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湊編 part4:信頼

 学校が終わったあとの放課後。


湊は瞳と一緒に帰り、近くにあった喫茶店に入った。


今日はサービスデイらしくて入ったのだが、ここはコスプレ喫茶のようで、ちょっと入る場所を間違えた感じがした。しかも店長が異様に怖い……。


 それでも入ったので仕方なく、二人は奥の席に着いた。


「それで、話って何? 湊、顔色悪いよ」


 瞳が湊の顔を覗いてくる。湊は深刻そうに顔をうつむきながら、重い口を開いた。


「……実はね、兄さんが……浮気してたの」


「……ええ――――!」


 瞳の大声に、周りのお客たちは一斉にこっちを見る。


瞳は場の雰囲気が悪くなり、苦笑しながら謝ると、身を乗り出して湊に問い掛けた。


「そ、それ本当なの?」


 湊は小さくうなずいた。


「……体育倉庫で、知らない女の人と一緒にいて……キスした」


「あ、あの、お兄さんが……」


 瞳は落胆しながら椅子に座り直す。


「そ、それで、どうするの? 別れるの?」


 その質問に、湊は困惑した表情でさっきよりもうつむく。


「……わからない。私、どうしたらいいのかわかんないよ……。兄さんのことは好きだよ。でも、兄さん、他の人と付き合ってるみたいだし、私、兄さんのこと信じられない……」


 そういって湊の目から涙が零れる。瞳は困った表情で何とかしようとする。


「み、湊。元気出してよ。大丈夫だよ。きっと何かの間違いだよ。あのお兄さんが、浮気なんて……」


「でも……」


「ね、もう一回信じてみよ。恋人なら、信じてみようよ」


「……うん」


 湊は少し不安で、信じるにもその心意気がないが、瞳のいうことを聞くことにした。


そのとき、携帯のメロディーが鳴り響いた。瞳の携帯だ。


「あっ、ごめん。電話だ。ちょっと出るね」


 瞳は立ち上がると、急いで喫茶店を出る。


湊は注文したレモンティーを飲んで待つ。意外にもおいしかった。


 少しして、瞳が帰ってきた。謝りながら席に着くと注文したミルクティーを口に含んだ。


「ごめんね、友達からだった。それで、話戻すけど、その浮気現場を見た後から、お兄さんと話し合った?」


 湊は少し悔みながらも首を振った。


「それなら、もしかしたら何かの間違いかもよ。一回話し合ってみようよ。私、協力するから」


 湊は曖昧にうなずく。


確かに、瞳のいうとおりだ。もしかしたら勘違いかもしれない。もう一度話し合って、信じてみるのがいいのかもしれない。


 瞳の提案で、二人は喫茶店から出て行き、湊の家へと向かった。




 誠は一人で自宅へと向かっていた。手をポケットに突っ込みながらトボトボ歩いていく。


そして何度も後ろを振り向き、怒りの篭もった目で一人の生徒を睨みつける。


「なんで着いて来るんだよ」


 誠の後ろには李がいた。さっきからニコニコと笑みを浮かべ、ちょこちょこと後ろを着いてくる。


「へへ。誠くんと一緒に帰りたいなって」


 誠は李を無視すると歩き出す。その歩幅に合わせ、李も着いて来る。


「ねぇ」


 李が後ろから声をかけるが、誠は無視する。


「私、この前キスしたよね? だから、私たちもう恋人同士でしょ? 一緒に帰ろうよ。あっ、私、誠くんの家にいきたいな」


「うるさい。黙ってろ」


「もう、冷たいな。でも、クールっぽくてかっこいいかも。ね、誠くんの家に行っていい?」


「ダメ」


「でも、着いて行くもん」


 李は楽しそうに笑いながら着いて行く。誠は怒りを抑えながら、黙って歩き続けた。




 誠は自宅へと着いた。家の前で立ち止まる。


中は静かなようなので、湊はまだ帰ってないようだ。


 誠はもう一度後ろを振り向く。


李は誠の家の表札を見、そこが誠の家だとわかると大げさに仰け反るようにして眺めた。


「おっきい家だね~。高校生二人にしては贅沢だね」


 そこで誠はまた違和感を覚えた。ごくわずかの人にしか知らない情報を李は知っていた。


「……お前、なんでそんなことまで……」


 李はニコッと微笑む。


「へへ。言ったでしょ。誠くんのことは何でも知ってるよ」


 そのとき、李の表情が変わった。一瞬だが、ぞくっとするような冷たい目つきに変わり、気づけば元に戻っていた。


 そのとき、後ろから足音が聞こえた。誠はそっと振り向く。


誰かわかると、誠は圧迫されそうな心臓を抑え、つい呟いた。


「み、湊……」


 そこには湊がいた。隣には瞳がいる。湊もじっと誠を見ていた。


「兄さん……」


 誠は意を決すと湊に弁解しようと口を開いた。


「あ、あのさ、みな――」


「あ、この前いた子だよね? ええと、二年生の湊ちゃん」


 後ろから李が前に出てきて誠の言葉を遮る。湊は少し怯えた表情になっていた。


「湊ちゃんかわいいね。誠くんの妹にするのはもったいないよ。私が貰いたいな」


「あ、ありがとう……ございます」


 湊は困惑した顔で言う。李は湊の前にしゃがみ込むとじっと見つめた。


「ふ~ん、その顔は、彼氏と仲直りしたいって顔だね。でも、ごめんね」


「え?」


 李は立ち上がると、誠の隣に来て、ぎゅっと右腕を抱きしめた。


「私たち、付き合ってるの。だから、邪魔しないでね」


 その言葉に、湊はこれ以上ないショックを受けた。体が震え、息が苦しく、目眩がする。


 誠は乱暴に李の手をどかした。


「なに勝手なこと言ってんだよ! ふざけるのもいい加減にしろ! 湊、違うんだ。これは全部こいつのでまかせだ。俺はこいつなんかと付き合ってない。本当だ! 信じてくれ!」


 湊はぎゅっと拳を握った。


信じたい。信じてやりたい。でも、恐怖心のせいか、信じることができない。


傷つくことが、苦しむことが、少しでも自分を守ろうと自己防衛反応が起き、思ったようにいかない。


信じたくても、信じられない……。


「湊……。頼む、俺を信じてくれ! 俺はお前を裏切らない! 絶対、裏切らない! 信じて、これからも、お前を傷つけたりしない。だから……だから!」


 誠が目にうっすらと涙を浮かべながら必死に告げる。でも、湊の心は動かなかった。


「湊……」


 隣にいる瞳が呟く。


湊はさっき瞳がいった言葉を思い出した。


信じてみよう。一度の失敗くらいなら、自分は大丈夫のはずだ。


信じられる。自分なら、きっと信じて上げられる。また、あのときのような幸せが帰ってくるなら……。


「あ、あの、兄さん……私……」


 そのときだ。


李が誠に抱きつき、そして再びキスをした。


その光景が目に焼きつき、時が一瞬止まったのか、スローモーションのようにゆっくりと流れていく。


 李はそっと唇を離すと、ニヤッと笑みを浮かべて湊を見た。


「ごめんね。こうでもしないと、私たちの関係信じてくれないでしょ? 誠くん、ちょっと欲張りっていうか、ま、優しいからかな。だから、湊ちゃんを傷つけないようにあんな嘘言ったんだよ。だいたい、二人は兄妹でしょ? 兄妹は付き合うことも結婚することも本来は禁じられているんだよ。それくらい知ってるでしょ? ま、湊ちゃんだって、もう高校生で子供じゃないんだから……わかるよね? 自分がするべきことは」


 李の言葉が重く響いてくる。


もう、終わったのだ。誠との、自分の兄との幸せは終わった。


そもそも間違いだったのかもしれない。兄と妹という関係で付き合うことが……。将来は結婚? その言葉が今では笑えてくる。


 今目が覚めたのかもしれない。自分はバカだった。愚かな人だった。


確かに私は自分の兄が好きで、恋愛的感情が芽生えていた。


でも、しょせん二人は兄妹というどうしようもない繋がりがあり、壊したくても壊れない絆があった。


 スカイで生まれた自分でも、世間が認めたこの繋がりは、断ち切る事はできない。


今まで過ごしてきた、儚い夢は、もう覚めたのだ……。


「兄さん……」


 湊がそっと口を開く。


誠は震えを抑えながら、そっと湊の方を振り向く。自分の唇を抑え、驚愕な表情をしていた。


「み、湊……」


「……兄さん。これまでありがと。私、本当に楽しかったよ。本当に……夢のような、幸せな時間だった……」


「な、何を言ってるんだよ。やめろよ、湊……」


 誠が一歩足を出した。


「来ないで!」


 湊の怒声で立ち止まる。誠は信じられない気持ちでいっぱいだった。だんだんと恐怖に蝕まれていく。


やめろ……。やめてくれ……。そんな、そんなこと……言わないでくれ……。


「兄さん、もう私のことは忘れて。私たち、兄妹なんだから、おかしかったんだよね。うん、最初から、おかしかったんだ……」


 湊は顔を手で抑え、嗚咽を漏らしながらも続けた。


「……もう、終わりなんだよね。長い夢は、覚めたんだよね……」


「ば、バカなこというなよ! 俺たちのあの時間を、夢で終わらせる気かよ!」


 湊はそっと顔を上げた。そして最後に、涙を流しながらも満面の笑みを見せた。


「兄さんと過ごした時間は、幸せだったよ。……さようなら」


 湊は振り返ると全力で走り出した。


「湊!」


 誠は湊を追いかけようと走り出す。しかし、目の前に瞳が大きく手を広げて立ちはだかった。


「瞳……。な、何すんだよ! 早く退け!」


「いいえ、退きません。どうしてもここを通りたいなら、お兄さんの覚悟を見せてください」


「覚悟……?」


「お兄さんは、湊とは兄妹ということはわかってますよね?」


「当たり前だ。俺は家族が欲しいと思ってスカイを使ったんだ」


「それじゃ、実際にお兄さんと湊は血が繋がってるんですか?」


「え? い、いや、それは……」


「繋がってませんよね? これがどういうことを意味するかわかりますか?」


「……どういうことだ?」


 瞳は誠を睨みつけながら言った。


「お兄さんは、自分で湊を苦しめて縛り付けているんです」


「……え? そ、そんなわけあるかよ。俺は湊を縛ったことなんか――」


「あります。いえ、湊は生まれたときから、縛られ続けているんです」


 瞳は続けた。


「湊は優しいからお兄さんには話しませんが、私と二人のときはいつも言ってました。『家族だけど、家族じゃない。兄妹だけど、血は繋がっていない。恋人だけど、みんなは兄妹だと思われている。二人の絶対的な繋がりって、何なんだろうね』って。お兄さんと湊ってどういう関係なんですか? 本当の家族でも、兄妹でもない。でも、世間では兄妹ということになっていて、それでも二人は付き合い、おかしなことになっている。お兄さんは、湊を助けてあげないんですか?」


「あいつ、そんなことを……」


「お兄さんは、覚悟がありますか? 湊を、いえ、妹を、恋人を、いろんな関係があっても、助け出して、本当の繋がりを作る覚悟がありますか?」


「俺は……」


 誠は拳を握り締めた。


自分に覚悟はあるのだろうか。湊があんなことを思っていたのは初耳だった。


そんな苦しんでいる湊を、救ってやれる覚悟が、今の自分にあるのだろうか。


「お兄さん」


 瞳が問い掛けてくる。誠はぎゅっと目を瞑ると、震える声で言った。


「俺は、湊が好きだ……」

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