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雫編 part4:最後

 雫は商店街に近くにある、大きな広場の噴水にところに立っていた。


今日は日曜で、誠とデートをする日だ。


約束した時刻は十時だが、早く来すぎて、今はまだ九時半。


「早く着すぎたかな。でも、待ってるのも悪くないな」


 誠とデートができると思うと、嬉しさを抑えることができない。つい口元を緩めてしまう。


それに、今から楽しい時間が待っていると思うと、苦にはならなかった。


 でも、雫はすぐに悲しげな表情になってしまった。


 最初は楽しむことができる。でも、最後には……。


 そのとき、雫の目にカップルが映った。女性は男性の腕を掴み、楽しそうに笑顔を見せている。


 その光景を見て、雫も笑みを浮かべた。


 最初しか楽しむことができないなら、その時間を命一杯楽しめばいい。それで十分だ。


「お~い、雫~!」


 遠くから誠の声がした。目の前に誠の姿がある。大きく手を振ってこっちに向かっていた。


まだ時刻は十時十分まえだが、誠にしては上出来だった。


「お待たせ。それじゃ、いこうか」


「うん!」


 雫は満面の笑顔でうなずくと、ぎゅっと誠の腕を組んだ。




 二人は水族館に向かっていた。雫が要望し、さまざまな海の動物を楽しんだ。


入ってすぐに大きなトンネルの中に入り、上下左右はさまざまな種類の魚で溢れ、中にはサメやエイなどもおり、まるで自分が海の中に入ったようだった。


 それから少し進み、次は大型の動物の水槽に来た。


「はは。かわいい。ね、誠くん。このアザラシかわいいね」


 黒いアザラシが水中で優雅に泳いでいる。気持ち良さそうで、時には回転したりしていた。


「アザラシって海の豹って書くんだよな。けっこう凶暴なんだぜ」


「へ~、そうなの? こんなかわいいのに。誠くん良く知ってるね。物知り」


「いや、ごめん。うそ。漢字は看板に書いてあって、ただそう思っただけ」


 そこで雫はがくっとなった。


「もう、感心して損した」


 でも、雫は無邪気に笑っていた。


 次はラッコを見にきた。水中に浮かび、腹の上にある貝を石で叩いている。


「かわいい~! やっぱりラッコはかわいいね」


 雫はガラスの手をついてラッコを眺める。


「まるで雫みたいだな」


「え? どこが?」


「ほら、貝を叩く音を聞いてたら、まるでリズムに乗って叩いてるみたいに聞こえるだろ。雫がピアノを弾いているときと同じだぜ」


「そうかな~?」


 雫は苦笑いを浮かべていた。誠はよくわからないことをいうな……。


 そして次はイルカショーである。四匹のイルカが飼育員の笛の合図で飛び跳ねたり、空中で回転したりと、驚きの演技を披露していた。


「すっご~い! イルカってすごいね。頭もいいし、誠くんよりもすごいね」


 そこで誠がムッとなった。


「俺だって、イルカよりすごいところはあるさ」


「へ~、どこが?」


 誠は堂々と胸を張っていった。


「イルカより悪知恵はある!」


 雫は重いため息を吐いた。


「それ何の自慢にもなんないよ……」




 二人は十分に楽しむと、水族館を出た。


「ん~、楽しかった。誠くんはどうだった?」


「ああ、楽しかったよ。これからどこいく? まだ時間あるし」


 今の時刻はまだ三時くらいだ。時間は十分にあった。


 すると、雫は表情を変え、悲しげな瞳をしたままうつむき、そして呟いた。


「ねえ、誠くん。……あそこにいこ」


「あそこ?」


 雫の要望で、二人はバスに乗り、ある場所へと向かう。


数十分移動し、商店街から離れた場所に歩き、少ししてたくさんのお墓が見えてきた。


その一つに、雫はバッグに入れてあった線香をあげた。そしてそっと手を合わせ、目を閉じた。


 誠はその様子を後ろで見守っていた。目の前には、汐風家の墓と書かれてある。


おそらく、これは雫のお母さんの墓だろう。


 雫は目を開けると、誠の方に振り返った。


「ごめんね、付き合わせちゃって」


「いいや、かまわないよ」


 誠は優しく笑みを浮かべる。雫も笑みを返すと、墓に向き直った。


「別に、今日が命日というわけじゃないんだけど、ちょっとお母さんとお話したくて」


 雫は誠に近づくと、誠の手を握り、お母さんにいった。


「お母さん。前から紹介したい人がいるっていってたでしょ。この人のことだよ。清水誠っていってね、私の……」


 雫はごくっと唾を飲み込んだ。そしてはっきりといった。


「世界で、一番好きな人」


 その言葉で誠は少なからず動揺を抑えられなかった。


「雫……」


「初めて人を好きになったんだよ。初恋ってやつかな。とても優しくて、頼りになって、少しだらしないところもあるけど、でも、そこがかわいいんだよ。それに、お父さんから私を救ってくれたの。すごく嬉しかった。お父さんを嫌いってわけじゃないけど、安心はした。やっぱり苦しかったし」


 雫は誠の手をぎゅっと握り締めた。


「誠くんは今他の人と付き合ってるけど、私はかまわないよ。仕方ないもん。それはわかってる。ただ、これから良いことは絶対あるはずだから、未来に向かって、私頑張るね」


 そこで雫はそっと誠の手を離した。


「雫……」


 雫は誠の顔を見ると、ニコッと笑った。


「へへ。変なこといってごめんね。でも、誠くんに湊ちゃんと別れろっていわないよ。むしろ祝福してるんだから」


「あ、ああ、ありがと……」


 雫はうなずくと、悲しげな瞳になった。そして震える声でいった。


「誠くん……忘れないでね。私という人がいたこと。私が一番好きな人は、誠くんただ一人ってことを」


「え?」


 雫は顔を上げた。真剣な瞳で誠を見つめ、微動だにしない。


「な、何言ってんだよ。忘れるわけないだろ」


 その言葉を聞いて、雫は優しく笑みを浮かべた。


「そっか。良かった」


 そして雫はそっと誠に近づいた。


一歩一歩ゆっくりと歩き、そして誠との距離が縮まると、そっと誠の胸元に手を添えた。


そのまま視線を下げたまま、口を開いた。


「誠くん、私は三日後には帰る。また、会えなくなるね」


「ああ、そうだな。でも、いつでも遊びに来いよ。待ってるからさ」


「うん。……できたらね」


 最後に言葉に、誠は違和感を覚えた。


「ね、誠くん。しばらく会えないから、私の願いごと、叶えてくれない?」


「願いごと? なんだよそれ」


 雫は顔を上げ、誠を見つめた。


「その前に約束して。絶対に、私の約束を叶えるって」


「え? いや、でも」


「お願い、約束して」


 雫がじっと見つめ、瞳でキッと威圧感を与える。それほど真剣で、本気らしい。


誠はうなずいた。


「わ、わかった。でも、お願いってなんだよ」


 雫はそっと笑みを浮かべた。そして右手を自分の胸元に持って来る。


ぎゅっと拳を握り、目を閉じた。すると、手が青白く光り始めた。


 それだけで、誠はすぐに雫が出した物がわかった。


「願い球……」


 雫の手の平の上には、願い球が浮いていた。


雫の力。雫がスカイで叶えた力。


自分の願いは叶えられないが、相手はどんな願いでも叶えることができる。


つまり、スカイの力を与えるということだ。


 雫は願い球をそっと誠の胸元に当て、奥へと入れた。


「雫、お前……」


 雫は満面の笑顔を浮かべると、誠から数歩離れた。


「今日は楽しかったよ。ありがと、誠くん。最高の一日だった」


 雫は手を後ろに回し、空を見上げた。


「今誠くんはスカイを手に入れた。つまり、どんな願いごとも叶えることができる。そうだよね?」


「あ、ああ。そういうことになるよな」


 雫は誠に可愛らしい笑みを見せる。


そのとき、雫の目から涙が溢れ出した。目元から一滴が頬を流れる。


「し、雫、どうしたんだ?」


 雫は涙を拭く。それでも、笑顔は絶やさなかった。


「ごめんね。ちょっと悲しくて」


「悲しい?」


「誠くん。約束したよね? 私の願いを、絶対に叶えるって。だから、私があげたスカイで叶えて」


「叶えるって、何をだよ」


 誠は少しずつ焦りを覚え出した。


 雫は何か変だった。何かおかしい。雫は何を考えているんだろうか。


「それじゃ、いうね。私の……願い」


 誠はごくっと唾を飲み込んだ。手の平が汗ばむのがわかる。


さっきから胸が締め付けられ、嫌な考えしか思い浮かばない。


 雫はぎゅっと拳を握った。


 これで、さよならだ……。


 雫は満面の笑顔のまま、はっきりと口を開いていった。


 その言葉は、誠が想像もしていなかった言葉だった。


そして、雫の声を聞いた瞬間、地獄に落ちたように、辺りが真っ暗になった。


「記憶を、消して……」

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