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瞳編 part5:逃走

 月が照らす暗い中、瞳は一人で歩き続けていた。


さっきから父親が雇った輩に出くわしたり、捕まりそうになったが、何とか撒くことができた。


しかし、その代償で疲労は溜まり、息が上がってもう走れない。


「はぁ……はぁ……」


 瞳は壁に手を着いて休息を摂る。


すでに日が暮れているのに安らげる場所が見つからない。


宿を探すにも、適当に逃げ回っていたせいで、ここがどこだか検討もつかない。


電柱の蛍光灯が不気味に照らし、闇の中に包まれた居心地だ。


「どうしよう……」


 さすがにこの状況に不安が募ってきた。


行くあてもなく、寝床も確保できず、食事も摂っておらず、正直身体的にも精神的にもまいってきている。


 瞳はその場に座り込むと、体育座りをして、顔を覆い隠した。


もう限界だった。それに寂しさが自分を襲った。帰りたいとも思ってきた。


やはり、一人では何もできなかった……。


「湊……」


 湊の下に行きたいとこれほど願ったことはなかった。


いつも一緒で、楽しく笑って、癒されて、ずっと仲良くしていた。


湊のおかげで、どれほど救われたことか。数えたら切りが無い。こんな状況なら、湊はすぐに助けてくれるだろう。


そして、その優しい兄も……。


 静寂に包まれた空間の中で、自分の息遣いが嫌というほど耳に響く。


それが不気味に感じ、だんだんと心臓の音が大きく、そしてはっきりと聞こえ出した。


 そのとき、瞳のポケットから携帯が鳴りだした。


一瞬体をびくつかせた瞳は、そっと取り出し耳元にやった。


「も、もしもし……」


「あ、瞳か? 俺だ、誠だ」


「え?……お兄さん?」


「今どこにいるんだ? どっかのホテルか?」


「う、ううん。よくわからないけど、今路上に座ってます……」


「わかった。今からそこに行くから、ちょっと待ってろ」


「は、はい……」


 瞳は周辺の目印や目に付きそうな物をあげ、誠は場所を理解すると携帯を切った。


 そのあとはまた静寂が戻った。


でも、瞳はさっきまで抱いていた恐怖も寂しさも消えていた。


 今から誠が来る。それだけで、もう安心感で溢れていた。


いつもだらしなく、ぐうたらで、どこか気の抜けた先輩だが、いざとなると発揮するその逞しさに、つい期待して頼ってしまう。


それほど、自分は誠という男に信頼を置いていた。


「お兄さん……」


 ぽつりと呟いてみる。そのときだ。


「何だよ」


 ハッとした瞳は顔を上げる。そこには手に膝を着いてこっちを見ている誠がいた。


「まったく、こんなところにいやがって。ほら、いつまでもそこにいたら風邪引くぞ」


 そういって誠はそっと手を差し出す。その手を掴み、呆然としていた瞳は起き上がった。


「あ、あの、お兄さん。どうして……」


「ああ、説明はあと。それより、まずはここから逃げた方がいい。さっき怪しいやつらがいたからな」


 誠はそういうと歩き出す。しかし、瞳はまだそこに突っ立っていた。


「ん? おい、どうしたんだ。早く来いよ」


「え? あ、はい」


 瞳は走って誠に追いつき、隣を歩いていった。


 二人は何とか誰にも見つからず駅前に来た。


辺りを見渡すがこの時間に人は誰もいない。駅員が掃除をしているだけだった。


「お兄さん。駅に来てどうするんですか?」


 瞳が後ろから問いかける。誠は影から誰かいないかを警戒しながら答えた。


「ん、決まってるだろ。この街を出るんだ」


「え?」


「やるからには本気で逃げるぞ。捕まってたまるか」


「で、でも、いいんですか?」


「何が?」


「だって、迷惑じゃ――」


「気にすんな。俺たち友達だろ。友達が困ってんのに、放っておくバカはいないだろ」


 瞳はジト目で睨んだ。


「……さっきまではあんなこと言ったのに」


「ん? なんだ?」


 誠がこっちを振り向くと、パッと笑顔に戻った。


「あ、いえ、ありがとうございます」


「よし、それじゃ、行くぞ」


 二人はこそこそ歩きながら駅に入り、隣町行きの切符を買うと、中のプラスチック制のベンチに座った。


そして数十分して列車が到着し、二人は向かい合って席に座った。


遅い時間なので、中は二人だけだった。貸し切りのように感じられ、少し優越感に浸った。


 それから数十分して、隣町に到着。


ここは誠たちが住んでいる街と違い、田舎のような感じで、周りは自然で囲まれている。


でも、そこから少し歩けば、ホテルくらいは見つかる。


「一先ず、もう遅いから、どこかのホテルに泊まるか」


「そうですね。それじゃ、行きましょ」


 そこで誠は頬を掻きながら言った。


「ああ、その、瞳さん。申し訳ないのだが、その……ホテル代、貸してくれないでしょうか?」


「え?」


「さっきの切符代で、もう残り少なくて……」


 そこで瞳はクスクスと笑った。


「お兄さんらしいですね。いいですよ。カードで払いますから」


「ありがとう。恩に着る」


 そして二人は楽しそうに笑いながら、明るく歩いていった。


 しかし、二人は困難に巻き込まれた。


「カードが使えない?」


 瞳が怪訝そうな顔でホテルマンに問い掛ける。


「はい。このカードは只今使用不可となっています。申し訳ありませんが」


「じゃ、他のカードは?」


「全てダメでした……」


 そこで瞳はぎゅっと拳を握る。その様子を見て、誠は瞳の肩に手を置いた。


「……仕方ないよ、瞳。ほら、行こうぜ」


 瞳は悔しそうにしながら、とぼとぼとホテルから出て行った。


 二人は公園のベンチで、コンビニで買ったおにぎりやパンを食べていた。


たくさん買いたかったが、誠のお金は底が着き、瞳はほとんどカードで払っており、硬貨や札はあまりなかった。


「すみません、お兄さん。お父様のせいで……」


 カードを使用不可にしたのは瞳の父親のせいだろう。使えなくして、遠くにいけなくしたに違いない。


「いいよ、別に。あんな高級ホテルより、公園で野宿の方がドキドキするぜ」


 誠はベンチに横になって仰向けになる。


「ふふ。そうですね。お兄さんらしいです」


 瞳も一緒になって仰向けになる。


 目の前の夜空には幾千もの星が輝いていた。キラキラと煌き、まるで宝石のように瞬いていた。


「綺麗ですね。こんなの、初めて見ました……」


「ああ、本当に……」


 すると、瞳はぶるっと体を震わせ、肩を擦った。


「寒いのか?」


「いえ、大丈夫です」


 瞳は強がって笑顔を見せる。


無理も無い。今の季節は春といってもまだ寒い時期だ。昼は温かいが、夜はさすがに堪える。


 誠は起き上がると、辺りを見渡す。すると、草原の中にダンボールを見つけた。


「瞳、場所移動だ」


「え?」


 二人はそのダンボールの上に横になった。誠は上着を脱ぐと、瞳の上に被せた。


「え、お兄さんは寒くないんですか?」


「俺は熱いからいいよ。いや~、涼しくて丁度いい」


 しかし、誠はおもいっきりくしゃみをした。すると、瞳はそっと誠の上着を誠にも被せ、そしてぎゅっとくっついて来た。


「こうすれば少しは温かいですよね」


「え? あ、ああ、そうだな……」


 誠は少し瞳から顔を背けた。


自分には湊がいるが、やはり多少は照れてしまう。ぎゅっと腕を掴まれ、温もりを感じ、顔が熱くなる。


 瞳も同じように、頬を紅潮させ、少しドキドキしていた。


「あ、あの、お兄さん……」


「な、なに?」


「……どうして、助けに来たんですか?」


「え?」


「これは親子の問題って言いましたよね。だから、もう助けてくれないと思いまして……」


 誠は小さく笑って答えた。


「湊がな、親友を助けてって」


「え?」


「自分は親友に救われた。何度も助けられた。感謝をしてもしきれないくらい。だから、今度は自分が恩返しをしたいって。でも、自分にそんな力がなく、ただ話を聞いたり、祈るくらいしかできない。だから、代わりに助けてあげてって」


「湊がそんなことを……」


「だから、俺も全力でお前を助ける。もちろん、俺もお前を親友だと思ってるぞ」


「……ありがとう……ございます」


 瞳はぎゅっと手に力を込め、誠の腕を握り締める。


すごく嬉しく、そして安心でき、涙が出るほど救われた気持ちになった。


こんなにも頼りになり、心配してくれる親友たちがいて、本当に幸せだった。


 瞳は目じりを拭うと、そっと口を開いた。


「お兄さん。まだ話してませんでしたが、本当のことを言います」


 誠は黙ったまま耳を傾けた。


「私が本当に嫌なのは、塾でも、家庭教師でも、部活のことでもないんです。本当は……」


 瞳はふっと一息吐き、そして意を決して行った。


「私……政略結婚させられそうなんです」


 瞳は手に込める力を強くし、顔うずめながら続けた。


「今お父さんの会社の経営が厳しいそうで、早く対処しないと危ない状況だそうです。そこで、お父さんと親密な会社の社長の子供と結婚させ、規模をもっと大きくしようと考えたそうです」


 瞳は涙を流し、嗚咽を漏らした。


「私は、それが嫌で逃げ出したんです。好きでもない、よく知らない、そんな人が結婚相手なんて、考えられなくて……。自分の人生は、ここで全て終わって、何もかも失いそうで……すごく怖くて……。だから、必死に抵抗したんですが……」


 瞳は少し口調を強めた。


「今……湊とお兄さんが羨ましいです……。二人は愛し合って……結婚の約束までして……すごく仲良しで……。本当に、私の理想とそっくりで……。ずっと、私は二人に憧れて……。私も、いつかこんな恋愛を……したいって思ってました……。政略結婚の話を聞いたときは、すごく落ち込みました……。もう、今まで積み上げてきたものが……壊れていきそうで……」


 瞳は唇を噛みながら、力いっぱい誠の服を掴んだ。


「私、ずっと嫌でした……。麻生という名前が、すごく憎かったです……。周りからはお金持ちだから羨ましいとか言われますが……現実は厳しく、礼儀作法や伝統、麻生家の仕来りなど、毎日この名前に苦しまれてきました……。でも、私も一生懸命頑張りました……。したいことも、友達と遊ぶこともあまりできず……習い事やお稽古に精を出しました。いつか、言うとおりにすれば幸せになれると……信じていたから……。でも、最後は知らない人に嫁いで地獄を味わうなんて……。私は、もっと普通に過ごしたかった……。もっと、みんなとたくさんの思い出を作りたかった!」


 瞳は溢れ出てくる涙を流しながら、悔しそうに目を瞑った。


「もう……嫌です……。もう苦しみたくない……。もうお金も、名誉も、地位もいらない! 私が欲しいのは……大好きな友達だけです……」


 瞳は顔をうずめると声を上げて泣き出した。


 誠は瞳の方に振り向くと、ただ黙って抱きしめることしかできなかった。


 瞳がここまで取り乱すところを見たことなかった。


いつも元気で、無邪気に笑って、楽しそうに一緒にいた瞳が、こんなになるまで追い詰められていたなんて……。


 あんなに強い瞳が、初めて打ち明かした本音。


瞳の気持ちが痛いほど伝わり、誠はどうにかして助けたいと思った。


 そんな苦しみを味わった人たちを、何人も見てきたから……。


 誠はふと笑みを浮かべ、優しく頭を撫でて癒した。


「瞳……。大丈夫だから。もう、苦しむ必要はない。もう、お前は一人じゃないんだからな……」


「……はい」


「結婚のことは湊から聞いた。俺の方こそ、無責任なこと言って、追い出して悪かったな」


「いえ、そんな……」


「もう大丈夫だから。心配するな。もう泣く必要はないから。……今はゆっくりと休め」


「……はい……」


 瞳は目を閉じ、安らかに、その温もりを感じながら眠った。


何が大丈夫で、心配する必要がないのかわからないが、その言葉はどことなく力を感じ、嫌でも安心感を与えた。


無理なことが、本当に解決できそうで、心から安堵できた。


湊は……本当に素敵な兄と恋人を手に入れた。


 誠は瞳を包みながら、考え込んでいた。


瞳は思ったより華奢で、本当に小さな体をしていた。


それでも、内に秘めている心はとてつもなく大きく、そして優しさに溢れていた。


愚痴もこぼさず、周りに迷惑をかけない瞳が、初めて自分たちを頼った。


それほど追い込まれ、自分の限界を感じていたのだろう。


それは嬉しいことだった。それほど自分たちを信頼してくれている証なのだ。


その期待に、答えてあげたいと思った。


 誠は決意した。


この首が飛んでも、瞳だけは守ろうと。どんな手を使っても、瞳の父親の想い通りにはさせない。


たとえ、湊を裏切ることになっても……。

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