泉編 part4:計画
泉がバイトを始めて二週間。
金曜日、泉は店長から給料を貰った。
「はい、お疲れ様。今週も頑張ったわね。これからも頑張って欲しいけど、また働きたくなったら来てね」
「は、はい。お、お世話になりました」
泉は丁寧に頭を下げ、店長から茶袋に入った給料を貰った。
「そういえば、泉ちゃんはどうしてバイトを始めたの?」
「あ、そ、それは……」
泉は頬を赤く染めると、そっと呟いた。
「た、大切な人を……よ、喜ばせるため……」
その言葉で店長は満面の笑顔になり、泉の肩に手を置いた。
「頑張って。応援してるから」
「あ、ありがとうございます……」
泉は深く頭を下げると、自分の家に戻っていった。
小屋に着くと、泉は改めて給料を見た。
封筒の中には二週間働いた分の6万円。一万円札が6枚もあった。
しょうじき、こんな大金を見たことなかった。
「こ、こんなに……」
泉は嬉しく思えた。一生懸命働いた甲斐があった。
これなら十分に日曜日は楽しむことができる。なにより、誠は喜んでくれるはず。
泉はお金を封筒の中に入れ、布団の下に大切にしまった。
「が、頑張るぞ……」
今ようやくスタートラインに立ったのだ。大切なのはこれから。
泉は日記を取り出すと、計画表を書き始めた。
土曜日。
とうとう約束の日は明日へと迫った。今日はやることがたくさんある。
泉は早く起き、朝食を終え、小屋の掃除を終えると準備に取り掛かった。
まずは昨日の夜書いた計画表を確認する。
我ながら完璧な内容だった。あとはそのための準備。
まず思ったのは、着ていく服だ。
誠からいろいろ服は買ってもらっている。しかし、余所行きの服はない。
バイトで稼いだお金で服を買うことにした。
それならバックもあったほうがいいだろう。おしゃれをするならあったほうがいい。
そして、忘れてはいけないのはレストランである。
泉は携帯を取り出すと、さっそく予約の電話をかけた。
明日の夜6時に予約が取れた。席は窓側と絶好の場所だ。
ディナーはできるだけ豪華なものがいい。服やバックを買うお金や、ディナーのあとのホテル代を考えるなら、4万円までのコースがいいだろう。
泉は2万円のコース二人分を予約した。
料金は振り込み式で、今から言う住所のところに郵便で送るのだ。
キャンセル料金は取らないが、一度予約した料金は戻らないようだ。
泉は携帯を閉じると、封筒の6万円を抜き取って出かける準備に入った。
泉は商店街に向かった。
休日だから人の数は多い。いろんなお店は人で溢れ、ざわざわとした声が聞こえる。
泉はまず郵便局でお金を振り込んだ。やり方がわからず、苦労したが人にきいて何とかできた。
今の所持金は、さっき4万円払ったので、残金2万円となった。
いっきに無くなり、少し虚しい気持ちになった。
ディナーのあとのホテル代、誠に買うプレゼントのために使うお金を考えると、残り5千円くらいしか使えない。
泉は残りのお金で買い物を始めた。
次は服を買うことにした。
高級レストランに行くのだから、綺麗な服を着たい。
お金は少ないが、良い物はないだろうか。
「誠くん、どんなのが喜ぶのかな……」
泉はいろいろな服を見るが、どれがいいのかわからず迷っていた。
すると、店員が話し掛けてきた。
「お探し物はなんですか?」
「え? えと、あの……」
泉はつい緊張してしまい、言葉がつかえてしまった。言いたいが声が出ない。
「どこかお出かけになるのですか?」
店員の言葉に泉はコクッとうなずいた。
「余所行きの服をお探しですね。それなら、これはいかかでしょう」
店員は紹介したのは白い清楚なワンピースだった。
女らしさをアピールするスカート。綺麗な白にさらさらとした生地が魅力的だった。
レストランにいくなら文句なかった。その上に上着をはおり、さらに可愛くなる。
「今人気のある商品で、着心地が良く、素材がいいので、デートにはぴったりですよ」
店員の丁寧な言葉で、軽くうなずいた。
確かに可愛く、誠は喜んでくれそうだった。値段も3千円とおてごろ。
泉は納得するとすぐに決めた。
「こ、これ、ください……」
「はい。ありがとうございます」
服を買った泉は、次はバックを買った。
服に似合うように、白い肩掛け用のバックで、安いものだ。
ついでに財布も買い、買いたいものは揃った。
「これで、いいかな……」
泉はレストランで軽食を摂っていた。そこで買ったものを見る。
必要なものは揃った。5千円以内に収まり、金銭問題はない。
あとは、明日どれだけ誠を喜ばせることができるか、その力量次第である。
「よ、よし……」
泉は強くうなずくと、再度計画の確認を行った。
小屋に戻ったときは陽が暮れようとしていた。
泉は余ったお金を持ち、温泉に入りに行った。
入念に体を綺麗にし、長くさらさらとした髪を優しく洗う。
明日はデートなのだから綺麗にしなくては。
泉は体を綺麗にすると、湯船に入って体を温めた。
ふと窓から見える夜空を眺めた。
月の光が眩しく、周りは満面の輝く星がある。明日は晴れだとわかった。
「誠くん、喜んでくれるよね……」
これまで本当に誠にはお世話になった。それは大きく実感している。
疲れるだろう、面倒だろう、嫌がっているだろう、そんなことをずっと思っていた。
でも、誠はそんなことはなかった。
毎日会いに来てくれて、明るく元気を与える笑顔を見せ、自分が寂しがらないようにそばに居てくれる。
それが温かくて、安心できて、嬉しくて、胸が締め付けられて……。
泉はぎゅっと手を胸の前にやった。
そのとき、一筋の涙が泉の頬を伝った。
情けなかった。今思い返せば、自分は誠に何もしていない。何一つ、恩返しをしていない。
甘えてばかりで、迷惑かけて、世話を焼かせて……。
改めて思う、今まで自分は何をしていたのだろう。
泉はふっと息を吐き、明るく照らす月を見上げた。
「明日は、頑張るから……」
そう心に誓った。全てを、誠のために……。
小屋に戻った泉は、携帯にメールが届いているのに気づいた。
相手は誠からで、明日の午前は用事があるとのことで、デートは午後からにしてほしいそうだ。
泉は、わかった、と返事を送ると、計画表を広げ、明日のデートをどう成功させるか作戦を練ることにした。
「が、頑張る……」
泉は気合いを入れ、携帯で情報を収集し、そこで何をするかなど検討していった。