湊編 part1:記念
時刻は夜零時を回っていた。
日付が変わってしまった。辺りは静寂に包まれ、物音一つしない。
自分の呼吸、心臓の音が耳に響くくらいだ。
それほど自分は落ち着いているということだろうか。
湊は寝間着に身をまとい、机の前に座っていた。部屋の電気は点けず、机の照明だけが照らしていた。
背中まで伸びた長い髪をリボンで束ね、邪魔にならないように一つにまとめてある。
そして、目の前にある額に飾られた一枚の写真をそっと手に取った。
誠の卒業式の日、二人で校門の前に並び撮った写真である。嬉しそうに笑みを浮かべ、カメラに向かってピースをしている。
そのときのことが、今でも自然と思い出される。鮮やかな桃と白の桜が舞い散り、卒業という雰囲気にぴったりだった。
湊は立ち上がると暖房の設定温度を上げた。さすがに今の季節は寝間着一枚では寒い。
そこで気づいた。窓の外では雪が降っていたのだ。ふわふわとした白い塊が空から舞い降りてくる。
その純白の色は、幸福の白さのように感じた。一面銀世界へと街が包まれたとき、子供たちは外に出てはしゃぎ回るだろう。
なにより、明日はクリスマスである。ホワイトクリスマスとなれば、その嬉しさはさらに込み上げてくる。
それは、湊も同じだった。明日がクリスマスならば、両親の命日でもあり、自分の誕生日でもある。
そして、もう一つ記念日が増えることになるのだ。
「あれから一年……」
湊は窓からの景色をそらし、そっと部屋を出た。
廊下に出ると急に冷気が体を包み込んだ。足先が痛み、ぶるっと震える。
湊は両手で体を擦っているとき、ふと誠の部屋が目に入った。電気が消えているようなので、すでに寝ているようだ。
湊は物音を立てないように、静かに階段を降りていった。
一階に降りると、湊は居間の電気を点けた。さっきまでクリスマスイブのパーティーをして、その片付けをしていないのでテーブルの上は汚い。
湊はやれやれといった感じにため息を吐き、隣の部屋に向かった。
居間の隣の部屋は客間でもあるが、そこには仏壇があり、誠の両親の写真が飾られてある。
自分の両親でもあるのだが、それは世間の中であり、実際はそうではない。
でも、そう思わなくてもよくなる。少し複雑な関係だ。
湊は電気を点けず、居間から注がれる光だけを頼りにし、両親の写真の前に正座をして座った。そしてそっとその横にあるものを見た。
そこにはウエディングドレスがあった。綺麗な純白で作られた清楚なドレス。薄暗い中でも、その輝きは失われていなかった。女の子の憧れ。それが今家にある。
子供たちが雪に包まれて幸せなら、自分はこの白いウエディングドレスに身を包まれ幸せだ。
湊は仏壇に向き直った。目の前の両親を見つめる。そして、そっと手を前に差し出し、深くゆっくりと頭を下げた。
本当なら、直接言いたかった。
「お父さん、お母さん。明日私は……」
湊はふっと息を吐く。そしてはっきりと言った。
「……結婚します」
始まりは、ちょうど一年前だった。
冬休みが始まり、今年も早いものであとわずかとなった。
顔が痛くなるような風が吹き、冬の厳しさを嫌というほど実感してしまう。
クリスマスの日。震えるような寒気の中、誠と湊は出かける準備をしていた。
綺麗な花や線香、掃除道具などを持ち、墓参りへと向かった。
すっかり葉が落ち、枝だけとなった木々の並木道を歩く。息を吐くだけで白い空気が空へと登っていった。
「寒いね、兄さん」
湊はぎゅっと誠の腕を組んだ。密着することで温もりを感じる。なにより、誠は心が温かいと思った。
去年まではずっと恐怖心ばかりの日だった。誠には誰にも言えない秘密があった。
それは、スカイの力で湊を願ったことだ。
両親がクリスマスの日に交通事故で死に、一人ぼっちになった誠は苦しんだ。
孤独の苦しみを嫌というほど知り、その地獄に耐えることができなかった。
誠はその夜、一生に一度使える魔法の力、スカイで家族が欲しいと願った。
そのことがいつ湊にばれるか、それが恐ろしく怖かった。
だが、今はそんなことない。湊とはわかり合い、今では二人は付き合っている。家族でもあり、恋人でもある。
こんなに幸せなことはなかった。孤独を感じず、癒されるこの心は、かけがえのないものだった。
両親の墓の前に着くと、二人はさっそく掃除を始めた。一年もの蓄積された汚れを入念に落とし、綺麗になると花を添え、線香をあげた。そして手を合わせ、そっと目を閉じた。
誠は前とは違って、恐れることなく、二人の安らかな眠りを願った。小さく笑みを浮かべ、両親の墓を見た。
自分はもう寂しくない。大好きな湊がそばにいる。これから、ずっと。安らかに眠って、見守っていてくれ。
誠はそっと隣にいる湊を見た。湊は眼を開けると誠に向き直った。
「帰ろっか。兄さん」
湊はニコッと満面の笑みを見せた。その笑顔を守ると、誠は心から誓った。
家に帰り着くと、二人はさっそくクリスマスと湊の誕生日の準備に入った。
湊は食事の準備、誠は飲み物やその他のものを買いに行った。
誠は買い物を済ませるとすぐにあるものを探した。
それは湊の誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントだ。
「さて、今年は何を渡すかな」
誠はいろいろなお店を訪れ見ていく。可愛いぬいぐるみ、バッグ、服、靴、帽子などクリスマスの影響か、限定商品が多く安売りしている。
こういうときはいいのだが、商品が多すぎてなかなか良い物が見つからない。
なにより、誠たちは兄妹でなく恋人同士なのだ。できればそれにふさわしいプレゼントをしたい。喜んでくれそうな、最高の贈り物をしたかった。
そのとき、一つのアクセサリー店が目に入った。
「エンゲージリング?」
文字通り結婚指輪である。
もちろん本物ではなく、若者がつけるような本物に似せた指輪だ。宝石などはなく、綺麗なガラスなどが取り付けられている。
「指輪か。ここでいいかな」
誠は中に入って見て回った。たくさんの指輪があり、種類も色の豊富だった。
まるで本物の宝石が取り付けられてあるように綺麗で、パッと見、本物と思ってしまうかもしれない。
赤、青、緑、黄色など色もさまざまで、形も丸型はもちろん、三角や四角、中にはオリジナルに加工もできるようだ。
値段も千円と安いものから一万円を越すような高いものまである。
「なにか良いものはないかな」
すると、一人の女性店員が誠に近づいた。営業スマイルで接客を始める。
「お気に入りのものは見つかりましたか?」
「いや、たくさんありすぎて」
「恋人に贈られるのですか?」
店員が明るい表情で訊いてくる。誠は少し照れ笑いを浮かべうなずいた。
「それでしたら、これなんていかがでしょう」
店員が紹介したのは青と赤の綺麗な石が取り付けられた指輪だ。二つセットになっており、値段も三千円とお得。
「これはですね。今人気のある指輪で、着ける前にお互いのお願いごとを言ってはめるとその願いが叶うといわれているのです。恋人同士にはぴったりですね」
誠はその指輪を手に取った。これなら湊も喜びそうだ。
「じゃ、これにします」
誠は会計を済ませ、大事にポケットにしまい、家へと戻っていった。
冷気に包まれた住宅街では、どこもクリスマスパーティーを行っていた。
外にまで漏れる楽しそうな声が聞こえる。寒さを吹っ飛ばすようなその温かい笑顔、絆、そして幸せ。
こういう時だからこそわかるのだろう。自分には家族がいる。友達、仲間、そして恋人がそばにいる。
そのことを実感するのは幸福に満たされたときだ。
同じように、ここでも幸せそうな雰囲気が満ち溢れていた。
「メリークリスマス! それと、誕生日おめでとう、湊!」
「うん。ありがとう、兄さん」
誠と湊はグラスを持ち、軽く音を鳴らした。
こたつを囲み、向かい合って座っている。テーブルの上にはケーキやから揚げ、スープなどごちそうが乗せてあった。
「これで湊は17歳か。大きくなったな」
「へへ。そりゃ成長するでしょ」
すると、湊は青い包み袋を差し出した。
「はい。クリスマスプレゼントだよ」
「おお! ありがと、湊」
誠はさっそく包みを開けた。中には靴が入っていた。メーカーもので、高そうなものだった。
「かっこいいな。ありがと、湊」
「うん。大事にしてね」
そして、誠もプレゼントを差し出した。
「はい。俺から湊へプレゼント。これはクリスマスのな」
誠が湊に見せたのは赤いリボンだった。それを見て湊は首をかしげた。
「リボンがプレゼント?」
すると、誠はにやっと笑って、そのリボンを自分の首に巻きつけた。
「プレゼントは俺! なんてどうだ?」
そこで湊は重いため息を吐いた。
「まったくおもしろくない……」
「そ、そうか……」
誠は少しガッカリした。しょうじき傷ついている。仕方なく、本物を出した。
「はい。こっちが本物」
それは帽子だ。温かそうなピンク色のニット帽で、上には丸いボールもついている。白い毛糸で作られ、なかなか高い。
「わあ、かわいい。ありがと、兄さん」
湊は嬉しそうに受け取りさっそく被った。
「どう? 兄さん。かわいい?」
「おお、似合ってる。すごいかわいいぞ」
湊は少し頬を染めニコッと笑みを浮かべた。そして立ち上がると誠の隣に座り、肩を寄せた。
「これからもずっと一緒にいようね、兄さん」
誠は肩に腕を回すとそっと抱きしめた。
本当に嬉しかった。大好きな人と一緒にいられる。それはこの上ない幸せだ。心が満たされ、寂しさを感じない。
湊がいれば何もいらない。そう思えるほど、湊が愛しかった。
「そうだ。まだプレゼントはあるぞ」
誠はポケットから例のものを取り出した。あのエンゲージリングだ。
「わあ、かわいい指輪だね」
「この指輪な、はめる前に願いごとを言うと叶うんだって。一緒につけようぜ」
誠は赤い石の着いた指輪を湊に渡した。
「願いは何にする?」
「そうね。やっぱりずっと一緒にいることかな」
「でもそれは叶いそうだな。もっと大きなものにするか」
「大きなもの?」
「例えば……結婚するとか」
そこで湊の顔が一瞬で真っ赤になった。
「け、結婚なんて、そ、そんな、ぷ、プロポーズは、ま、まだ早いよ」
湊はすごい動揺しており、慌てふためいていた。
「別にそんなつもりで言ったんじゃないけどな。まあ、嫌ならいいけど」
そこで湊は激しく首を振った。
「い、嫌じゃないよ。わ、私だって……兄さんと結婚できたら、それは……」
「それは?」
誠が訊く。湊はうつむき、誠と目を合わさないようにしていた。
「も、もういいじゃない。ほら、はめるよ」
二人は手を前に出し合い、片手にはエンゲージリングを掴んだ。そして一緒にいった。
「いつか、最高の幸せを手に入れ、結婚できますように」
そしてお互いの左手の薬指に指輪をはめた。そしてお互い笑みを浮かべた。
「叶うといいな」
「へへ。そうだね」
二人は天井に向けて手を出し、キラキラ光る指輪を眺めた。