泉編 part3:人気
泉がバイトを始めて一週間が経った。
バイトにはもう慣れ、ぎこちなさが無くなり、スムーズに仕事をこなせるようになってきた。
先週給料が貰え、予定通り3万円も貰えた。
泉はそのときの嬉しさを忘れなかった。
このお金で誠に恩返しができる。そう思うだけで心から歓喜が溢れ出た。
泉はお金を大切に日記の中にしまい、取られないように隠した。
今日は月曜日。誠との約束の日は今週の日曜だ。
泉は今日も張り切って仕事をした。
午前中から訪れる客数が多かった。先週と比べたらその数は二倍くらい。
そしてみな、なぜか泉のほうばかり見ていた。
「あの子が噂の?」
「めっちゃかわいいな」
「友達になりて~」
「彼氏とかいるのかな?」
「いないでほしい。つーか、歳いくつかな。高校生っぽいけど」
「いいよ、そんなことは。かわいいからオッケーだ」
周りからいろいろ言われる。
しかし、泉には聞こえていなかった。
自分は一生懸命与えられた仕事をこなす。それしか考えていなかった。
どれもこれも、誠のため。
泉は毎日真剣に働いた。
そしてある日、今日の勤務時間も残り1時間くらいとなったときだった。
今日は学校が早く終わったのか、窓の外には帰宅する学生の数が多かった。
「誠くんも、早く終わったのかな……」
少し早く帰らなければ、小屋に自分がいないことに気づいて心配するだろう。早く終わることを願うばかりだった。
すると、ドアが開いて客が来た。
泉は急いで接客をしようとした。
「い、いらっしゃいませ、ご、ご主人さ……」
泉は途中で言葉がつっかえてしまった。
数人の高校生が店の中に入ってきた。
その中に誠の姿もあったのだ。
「な、いいところだろ。誠もそう思うだろ?」
「こんなところがあったなんて知らなかったぜ。お前、よく来るの?」
「週に3回くらいかな。それで、ある噂があるんだよ。なんか、めっちゃくちゃかわいい子がバイトしてるらしくてよ」
「へ~」
誠はいたって冷静だが、他の友達は興奮していた。
泉はすぐに隠れて影からその様子を見ていた。
まさか、ここに誠が来るとは思わなかった。ばれたら計画が台無しだ。
それに何を言うかもわからない。すぐに辞めさせられるだろう。
そんなことになったら、恩返しなんてできなくなる。
泉は接客を他の人に任せようと後ずさりした。
すると、後ろには店長がおり、泉の肩を掴んだ。
「さ、人気ナンバーワンの泉ちゃん。しっかりと接客してきてね」
「え?」
店長に背中を押され、泉は前に出てきたしまった。
そのせいで、誠の友達は泉に気づいた。
「あ、おい、この子だぜ」
「す、すげぇ、めっちゃかわいい」
「本当だな。お前よくやった!」
誠の友達たちはじっと泉を見る。
泉は恥ずかしそうにメニューで顔を隠し、目だけを見えるようにした。
「……い、いらっしゃいませ……ご、ご主人様……」
「声もかわいい!」
「恥ずかしそうにしているのがまた萌えるな」
「やばすぎるだろ! な、誠もそう思うだろ?」
「あ、ああ、そうだな」
誠はじっと泉を見た。
泉はばれないように顔を伏せ、誠の友達を席に案内した。
誠を含めたお客を窓際の席に案内した。誠は窓際に座っている。
3人の誠の友達たちはにやにやしながら泉を見ていた。
誠もテーブルに肘をつきながら、考え事をしているのか、険しい顔をして泉を見ていた。
「ご、ご注文が決まりましたらお呼びください。ご、ごゆっくり……」
泉はさっとメニューを置くと、ぺこっと頭を下げ、そのまま顔を見られないようにしながら、そそくさといってしまった。
「ああ~、かわいいな~」
「なあ、友達になってくれるかな」
「誰か話し掛けろよ」
「おい、誠。さっきからぼーっとしてるぞ。もしかして、一目惚れか?」
「あ、いや。なんか、どっかで見たことあるような気がして」
「なに! ど、どこでだ!」
「それが思い出せないんだ。なんか見覚えあるんだよな」
誠は思い出そうとするが、なかなか出てこず、首をかしげることしかできなかった。
泉は奥で安堵の息を吐いた。
ばれていないようだ。助かった。でも、それは時間の問題だろう。どうにかしなければ。
そのとき注文の声が聞こえた。誠の友達からだった。
「すみませ~ん。注文お願いします」
「は、はい」
泉は慌てて辺りを見渡す。
このまま行けばばれてしまう。なにかで変装しなくては。
そしてあるものを見つけた。それを掴み、頭から被るとオーダーを聞きにいった。
「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」
泉が来ると、誠の友達たちはいっせいに固まってしまった。
泉は猫耳のついたヘアーバンドと猫ひげを着けていた。頬に三本の毛が着いている。
泉はみんなの様子を見て戸惑った。
なぜ固まっているのだろうか。そこでわかった。マニュアルが違ったのだ。
「え、えと、ご注文はお決まりですか……にゃん?」
その瞬間、誠の友達はいっせいに笑みを浮かべた。
「か、かわいい!」
「このかわいさで、にゃん、なんて言ったらやばいだろ」
「すっげぇかわいい。萌える!」
「誠、お前もそう思うだろ?」
誠はみんなと違い、呆然と泉を見ていた。
泉はできるだけ誠の顔を見ないように顔を背けていた。
「な、なんか、予想外で……。多分、会ったことないな。俺の知り合いに、にゃん、なんていうやついないし……」
泉は安堵の息を吐いた。
よかった。ばれていない……。
そのあとは、注文の品を持っていき、泉は影からずっと誠を見ていた。
今思ったのだが、誠が自分以外の人と話をするところを見たことがなかった。友達と楽しそうに話している。
なぜだろうか。少し苛立ちを感じてしまった。あの友達たちに誠を取られたような感じがして。
そのとき、後ろから店長が話し掛けてきた。
「あの子が気になるの?」
「え? あ、その……」
「あの子もかわいい子ね。一目惚れってやつ? 泉ちゃん、かわいいわね」
「い、いえ、その、あの人は、私の……」
そこで泉は思った。
誠は自分にとって何なのだろうか。
友達? 家族? それとも、恋人?
どれを考えても、当てはまる言葉が出てこなかった。
「どうしたの? 泉ちゃん」
泉の体は震えていた。小刻みに動き、ぎゅっと自分の体を締め付けた。
怖かった。誠と繋がりがないことを知り、恐怖を感じた。
自分は、誠にとって何なのだろうか……。
すると、店長は泉の肩に手を置き、そっと呟いた。
「泉ちゃんは恋をしたことある?」
「……恋?」
「そりゃ、泉ちゃんも恋くらいはしたことあるわよね。私はあるわよ。でもね、告白はできなかった。こんな顔だし、性格だし、きっと気持ち悪いと思われるだけだと思ってね。でもね、泉ちゃんはかわいいから、きっと大丈夫。……自信持って」
泉はコクッとうなずいた。
自分は恋をしたことがあるのだろうか。覚えていない。
でも、これが恋というのかわからないが、大切な人はいる。
今、目の前に映っている人。
清水誠。
誠にだけは、他の人とは違う感情を抱いていることは、泉には少しだけ気づいていた。
この感情を、大切にしようと思った。
そのとき、誠の友達たちがレジに行き、お金を払って帰って行った。
誠は最後に泉の方をチラッと見て行ってしまった。
泉は恥ずかしそうにうつむきながら、小さく手を振って見送った。
そんな泉を店長は見て、やれやれといった感じで息を吐いた。
そして、無事ばれることなく、バイトを終えた。
泉は誠が帰って来るまでに小屋に戻り、いつもどおりに振舞った。
夕食のときに、誠から喫茶店での話を聞いたときは、顔から火が出るほど恥ずかしかった。