表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/36

瞳編 part2:宣言

 次の日の朝。


誠は何度も欠伸を噛み締めていた。


それとは違い、瞳は上機嫌で朝食を食べている。


「兄さん、どうしたの? さっきから欠伸ばっかだよ」


 隣に座っている湊が問い掛ける。


「ああ、昨日寝床を襲われて、寒くてなかなか寝付けなくて……」


 そこで誠はまた欠伸をする。それを見て瞳はクスクスと笑う。


湊は首をかしげることしかできなかった。


 朝食を終え、誠と瞳は昨日話し合った通り、瞳の父親の元に向かう準備を始めた。


「それじゃ、行ってくるね」


「うん。頑張ってね」


 湊と瞳が手を振り会う。


瞳の隣で誠は緊張した面目で立っていた。


自分の上司のところにいくのだ。それも遥か雲の上の存在である社長。どうしても緊張してしまう。


 瞳は誠の手を取ると、玄関を出た。


湊はその姿を見届け、やれやれといった感じで息を吐く。


「兄さんで大丈夫かな?」




 二人は瞳の自宅へと向かう。


今日瞳の父親である、麻生聖司は休みだそうだ。


瞳は余裕の表情で歩いていく。誠はぎこちない足取りだった。


「大丈夫ですか、お兄さん?」


「大丈夫なわけないだろ。クビになんないかな~」


「大丈夫ですよ。クビになったら、私が何とかします」


 その自信はどこからくるのだろうか。誠はずっとびくびくしていた。


 誠の家から数十分で、瞳の自宅へと着いた。目の前には大きな豪邸が建っていた。


何百坪という大豪邸で、中庭に噴水まである。その先にそびえ立つお屋敷は左右対称のシンメトリーで、お金持ちという雰囲気を出していた。


 誠は何回か訪れたことがあるが、何回見ても驚きを隠せなかった。


 瞳はインターフォンを押し「私」というと門が自動で開いた。


「さ、いこ」


 瞳が中に足を踏み入れる。誠は言われたとおり、後ろを着いていった。


 屋敷に入ると、お年を感じさせる執事らしき人が駆け寄ってきて、胸に手を添えながら頭を下げた。


「お帰りなさいませ、瞳様。聖司様がお待ちです」


 瞳は「やっぱり」と小さく漏らす。そして後ろを振り返り、誠を見た。


「ずっと私のそばにいてね。……何があっても」


 瞳の目には冗談ではない力が入っていた。誠は覚悟を決めるとコクッとうなずいた。


「それじゃ、いきましょ……」


 瞳は奥へと歩き出した。


 瞳の父親の聖司は三階の奥の部屋にいる。自室でもあり、仕事部屋でもある。


瞳はその前で立ち止まると、軽くノックをした。


コンコン


「誰だ?」


 中から少し苛立ちのこもった声が聞こえた。


それに動じず、瞳は「わたし」と答えると、中に入るようにといわれた。


 瞳は誠に「いくよ」と一声かけ、ドアを開けた。


 中に入ると、目の前のデスクに聖司は座っていた。ずっしりと座り、剣幕な表情で二人を睨む。


それだけで誠はその場から逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。


 口を開いたのは、聖司からだった。


「瞳。いったいどこに行ってたんだ。心配したんだぞ」


 聖司は立ち上がると、二人の前に立つ。瞳はぎゅっと口を閉ざしていた。


聖司は誠に気づいた。


「これはこれは、清水誠くん。大きくなったね。我が社に入社おめでとう」


 優しそうな笑顔で、聖司は誠の肩に手を置いた。


「い、いえ、僕のような出来損ないを入社していただき、本当にありがとうございます」


 誠はぎこりない言葉で丁寧に頭を下げる。


「そんなにかしこまる必要も、自分を下に見る必要もないぞ。君には期待している。最初はいろいろと慣れるまで戸惑うと思うが、一生懸命頑張りたまえ」


「は、はい」


 誠との挨拶が済み、そこで瞳が口を開いた。


「お父様、話があるのですが、よろしいですか?」


 聖司は瞳に向き直る。


「なんだね。勉強したくないから、家庭教師も塾も必要ないと? 子供はわがままをいえばいいというわけではない。親のいうことを聞いて、立派な大人に成長するべきだ」


 聖司はふかふかのソファに座る。そして二人も座るようにうながした。


瞳は聖司の目の前に、誠は瞳の隣に座った。


「それもあるのですが、一つ大事な報告があります」


「ん? なんだね」


 すると、瞳が誠の腕を掴み、ぎゅっと抱きしめ寄り添ってきた。


「私、この人と結婚します」


「……え?」


 誠は状況が読めず、顔をゆがめる。聖司の表情もだんだんと変わっていった。


 瞳は誠の腕を抱きしめながら、じっと聖司を睨みつけていた。聖司は手すりに肘をつきながら口を開いた。


「どういうことかな、誠くん。入社を許しても、娘との結婚は許してないぞ」


「え? あ、いや、僕にもなんだか……」


 誠は頭を擦りながら苦笑いを浮かべる。瞳は動じず続ける。


「私、今誠くんと付き合ってるの。結婚を前提にお付き合いしてるし、昨日だって、彼の家に泊まったわ」


 瞳は堂々と話す。聖司に表情がだんだんと曇り始めた。


「それは、本当なのか?」


 誠に問い掛ける。


「え、あ、はい。でも、湊も一緒ですし」


 誠は愛想笑いを浮かべる。


これ以上刺激するな。本当に首が飛ぶ……。


「泊まっただけじゃないわ。夜は一緒に寝たのよ」


 そこで誠の心の中で何かにひびが入った。


いってはいけないことを……。


 聖司の拳はぶるぶると震えていた。


「そういうわけだから、しばらく誠くんの家で暮らす。戻ってきて欲しいなら……あの話しは全てなかったことにして」


 瞳は立ち上がると、誠の手を引っ張って、部屋から出て行った。


聖司は未だにソファに座り、じっと前を向いていた。


 二人は瞳の部屋にいた。瞳はバッグに服や必要品を入れていく。


誠はベッドに座り、その様子を見ていた。


「なあ、さっきのなんだったんだよ。なんであんな嘘を?」


 誠が少し苛立ちを込め訊いた。


「え? 私たち結婚するんじゃないの?」


「そんな嘘はやめなさい」


 瞳は軽く笑って謝った。


「すみません。でも、ああでもいわないと、お父さん話を聞きませんから」


「だからって、結婚って……。嘘でも、湊がなんて言うか……」


「大丈夫ですよ、湊には許可を貰っていますから」


「え? 湊はこのこと知ってたのか?」


「はい、知ってますよ。お兄さんに話す前から」


「なんだよ、それ……」


 瞳は準備を終えると、バッグを持って立ちあがった。


「それじゃ、いきましょうか」


「いくって?」


「もちろん、未来の旦那様の家」


 誠は重いため息を吐くと、一緒に出て行った。


 屋敷を出たところで、二人は後ろを振り返った。そこには執事がいた。


「お嬢様、どちらへ?」


「うん。ちょっとした、家出ってやつかな」


「さようですか」


 執事は誠に向き直った。そして丁寧に頭を下げた。


「どうか、瞳お嬢様をお願いいたします」


「え? あ、はい……」


 お嬢様が家出するっていうのに、特に慌てたり引き止めたりしないんだな……。


「それじゃ、お父様によろしくね」


 そういって瞳は軽く手を振り、屋敷から出て行った。




 家に戻って来ると、湊を加えた三人で話し合った。


「それで、瞳は俺をこのために利用したのか」


「利用したって、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ」


 誠はぶすっとした表情で二人を見る。湊はへらへらと笑っていた。


「俺、マジでクビかも……」


「大丈夫です。私と結婚すれば、あの財産は全部お兄さんのものです。良かったじゃないですか」


「それマジでいってるのか?」


「どうかな~」


 瞳はとぼけた表情をする。誠は嘆息すると、真面目な顔で問い掛けた。


「それで、これからどうするんだ?」


「そうですね。まずは、相手の動きを見るかな。出方次第で動かないといけませんね」


「ねえ、兄さん。瞳を助けてあげてよ」


 湊が本気で求めている。


「助けてやるさ。ここまできたんだし。瞳にはいろいろとお世話になったしな」


「さすが、お兄さん。いざというときは頼りになりますね」


「ま、瞳のお父さんのことだ。明日の朝とかには、もしかしたらガードマンやらSPやらが連れに来るかもしんないな。その出方次第で、俺らも動くか」


「そうですね。それじゃ、それまでよろしくお願いします」


 こうして瞳が家に上がりこんだが、どこか、瞳にはまだ隠し事がありそうな気がしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ