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瞳編 part1:相談

 始まりは、ある人物からの一言からだった。


 三月の下旬、誠が高校を卒業し、もうすぐ社会人として旅立つ前のときだ。


自分ののんびりできる休みが残り少ないとき、湊の親友である瞳がやってきた。


「お兄さん! ちょっと相談があります!」


「え?」


 居間で今度就職する仕事場の内容を確認していた誠に向かい、突然家に上がり込んで来た瞳が息を荒げながら入ってきた。


「お願いです、お兄さん! 私を助けてください!」


 そういって瞳は誠になすりつく。


「な、何をだよ。ちゃんと説明してくれ」


 誠は瞳を離し、少し距離をおく。


「私の、お父さんが……お父さんが……」


 瞳は目を瞑ると、嗚咽を漏らしながら泣き出してしまった。


こんなふうに泣く瞳を見るのは初めてだった。




 ようやく瞳が落ち着き始めると、誠はキッチンからお茶を持ってきて、そっと前に置いた。


「すみません……」


 瞳は涙を拭くと、お茶を口につけた。


「それで、何があったんだ?」


「はい……」


 瞳は湯のみを置くと、少し顔をうつむきながら、重い口を開いた。


「実は、私のお父さんが、三年生になったら、塾と家庭教師をつけて、毎日勉強に励めって。それに、部活まで辞めろって。まだインターハイ終わってないのに……」


 そういって瞳はまたしくしくと泣き出した。


「ああ、つまり、お前のお父さんが無茶なこと言ったんだな。それが嫌で、お前はここに逃げて来たと」


「……はい」


 瞳は膝に拳を置き、すすり泣く。誠は腕を組みながら、ふっと息を吐いた。


「瞳、悪いが、それは俺にも、どうしようもできない。親と子の問題だ。他人が口出しすることじゃない」


「え?……助けてくれないんですか?」


 瞳が潤んだ瞳で見つめてくる。誠はぽんっと瞳の肩に手を置いた。


「すまないが、俺はどうしようもできない。おじさんには、俺も逆らえなくてね。なにかと、いろいろお世話になったし」


「そ、そんな~」


 瞳はガクッと落ち込んだ。


 瞳の父親は、全国的にも有名な会社の社長なのだ。


両親が死んだあと、湊が中等部で瞳と知り合い、誠たちの家庭状況を知った瞳の親は、何かと支援してくれた。


 その恩があり、自分たちを救ってくれた瞳を助けてやりたいが、相手が相手だ。


それに、誠が就職する会社も、実は瞳の父親の会社なのだ。


入社一年目だから、みんなと同じ平社員から始まるのだが、誠だけ給料が少し高い。


もっと逆らえない。逆らえば、絶対といっていいほど、この首が飛んでしまう。


 誠は手を合わせて頭を下げた。


「悪いな、瞳。お前にはお世話になったし、本当に協力はしたいんだが、相手がお前の親父さんじゃあな」


 瞳がぐすっと鼻を啜ると、うなずいた。


「そうですよね。私のお父さんじゃ、いくらお兄さんでも、何もできませんよね」


 瞳は涙を拭いて続ける。


「いつもバカで、怠け者で、アホで、シスコンのお兄さんが、有名会社に入れたのも、私のお父さんのおかげだし。そうやって人から助けてもらえないと、一人で生きていくこともできない。それに、スカイを使ってまで助けたのに、そのお礼はおろか、感謝の印すらない。……本当に、私って不幸ですね」


 瞳の言葉に少し棘があったのは気のせいだろうか。鋭く尖って、全て自分の胸に突き刺さった気がるのだが……。


 誠は乱暴に頭を掻いた。


「ああ、わかったよ! 協力してやる!」


 そこで瞳の表情がパッと明るくなった。


「本当ですか?」


「ああ。でも、大して何にもできないぞ。相手が社長だし。少し一緒に説得するくらいしか」


「うん、うん。それでもいい。お兄さんがいれば、私何でもできます。周りで一番頼りになるし、お父さんの知っている人ってお兄さんだけですもんね」


 そこで瞳は影でクスクス笑っていた。


「それで、俺は何をしたらいいんだ?」


 誠が質問すると、瞳は誠に向き直った。


「はい。私と一緒にいるだけでいいです。傍にいてくれたら、それで」


「なんだ、それだけでいいのか?」


「はい。それだけで十分です」


 瞳は満足そうな笑顔でうなずく。すると、瞳の携帯が鳴り出した。


「あっ、湊だ」


 瞳は携帯を取り出すと、一言話し、立ち上がった。


「それじゃ、お兄さん。後でまた来ますね」


 そういって瞳は手を振って、家から出て行った。


 誠はその後ろ姿を見届けると、ため息を吐いてソファに深く座った。


「ああ~、俺クビになんないよな~」




 家を出た瞳は、街に向かい、一つのおしゃれな喫茶店の中に入った。


ウエイトレスに、待ち合わせです、と伝え中を見渡す。


奥の席に湊が座っているのを見つけ、こっちに手を振っているのがわかった。瞳は向かい側の座り、ミルクティーを注文した。


「それで、兄さん良いっていったの?」


 湊がすでに注文していたコーヒーを飲みながら問い掛けた。


「うん。ありがと、湊。ふふ。お兄さん涙目に弱いんだね。すぐにオーケーしたよ」


 瞳はクスクスと笑う。


「ふふ。兄さんの弱点だからね。ま、そこがいいところだけど」


 瞳は目の前に置かれたミルクティーを口に含むと、ふっと息を吐いた。


「本当にありがとね、湊。湊が親友で良かったよ」


「うん。それはいいんだけど、あの話、本当なの?」


 瞳はカップを置くと、複雑そうな顔でうつむいた。


「……うん。今、お父さんの会社、経営が厳しくてね。けっこう大きいから、人員も多いし、その分お金もかかるし。会社を立て直すには、これしかないんだって……」


 瞳は改めて湊に頭を下げた。


「ごめんね、湊。少しの間だけでいいの。ちょっとだけ、お兄さん貸して」


 湊は瞳の頭を上げさせるとうなずいた。


「いいよ。兄さんくらい、いくらでも貸すよ。それが、親友の頼みなら尚更ね」


「湊……」


 瞳は嬉しそうに笑顔になる。


「それで、いつ実行するの?」


「うん。明日かな。今日は湊の家に泊まってもいい?」


 瞳が申し訳無さそうに頼む。


「うん、それはいいよ。別にかまわないし」


「ありがと」


 そのあと、二人は楽しそうに話し、喫茶店を出ると家に向かった。




「ただいま、兄さん」


 湊が家に帰ってきた。後ろには瞳もいる。


「おお、お帰り。あれ? 瞳も一緒だったのか?」


 誠が湊と瞳が会っていたことは知らない。内緒にしていたのだ。


湊は午前に、誠には友達と遊びに行くと伝えているだけだ。


「うん、途中で会ってね。それと、今日泊まらせてもいい?」


 瞳はその場で丁寧に頭を下げる。誠も瞳の家の事情は知っているので、すぐに了承した。


 湊と瞳は二階に上がり、湊の部屋に入った。


「ね、お兄さんの部屋はどこなの?」


 瞳が湊のベッドに座りながら訊いてきた。


「あ、兄さんの部屋なら、向かい側の部屋だよ」


「そっか、ありがと」


「それじゃ、私夕飯に仕度するね。ゆっくりしていいから」


 湊は部屋から出て行った。瞳も立ち上がると、ドアをそっと開け、誠の部屋のドアを覗いた。


「頑張らなくちゃね……」




 三人で楽しい夕飯を済ませ、夜遅くなるとそれぞれ寝床に入ることになった。


 誠は大きな欠伸をすると自分の部屋に戻っていった。湊と瞳も、湊の部屋で寝る。


 誠はベッドの中に入ると、ドアに背を向け横になった。静かな夜の中、寝息だけが耳に届き、だんだんと睡魔に襲われる。


 すると、静かに誠の部屋のドアが開かれた。そして音を立てないように閉める。


それに誠は気づかず、すやすやと寝ている。そして、何者かが誠のベッドの中に入ってきた。


 そこで誠は違和感を覚える。誰かが後ろから抱きついていた。温かな温もりを感じる。


「お兄さん」


 耳元に甘い声で囁かれる。


誠は眠い目を擦り、後ろを振り返る。視界がぼやけはっきりしない。だんだんと視野が定まってきた。


「湊か?」


 誠は目を凝らす。そして誠はその正体がわかると固まってしまった。


目の前に瞳がいたのだ。


「へへ。お邪魔します、お兄さん」


 可愛らしい笑顔を見せる瞳。誠は少し叫び声を上げながら、慌てて起き上がると、ベッドから降りた。


「もう~、うるさいですよ。湊が起きたらどうするんですか」


 瞳が人差し指を立てて、口元に持っていき「しー」と言う。


「い、いや、お、お前、俺のベッドで何してるんだよ」


 誠は窓際まで下がり、未だベッドで横になっている瞳を指差す。


「へへ、お兄さんと一緒に寝ようかと思って」


 瞳は自分の頭を撫でで無邪気に笑う。


「何考えてんだよ。俺には湊がいるんだぞ」


「わかってますよ。ほら、早く寝ないと明日起きられませんよ」


 瞳は毛布を上げ、誠を手招きする。


「だから、一緒に寝られるわけないだろ」


「え~、嫌です~。私、お兄さんと一緒に寝た~い」


 瞳が子供っぽく駄々をこねる。こんなやつだっただろうか。


 仕方なく、誠は床で、瞳は誠のベッドで寝る。誠は瞳に背を向けている。


その背中を見て、瞳は軽く口元を緩めた。


 瞳の作戦は、すでに始まっていた。

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