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瞳編 part4:親友

 瞳が出て行き数時間が経った。


辺りは暗くなり始め、だんだんと太陽が沈んでいく。


 誠はソファからそっと起き出した。


いつのまにか横になり寝ていたようだ。時計を確認すると四時間くらい過ぎている。


 目を擦ったまま、そっと辺りを見回したが、湊の姿が見当たらない。


まだ自分の部屋に閉じこもっているのだろうか。


 誠はだるくなった腰を上げ、少し後ろめたさがあったが居間を後にした。


 二階に上がり、自室の向かい側の湊の部屋の前に立つ。一瞬躊躇ったが、そっとノックした。


「湊、いるか?」


 中からの反応はない。誠はそっとドアノブを捻り、中の様子を覗いた。


「湊?」


 湊はベッドの上でうつ伏せになりながら寝ていた。


手元のシーツは皺ができており、枕は目元の部分だけ濡れている。


 誠は風邪を引かないようにそっと毛布をかけてやった。そして隣に腰掛け、そっと頭を撫でる。


 湊に、昔の自分なら助けた、と言われたことを思い出した。自分は変わってしまったのだろうか。


でも、これだけは仕方ないはずだ。親子の問題であり、他者が口出ししてもどうにもならない。


友達である瞳には、助けを求めているのなら、自分ができることなら何でもする。でも、こればかりはどうしようもなかった。


 誠はそっと湊の顔を覗いた。


 確かに湊には悪いことはした。親友であり、自分たちを助けてくれた恩人に対し、きつい対応をしてしまったと思う。


でも、本当に瞳のことを思うなら、これが正しい答えだと、自分は思う。


 そのとき湊の目がゆっくりと開き、むくっと起き出した。


「あれ? 兄さん……」


「おはよ、湊。つっても、まだ夕方だけどな」


 湊は時間を確認し、そして誠に向き直った。


「……兄さん、さっきは……ごめんなさい。ちょっと、言い過ぎた……」


 誠はそっと湊の肩に手を置き、自分に寄り添わせた。


「いや、いいよ。俺の方こそ、少しきつかったかもしれない。瞳のことを考えれば、もう少し優しくできたかもな」


 湊はそっと誠の胸に顔をうずめた。そして服をぎゅっと握り締める。


「湊?」


「……兄さん。兄さんなら、瞳のためにどこまでやれる?」


「え?」


「私の親友のためなら、どんなことでもする?」


「どんなことって言われても……。ま、できることならやるさ。それも瞳なら、尚更な」


 その答えに、湊はコクッとうなずいた。


「兄さんには話してなかったよね。……私と、瞳の出会い」


「え?」


 湊はそっと思い出しながら語り始めた。




 二人が始めて会ったのは、桜楼学園中等部一年生のころだ。


 湊は誠と同じ学園に進学したく受験し、余裕の成績で合格できた。


しかし、ここには小学校で仲良くしていた友人はおろか、運悪くクラスには同じ小学校出身の生徒は一人もいなかった。


 入学式が終わり、教室にいる間、湊は誰とも話さず、ずっと机に座り、ぽつんとしていた。


 できれば、誰かと話をして友達を作りたい。でも、そんな勇気はなかった。


引っ込み思案で、上がり症で、人見知りの激しい自分には、到底無理なことだった。


誠に頼りたいが、学年が一つ上で、知らない先輩に会うことになるのは怖い。会いに行く手段はなく、お昼を一緒にするくらいだった。


 それから一週間くらいはずっと一人で、なかなか友達はできなかった。


すでにみんな友達ができ、自分に合ったグループができ始めているが、未だに自分は誰一人として会話をしていなかった。


 昼休みは誠と一緒に食べているが、誠は実は他の人に誘われても断り、わざわざ一緒にいてくれているのだ。


少し申し訳なかったが、今の自分には優しい兄しかおらず、この時間だけは安心できた。


そしてクラスでのことを聞いてくれて、友達を作るアドバイスもしてくれた。


「そんなときは、一発芸でもして、みんなに印象づければいいぞ。漫才とかギャグとか」


「そ、そんなことできないよ~」


 湊が激しく手を振って否定する。


「それなら、わざと朝食抜いて、授業中に腹を鳴らすとか」


「は、恥ずかしいよ~」


 湊の顔が真っ赤になっていく。


「じゃあ、最後の手段。先生に当てられたら、『先生、そこちゃうよ。もっとこうっしょ。やってられんわ~』みたいにやればバッチリだ。みんな爆笑。湊にも友達ができて一件落着!」


「真面目に考えてよ~」


 湊の目に涙が浮かび始めていた。


「う~ん。じゃあ、これだな。話し掛けられたら、友達になって、と言え。これで友達だ」


「……うん。それなら、なんとかできそう……」


 しかし、その勇気も出せず、進展はなかった。


このままでは、自分は一人になってしまう。そんな恐怖に陥り、ますます縮こまってしまっていた。


 だが、一人の女子生徒に、湊は出会った。


 それは授業中のことだった。


湊は学校にいても友達と会話をせず、休み時間は予習ばかりしているので、幾らか勉強は優秀になっており、板書してある問題は何でもできた。


 そんなとき、隣の女子生徒が問題を当てられた。


「麻生瞳さん。この問題を答えてください」


「え? あ、はい!」


 当てられた女子生徒はガタッと席を立った。


 湊はチラッと隣の生徒を見た。


少し、いやけっこう背の低い女の子で、長い髪をポニーテールでまとめ、とても可愛らしい生徒がそこにいた。


 少し慌てた様子で教科書から答えを探すが、なかなか見つからないようだ。


「麻生さん。この問題わかりませんか?」


「あ、いえ、ちょっと待ってください」


 麻生さん? 


湊はその名前を覚えてしまった。とても印象的で、話しやすそうで、友達になりたいと思った。


 でも、麻生さんとは、噂では確かこの街で一番というほどのお金持ちと聞いたことがある。


お嬢様らしく、とても自分と友達なんかにはなれないと思い、何度も話し掛けようとしたが諦めたことを覚えている。


「え、えと、ええと……」


 瞳は頭を抱える。そのとき、湊はそっとノートの端に答えを書き、瞳が見えるようにずらした。


 そのとき、瞳が小さく声を上げ、すぐにその答えを言った。


そしてふっと息を吐いて席に着くと、チラッとこっちを向き、ノートに走り書きをした。


『ありがとう』


 それを見た湊は、そっと顔を上げて瞳を見る。


湊を見て、瞳は可愛らしくニコッと微笑んだ。


 その笑顔に癒され、湊も心から笑顔を見せる。


このときが、恐怖をなくした瞬間だった。


 しかし、仲良くなったと思ったが、瞳と会話をする機会はなかった。


休み時間になっても、瞳は他の友達と話し、自分とはまだ一度もしていない。


 湊はまた一人になった。


 ある日の放課後。


湊は自宅に帰る途中だった。


「あっ」


 湊の目の前には大きなリムジンが停まっていた。黒く光る光沢が眩しかった。


その隣には、あの麻生瞳がいた。運転手と何かもめているようだ。


「だから、お迎えはいらないって言ってるでしょ! お父様の指示でもしなくていいの!」


「しかし、万が一瞳お嬢様の身に何かあったら……」


「いいの! 子供扱いしないで! 一人で帰れるの!」


「しかし、今日だけは、お願いします」


「いや! これから用事があるの!」


「用事、とは何ですか?」


「そ、それは……」


 瞳が困った表情で考え込む。そのとき湊と目が合った。


「あっ」


「え?」


 すると、瞳は全力で走って湊の下に行き手を掴んだ。


「私、今からこの子と遊ぶの。それが用事だから、もう帰って」


 そういって瞳は湊を強引に連れてその場から離れていった。


 一緒に歩き、あの運転手から逃れると、瞳から話し掛けてきた。


「ごめんね、急に」


「う、ううん。いいよ……」


「そういえば、まだ自己紹介してなかったね。私は麻生瞳っていうの。瞳でいいよ。ていうか、瞳って呼んで」


 麻生という名前は嫌いなのだろうか。瞳という部分を強調していた。


「わ、私は、し、清水……湊……」


「湊ね。かわいい名前ね。これからよろしくね」


「う、うん。その……あのね……」


「ん? なに?」


 瞳が湊の顔を覗いてくる。湊は少し顔を赤くしながら、勇気を出して言った。


「と……」


「と?」


「……友達に、なってくれない……かな?」


 湊はぎゅっと目を瞑り返事を待つ。そのとき、瞳が湊の手を握ってきた。


「え?」


 湊はきょとんとしながら瞳を見る。瞳は湊を見ながらニコッと笑みを浮かべた。


「当たり前じゃない。これから、ずっと一緒だよ」


「……うん!」


 湊は元気良く、そして嬉しい気持ちを溢れ出しながらうなずいた。


「それじゃ、私たち親友だね」


「親友?」


 湊は少し疑問になりながら聞き返す。


「そう。私たちは親友。一番の友達だからね」


「うん。ありがとう」


 二人は笑い合った。出会えたこと、巡り合えたこと、勇気を出せたことが生んだ、最高の親友を手に入れた瞬間だった。


 それからは、瞳はずっと湊と一緒だった。


休み時間になっても、親しかった友達の下には行かず、湊と二人だけで話し、昼食も一緒に食べ、登下校も一緒だった。


 誠にも紹介し、ずっと一緒にいてくれ、と言われていた。その言葉に瞳ははっきりとうなずく。


 そのときは、本当に嬉しかった。




 話し終え、湊はそっと目じりに浮かんだ涙を拭いた。


「もし瞳に出会えてなかったら、私はずっと一人だった……。こうして学校に行けるのも、元気でいられるのも、兄さんと付き合っていることも、全部瞳のおかげだと思ってる……。私を助けてくれた、たった一人の最高の親友なの……。だから、どうしても助けたかった……。瞳の力になりたかった!」


「湊……」


 湊は手で顔を覆って続けた。


「今、瞳はすごく困ってるの……。助けを求めてるの……。少しでも、恩返しをしたかった……。私は、私は……」


 湊は嗚咽を漏らしながら言った。


「……親友を、助けたい……」


 誠は湊を引き寄せ、すっと優しく包み込むように抱きしめた。


「わかったよ、湊。……俺が、瞳を助けてやる。恋人の親友は自分も親友だ。親友が困ってるなら、助けてやらないとな」


「兄さん……」


「まかせろ。絶対、安心させて、瞳を笑わせてやるから」


「うん……」


 すると、湊はそっと誠を離し、見つめながら口を開いた。


「ねえ、兄さん。よく聞いて。本当は、瞳には口止めされてたけど……もう言うね。実はね、瞳が嫌がっているのは、塾でも、家庭教師でも、部活のことでもないの」


「え? どういうことだよ」


「本当はね……」


 湊の口から誠は重大なことを聞いた。


そして自分が軽率だったことに腹が立った。


あいつは、そんなこと一言も言っていなかったのに……。


 誠は立ち上がった。そして自分の部屋で仕度をすると、闇の中を走り出した。

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