湊編 part5:結婚
誠は湊の部屋に入り、そっと辺りを見渡した。
そして考え、導き出した答えを振り返る。
この答えは、正解なのかどうかはわからない。自分はバカだから。
でも、バカなりに考え、ベストだと思った答えを見つけ出した。
「これで、いいんだよな……」
誠は湊の机の上にある写真立てを手に取った。二人で並んで撮った写真。
嬉しそうに、楽しそうに、そして幸せそうな笑顔で、輝かしく映っていた。
「湊……これで、もう苦しまなくて済むから……」
誠は写真立てを置き、湊を探しに行こうと決意する。
そのとき、あるものが目に入った。
「これ……」
誠はそっと笑みを浮かべる。
それを拾い、ポケットに入れると部屋を飛び出した。
誠は湊を探すために走っていた。すでに辺りは暗くなり、外灯だけが灯っている。
思い当たる場所を探し回るが、なかなか見つからず焦りが募っていく。
「くそ、どこにいるんだ……」
誠は暗闇の中を、闇雲に走り回った。
湊は放心状態となりながらふらついていた。
重い足を引きずるように歩き、とぼとぼと当ても無く彷徨い続ける。
「にい、さん……」
力のない声が耳に届く。
もう、あそこには帰れないのかもしれない。今になってスカイのことが原因で不幸になるとは思わなかった。
繋がっているようで繋がっていない。見えるようで見えない、まるで頑丈で透明な鎖。
それに自分と誠は苦しみ、私はその呪縛から逃れるために、地獄の門をくぐってしまった。
湊はふと笑みを浮かべた。
「楽しかったな……。兄さんとの時間は……」
毎日が楽しすぎて、いつも誠と一緒だった。
覚えている小学三年のころから、現在に至るまでさまざまな思い出が溢れる。
学校行事はもちろん、休日や長期休業は旅行やイベントにも参加した。
親がいなくて、ほとんど二人で過ごしてきた。大変だったけど、二人で頑張って、支えあって、励ましあって、ここまで生きてきた。
そして、二人は愛し合った。そのときが、人生の中で一番嬉しかった。
今、透明な鎖に色が着いた。
恋人になることにより、二人はようやく絆ができたのだ。明るく、愛情に包まれた、ピンク色の鎖に。
でも、最後にはどす黒い漆黒の色に染まってしまった。そして、それはもろく砕け散ってしまった。
呆気なく、そして簡単に、二人は離れていった……。
気づけば、湊はいつのまにかあの場所に来ていた。
誠のお気に入りの場所で、そこから見える夜景がいつも以上に輝いて見えた。
「綺麗……」
湊は芝生の上に座った。
ここで、誠から全てを聞かされた。スカイによって、苦しんできた四人の女子生徒の話。
その中で、自分は誠に選ばれた。そのはずだった……。
湊はぎゅっと自分の胸を締め付けた。そして溢れる大粒の涙が頬を何度も伝った。
止めることができない、悲しみの涙。
「なんで、私、スカイで生まれたのかな……。なんで、普通に生まれてこなかったのかな……」
湊は袖で涙を拭った。
「普通に生まれれば、兄さんと付き合うこともできた……。兄妹になることもできた……。生まれることは、とても大切でかけがえのないことだけど……こんなに苦しむなら、スカイなんかで、生まれなきゃ良かった……」
湊は何度も涙を拭いた。そして夜空を見上げる。
「もう、終わりでいいんだよね? 休んで、いいんだよね……?」
湊はそっと目を閉じ、死の覚悟を決めた。
そのときだ。
「湊……」
ハッとした湊は振り返った。そして呟いた。
「兄さん……」
そこには誠が立っていた。息を荒げ、暗闇の中でもじっと見つめてくるのがわかる。
「……湊……」
誠は湊に近づこうと歩き出す。しかし、
「来ないで!」
湊が立ち上がって声を上げる。
「来ないで、兄さん……。私のことはほっといて!」
「湊……」
湊は涙を拭いて訴えた。
「もう、終わりなんだよ……。夢は、覚めたんだよ……。私たちの時間が、もう終わったんだよ……」
湊は顔を下げ、涙が地面へと零れていく。誠は首を振った。
「終わってない……。俺たちの時間は、まだ終わってない……。これから、また始まるんだ……。俺たちの道は、まだ続いてるんだ!」
「違う! もう行き止まりだよ! もう、全て終わったんだよ! これ以上……私を苦しめないでよ……」
湊は涙をこらえながら続けた。
「兄さん、教えてよ……。私たちって、どんな関係なの? みんなが納得する関係ってなんなの? 兄妹でもない、家族でもない、正式な恋人でもない。だったら、残ってるものは何なの……?」
誠は少しうつむきながら言った。
「湊、確かに俺たちに、みんなが納得する絆がない。でも、ないなら作ればいい!」
「そんなことできるはずないじゃない! 兄妹でも、家族でもないのに、血は繋がっていない……。恋人同士になっても、批判はされないけど、世間は認めない……。私がスカイで生まれたときから、こうなることは決まってたんだよ! こんなことになるなら……生まれなきゃよかった!」
「ふざけんな!」
誠が怒りを爆発させた。
「今、何て言った? なんて言ったんだ、湊! お前、本気でそんなこと言ったのか? 本気でそんなこと思ってるのかよ!」
誠は湊を今までにないくらいに睨みつけた。
「お前以外に、苦しんでるやつは大勢いるんだ! 自分だけが不幸みたいに言ってるんじゃね! 家族の幸せが欲しいやつ、友達の信頼が欲しいやつ、友達との触れ合いがほしいやつ、幸せを見つけたいやつ、他にだっていろんな人が苦しんでるんだ! 俺だって、ずっと一人で、孤独で、寂しくて……だから、俺は湊を願ったんだ!」
誠は湊に近づいた。一歩いっぽ歩き、距離を縮めていく。
お互いが触れ合えるくらいまで近づくと、誠は言った。
「湊、人は、一生幸せだけで過ごすことは絶対ない。苦しみは、誰でも味わうことなんだ。それを乗り越えて、強くなれるんだ」
誠はそっと湊に触れた。優しく、指で涙を拭き、頬に触れた。
「弱気になったら、助けを求めればいい。泣きそうになったら、おもいっきり泣けばいい。お前は、一人じゃないんだ」
「兄さん……」
湊の目に再び涙が流れた。どんどん溢れ出し、再び嗚咽が響く。
「ごめん、なさい……。兄さん、本当に、ごめんなさい……。私、怖くて……兄さんが、どこかにいっちゃったら……私、一人になるのが……怖くて……。でも、兄さんを私のせいで縛りたくないから……わからなくて、もう、どうしたらいいのか、わかんなくて……。ごめん、兄さん……」
湊は声を上げて泣き出すと誠の胸の中に顔をうずめた。誠は湊を受け止め、優しく抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫だから。俺は、どこにもいかないから」
「……うん……うん……」
湊は泣き止むと、ニコッと笑みを浮かべ、誠に安心感を与えた。それに答え、誠も笑みを浮かべる。
「あ、そうだ。これ持って来たんだ」
「え?……あっ」
誠がポケットから取り出したのはあの指輪だった。部屋の中で投げ捨て、どこかにいってしまったのだ。
「それ、どうして……」
「ま、たまたま見つけたんだ。……湊」
誠は少し湊と離れると、軽く咳払いをした。そして少し頬を紅潮させながら、恥ずかしそうに告げた。
「湊……。俺、み、湊のことが……好きです」
「え? あ、その、う、うん……ありがと」
湊も頬を染めながらうつみき、もじもじする。
「そ、その、それで、あの……」
誠は上手く言葉にできずに戸惑う。そして目をぎゅっと瞑り、少し投げやりに言った。
「お、俺と……け、結婚、してください!」
「……。……えええ――――!」
あまりに唐突なプロポーズなので、湊はつい大声をあげてしまった。
「ちょ、ちょっと待って、え、あ、その、え、ど、どういうこと……?」
湊の顔がさっきよりも真っ赤になり、動揺で慌てふためいている。
誠も顔を赤くしながら説明しようとする。
「あ、その、だからな、俺は本気で湊のことが好きで、だから、ええと、結婚したいって、思ってて、だから、結婚すれば、ええと……」
誠はまた投げやりに言った。
「つ、つまり、結婚すれば、俺たちは夫婦だ。これで、俺たちの繋がりができるだろ」
「あっ……」
そこで湊は理解した。結婚すれば、二人は夫婦という繋がりができる。
婚姻届を出せば、正式に世間が認める形になる。
確かに二人は兄妹という関係だ。兄妹なら結婚はできない。
しかし、瞳のスカイの力で批判されない。特例で認められる。
実際に血は繋がっていないので、支障はない。
「兄さん……」
「あっ、勘違いすんなよ。別に繋がりが欲しいから結婚するんじゃなくて、純粋に、俺は湊のことが好きで……その……」
そこで湊はクスッと笑った。
「ありがと、兄さん。私、嬉しいよ」
「そ、そっか。それじゃ」
湊は恥ずかしそうに微笑みながら、そっと口を開いた。
「喜んで、その言葉を受け取ります。よろしくお願いします」
湊はすっと左手を差し出した。
「兄さん……指輪、頂戴」
誠は微笑みながらうなずくと、湊の手を取り、そっと薬指にはめた。
「これで、良いんだよね」
「ああ。これで、良かったんだ」
二人は見つめ合うと、嬉しそうに、そしておかしそうに笑い合った。
これで、再び二人の鎖は息を吹き返し、鮮やかな赤色へと染まり、頑丈に結ばれた。
そのとき、パチパチと拍手の音が聞こえた。誠と湊は音がする方へ見る。
その正体がわかると、二人は呆気に取られた表情になり、誠はつい呟いた。
「李……瞳……」