「え? なんだよ、いきなり」
「いいから誘いなさい。絶対よ。それより、今までにデートしたことある? 旅行とかさ」
誠はすぐに首を振った。
「いや、ない」
それを聞いて香は頭を抱える。
本当にバカだ。
「明後日一緒にデートしようっていうのよ。デートもしないカップルなんて聞いたことないわ」
香は立ち上がると、居間を出ようとした。
「またここに来るけど、それまでに済ませるのよ。あとでエスコートの仕方教えてあげるから」
香は軽く手を振ってその場を後にした。
香はキャリーバックを持ち、家へと歩いていく。
快晴と心地良い空の下、気分よく住宅街を進んでいく。
「誠、ちゃんと誘えたかな。ま、デートくらい誘えるわよね。そこまで誠は臆病じゃないし。帰ったらいろいろ教えないとね」
そこで香はふと立ち止まった。
それで、いいのかな?
自分はそれでいいのだろうか。誠と湊のために協力する。
そんなことして自分に何のメリットがあるのだろうか。
いや、そんなことはどうでもいい。あの2人にはお世話になった。
恩返しができれば、それでいいのではないか。
そう自分に言い聞かせ、香は再び歩き出した。
誠の家に戻ってくると、香はさっそく誠に状況を説明してもらおうと思った。
「誠いる?」
居間に足を運ぶが、そこに誠の姿は見当たらない。
いるのは湊だけだった。台所で夕食の準備をしている。
「湊ちゃん。誠はどこにいるか知ってる?」
「兄さん? 兄さんなら、多分二階の自分の部屋だと思いますよ」
そこでついでにあのことも訊こうと思った。
「ねえ、明後日どこか行く予定ある?」
「明後日ですか? いえ、どこにも」
そこで香は首をかしげた。
予定がない? どういうことだろうか。湊の心を読むが嘘を言っていない。
とうことは……。
香は少し怒りを抑え、誠の部屋に向かった。
わざとらしく足音を轟かせて階段を上がる。
「誠! どういうことよ!」
誠の部屋を勢いよく開け、香はドスドスと足音を立てて中に入った。
「うわっ! びっくりした。なんだ、帰ってたのか。ノックくらいしろよ」
誠はベッドの上で雑誌を読んでいた。
香もベッドの上に乗っかると、誠の首をぎゅっと締めた。
「なんでデートに誘ってないのよ。ちゃんと言ったでしょうが~」
香の表情は怒りで満ち溢れていた。
それが手にも現れ、誠は苦しそうだった。
「だ、だって、言おうとしたけど……緊張して……」
「妹にいうのに何で緊張するのよ!」
「だって、妹というか恋人と思っているほうが強いし……」
「あんたね~」
そこで香は気づいた。
誠がさっきまで見ていた雑誌にはデートスポットの紹介をしていた。これで勉強していたようだ。
香は誠の首を締めていた手を緩め、雑誌に手を伸ばした。
「なんだ、ちゃんと考えてるじゃない」
誠は首をさすって雑誌を覗き込んだ。
「ああ、いろいろ見たけど、どこがいいのかわかんなくて」
香はぱらぱらと捲って見ていく。
ここからじゃちょっと遠いところばかりだ。いいところは大抵そうだが。
「まずは誘わないと意味ないでしょ。ほら、今行ってきなさい」
「ええ? そんな、まだ心の準備が……」
「大丈夫。さっき湊ちゃんの心読んだけど、湊ちゃんもどこか行きたがってたよ。今がチャンスだから、頑張ってきなさい」
「そ、そうか。よし!」
誠は気合いを入れて立ち上がると一階へと降りていった。
「まったく」
香はふっと息を吐き、再び雑誌に目をやった。
どこも楽しそうな場所ばかりだった。恋人たちが幸せそうに笑い、楽しんでいる写真が載せてある。
自分もこんなふうに楽しみたかった。今度誠と一緒に行くのもいいかもしれない。
そこで香はふと思った。
どうして誠と行きたいと思ったのだろうか。
どこかに行きたい、誰かと楽しみたい、そう思えば誠を思い出してしまう。
もしかして、まだ自分は諦めていないのだろうか……。
香は首を振った。
いや、もう未練はない。
誠のことは振り切った。誠の好きな人は湊である。
自分は仲の良い友達。それ以上でも、それ以下でもない。それでいいのだ。
「さて、どこがいいか見つけるかな」
香は気合いを入れてページを捲っていく。
しかし、どこか寂しい感じは、薄々している自分がいた。